齊藤 食道腫瘍、特に食道がんについて、その手術療法を中心にうかがいます。まず食道がんの疫学について教えてください。
瀬戸 私が専門としているのは食道がんと胃がんですが、胃がんは明らかにピロリ菌の減少とともに減っています。ただ、食道がんの罹患率、罹患数は、実はあまり減っていません。例えば日本では2019年の罹患者は2万7,000 人ぐらいで、人口10万人当たり20.9人ぐらいです。死亡率も人口10万人当たり14~15ぐらいをずっと横ばいで、食道がんはあまり減っているとは言えないと思います。
齊藤 診断のきっかけはどういったことですか。
瀬戸 基本的に健康診断で見つかる方は、内視鏡検査でかなり早い段階で見つかる方が多いので、そういった方の多くがいわゆる大きな手術ではなくて、内視鏡治療で済みます。やはり食事がつかえたりして見つかった方というのは、それなりの進行がんなので、手術を考えなければいけないです。頻度としては、そういった方が5~6割ぐらいだと思います。
齊藤 やはり内視鏡の検診が重要なのでしょうか。
瀬戸 基本的にはそうですね。
齊藤 治療ですが、早期の場合、手術の出番のない食道がんもあるのですね。
瀬戸 そうですね。それもちょっと極端で、ステージ0といわれるような粘膜の中にとどまっている食道がんは、いわゆる内視鏡治療(ESD)の対象になります。逆にステージ4といわれる、例えば遠隔転移があるような方は、手術の対象になることはあまりなく、化学放射線療法や化学療法が中心になるので、ステージ1とステージ2、3が手術の対象になります。
齊藤 手術が基本ということですが、手術のみで終わるということではなく、いろいろなことをするのですね。
瀬戸 はい。歴史的な話もあるのですが、ステージ1の方は、手術単独でも根治しうる。しかしステージ2やステージ3といったいわゆる進行がんで手術対象になる方は、今までは術後補助化学療法だったのですが、今は術前に3剤の抗がん剤を使って、その後手術をするのが一番成績がいいことから、世界的にもまずは術前に化学療法を行って手術をするのがスタンダードになっています。
齊藤 これは、RCTが行われてそうなったのですか。
瀬戸 そうです。これはJCOGというグループが行いました。術前治療を3つのグループに分けて、その中ではDCF療法という3剤の抗がん剤を使った群が一番治療後の予後が良いことが2022年に明らかになりました。それ以降、日本では術前DCF療法を行うことがスタンダードになっています。
齊藤 化学療法で食道がんおよびその周辺のがんを小さくするということなのですか。
瀬戸 そうですね。一つはその腫瘍を小さくすることと、CTやPETでも見えないようなマイクロメタスタシスを叩いてから手術をすることが目的になっています。
齊藤 日本のがん治療の医師にはそれが基本的になっているのですね。手術ですが、昔ながらの手術は、今は少なくなってきているのでしょうか。
瀬戸 いわゆる先生がおっしゃられた昔ながらの手術という、胸を大きく開ける開胸や、お腹を開ける開腹という手術は本当に少なくなってきて、いわゆる胸腔鏡手術や腹腔鏡手術という小さい傷で行う手術が食道がんでも主流になっていて、最近のデータでおそらく7割弱がそういった低侵襲な手術を行っていると考えられています。
齊藤 やはり大きく開ける手術に比べて、低侵襲手術は患者さんに優しいということなのでしょうか。
瀬戸 そうですね。やはり傷の痛みが違います。ただ、やることは昔と今であまり変わっていないので、やはり食道がんは、そういった低侵襲手術が行われてきているにもかかわらず、未だに術後の合併症、トラブルが発生しやすい手術の一つです。だいたい2割強の人はなんらかの合併症を起こすと考えられています。
齊藤 手術時間は長くなるのですか。
瀬戸 長くなりますね。やはり大きく開けるほうが時間としては短いです。
齊藤 そうすると、労働時間削減には合わないのですね。
瀬戸 そうですね。時代の逆行ですね。
齊藤 それから、ロボットを使う手術はどういうものですか。
