ドクターサロン

 藤城 食道がんの放射線治療・薬物療法ということですが、食道がんの治療方針全体を考えるときに組織型や進行度合いは非常に重要ですよね。一般的に早い段階のものは、まずは内視鏡治療を考慮し、内視鏡治療ができなければ外科手術になってくると思うのですが、手術で切除するという原則は食道がんでもまだ変わっていないのでしょうか。
  例えば、ステージ1というような早い段階の早期がんといわれているタイプの場合、内視鏡治療ができないような少し大きいタイプや、少し深い、場合によってはリンパ節転移が疑われるような患者さんの場合などには、やはり手術療法が基本であり、実際に手術が最も広く行われています。ただ、臨床試験の結果、化学放射線療法といって、抗がん剤と放射線を組み合わせて手術はしないという治療も、実はステージ1ではけっこう広く行われていて、臨床試験では、手術のほうが少し成績は良いのですが、そう大きな変わりはないという結果が得られています。
 藤城 そうすると手術ができる症例に関しても化学放射線療法を選択するという手もあるのですね。
  そうなのです。この辺が胃がんや大腸がんとは異なるところで、食道という臓器はやはり食べ物が通る初めての臓器なので、それを手術しないで温存できるというメリットはかなり大きいです。例えば高齢者、食道を手術したくない方、あるいは合併症などで手術のリスクが高い方では、化学放射線療法を選ぶようになってきています。当院でも全身状態が良い人を含めてステージ1では、化学放射線療法を選ぶ人と手術になる人は半々か少し手術が多いぐらいで、現状化学放射線療法も広く行われています。
 藤城 私は化学放射線療法と手術が同程度の成績であれば、手術はしたくないと思うのですが、一方で、その化学放射線療法のデメリットは何かあるのでしょうか。
  当然、抗がん剤と放射線療法の両方を組み合わせますので、決して簡単な治療ではありません。やはり抗がん剤の副作用や放射線による急性毒性、あるいは、1年、2年経った後の晩期毒性といわれるような放射線特有の副作用も起こりえます。かつ、食道が温存されるので、もともと食道がんが発生しやすい人ですから、残った食道にまた新たに食道がんが出てくる、あるいは少し芽のようなものが残って再発するケースもあります。そういう症例では、化学放射線療法後に手術することになります。つまり、今後一切手術しないで化学放射線療法だけですべて終了、とはいえません。リスクと利益と不利益のバランスの中で治療方法を選ばれるのがいいと思います。
 藤城 そうしますと、化学放射線療法を行った後に再発をした場合、手術をまた受けるという選択肢は残されているのでしょうか。
  はい。もちろん、内視鏡治療も実は多く行われています。もともと小さいですから、再発したとしてもとても浅いタイプで発見されるケースがあって、そういった場合は内視鏡治療でサルベージができますし、少し大きいタイプでも、例えばPDTという特殊なレーザーで内視鏡的に焼くような治療も行われています。もちろん手術という選択で、リンパ節ともども郭清して取りにいく方法で、再発に対応していくことは行われています。
 藤城 ステージ2や3の少し進んだ段階の食道がんの場合は、手術前に抗がん剤治療を行ったり、手術後に抗がん剤治療を行ったりすることがあるとうかがっていますが、そのあたりを少し教えていただけないでしょうか。
  今までお話ししてきたのは、食道の中でも扁平上皮がんというタイプで、日本人で9割以上はそのタイプなのですが、一部、10%弱に腺がんというタイプがあります。ステージ2、3も、まず扁平上皮がんの話をしますが、通常、手術の前にかなり強めの抗がん剤治療を行います。ドセタキセルとシスプラチン、5-FUという3つの薬を3サイクルぐらい行った後に根治的な切除を行うのが、今の日本の食道扁平上皮がんに対するステージ2、3で一番広く行われている標準治療といわれています。
 藤城 術後の化学療法はどのような感じなのでしょうか。
  術後について実は今、臨床試験で検討されているところですが、少なくとも日本の今のガイドラインの推奨や臨床試験の結果からは、術後には行わないというのが現状です。ただ、臨床試験もまた新たに行われていますので、将来的には術後に治療を、例えば最近流行りの免疫チェックポイント阻害薬を使った治療をするようなことも行われているところなので、5年以上先にならないとわかりませんが、結果を待ちたいと思います。
 藤城 手術ができないような、ステージ4の食道がんに対してはどのような治療を考えればよいのでしょうか。
  ステージ4というのは、遠隔転移、例えばリンパ節転移がすごく遠いお腹の下のほうにあったり、肝臓や肺などの臓器転移があるようなタイプについて、基本的には全身化学療法、薬物療法を行います。ただ、食道原発もあって、狭窄症状や通過障害といった局所の症状が強い場合には、そこに緩和的に放射線治療を当てて通過障害を改善し、引き続き全身治療を行うようなこともあります。基本的には手術以外の治療で対応していることがほとんどです。
 藤城 最近は新しいがん薬物療法、例えば免疫チェックポイント阻害薬も使われるようになってきていますが、ステージ4の患者さんの生存期間は、延長しているのでしょうか。
  ステージ4、あるいは手術後の転移再発などで手術ができない患者さんに対しては、現在の世界的な標準治療として、抗がん剤化学療法、多くは5-FUとシスプラチンという治療に免疫チェックポイント阻害薬を加えた治療が広く行われています。先ほど述べたように日本では術前に主として抗がん剤だけ使う術前化学療法が標準ですが、海外では術前に抗がん剤と放射線を使った化学放射線療法後に手術をする治療法が標準的に行われています。その後、手術をした人の再発予防としての補助療法に、免疫チェックポイント阻害薬の一つであるニボルマブを術後に1年間使用するという治療も標準治療として根付いています。
 藤城 そのあたりが使えるようになって、どれぐらい生存期間が延びたのでしょうか。
  従来の抗がん剤だけの時代では、だいたいステージ4や再発の方の生存期間中央値は、10カ月からよくて1年ぐらいだったのですが、免疫チェックポイント阻害薬が出てきたことで、1.5 倍ぐらいになりましたし、長期に生存できる人が確実に増えてきました。今までは2年、3年と長期に生存できる患者さんは、そんなに多くはなかったのですが、免疫チェックポイント阻害薬の効果とパワーの一つとして、全体から見ると1、2割ですが、3年以上長期に生きられる方もいて、だいぶ状況は変わってきています。抗がん剤と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法が新たな標準治療になったという話をしましたが、実はもう一つ、免疫チェックポイント阻害薬同士、抗PD-1抗体という薬と、免疫チェックポイント阻害薬のもう一つの薬である抗CTLA- 4抗体という、具体的にはニボルマブとイピリムマブという薬を組み合わせた抗がん剤を使わない治療も、食道扁平上皮がんでは、化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用とともに、新たな標準治療に加わってきたというのが現状です。
 藤城 免疫チェックポイント阻害薬を2剤併用して、殺細胞性の抗がん剤を使わないということは、副作用はすごく少ない感じがするのですが、どうなのでしょうか。
  実際に抗がん剤特有の白血球減少や消化器毒性、吐き気や下痢などは確かに少ないのですが、一方で免疫療法は特有の免疫関連有害事象といって、全身にいろいろ自己免疫的な反応が起こることがあります。皮膚炎やある種の腸炎や甲状腺機能低下、副腎機能低下などが頻度は決して高くはないものの起こりうるので、そういった免疫関連の特有の副作用には注意が必要かと思います。
 藤城 室先生に食道腫瘍に対する放射線治療や薬物療法がかなり進歩しているということを改めて認識させていただきました。ありがとうございました。