瀬戸 ロボット手術も胸腔鏡や腹腔鏡と同じような穴(ポート)からやります。腹腔鏡、胸腔鏡手術と違ってロボットのアームという腕の先には7つの関節域がありますが、安定していて全く震えません。なので、本当に私たちが思ったように手術ができます。これは患者さんが勘違いされるのですが、ロボットが勝手に手術する、いわゆる自動操縦ではなく、すべて我々が手元で手を動かして、その手の動きが先に伝わるという、そういう意味では非常に優れたものです。
齊藤 見え方はどうなのですか。
瀬戸 見え方も3Dで奥行きがきちんと感じ取れますし、非常にきれいな画像で見えます。あとは自分の視力に合わせられるのです。なので、自分の手が震えても伝わらない、座ってできる、目が悪くなっても見える、ということで、外科医が歳を取ってもできる手術といわれています。
齊藤 これはメインで手術をする医師は、遠くというか、いるのですよね。
瀬戸 遠隔医療は最初の目的の一つだったのですが、最近はそういうことはあまり行われていません。基本的にはケーブルでつなげないといけない有線の手術なので、同じ手術室の中でやっています。
齊藤 いわゆる助手はどうなるのですか。
瀬戸 それは道具の出し入れです。
齊藤 それはそれで、メインのオペレーターの方は隣に座ってやっていくのですね。
瀬戸 そういうことです。
齊藤 これもオープン手術に比べれば時間はかかるのですか。
瀬戸 時間はかかると思います。ただ、今はロボットの特性が生かされていて、胸腔鏡、腹腔鏡手術に比べても、ファインで繊細な手術ができるということで、おそらく今後、こういったがんの手術の主流になっていくことは間違いないと思います。
齊藤 ロボットの数が足りない問題や資格認定などがあるのですか。
瀬戸 そうですね。そういった課題もありますが、一番大きいのは、やはり台数に制限があることです。その施設ごとで需要が違うと思いますが、いろいろな診療科がそれぞれお互いに枠を持っているので、やりたいと思っても思う存分自由に使えるわけではないということ、もちろん患者さんの負担にはならないのですが、コストがかかるので病院側のいわゆる経済的、経営的な財政負担にはなっています。
齊藤 患者さん中心の医療ということでは、これが重要なのですね。
瀬戸 そうですね。
齊藤 手術の場合、肺の合併症があると麻酔は難しいのですか。
瀬戸 そうですね。食道は背中側にある臓器のため、真正面からではなく肋骨と肋骨の間から到達していたので、片肺換気麻酔や胸の傷の問題などがあって、どうしても先ほど言ったように、特に肺炎などの合併症が多いのが問題です。我々は、10年以上前からそういった手術ではなくて、首とお腹だけで胸の傷がない、いわゆる縦隔鏡手術というものをロボットの特性を生かすことによって行っています。やることは同じだけど、根治性があり、患者さんの術後の痛みも少ないし、肺炎にもなりにくく、現在は保険で使えるようになりました。
齊藤 この方法は東京大学だけなのですか。
瀬戸 そんなことはないです。始めたのは確かに我々なのですが、どうしても片肺換気ができない、例えば肺がん術後の方や呼吸低機能の方などは、今まで根治手術ができなかったのですが、今はいろいろな施設で行え、行いたいという外科医が増えています。
齊藤 そうですか。先生は、昔のトレーニングを受けて切ることができ、こういう新しい技術に入っていったわけですが、抵抗感はあまりなかったのですか。
瀬戸 それは先生のご指摘のとおり、ロボットから入ってしまうと、いざ、例えば開胸、開腹しなければいけないときの対応がどうしても不十分になってしまうのではないかというのはおそらく、我々外科系が抱えている今後の大きな課題、宿題だと思います。
齊藤 食道がん治療の中心の手術について詳しくお話しいただきました。どうもありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅱ)
食道腫瘍に対する外科治療
東京大学医学部附属病院胃食道外科教授
瀬戸 泰之 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)