池田
先生、マゴットセラピーとはあまり聞いたことがない名前ですが、何なのですか。
岡田
まず、ハエは世界で約3,000種いますが、その中にクロバエ科のヒロズキンバエがいます。これは温帯から亜熱帯にかけ、広く分布しています。その幼虫は腐った肉を好む腐肉食性があり、その幼虫を無菌化して人工的に育てた医療用のウジ虫を、マゴットと呼びます。
マゴットセラピーとは、糖尿病性足潰瘍などの壊死性潰瘍に対するデブリードマンのために、マゴットを利用する治療法のことを言います。
池田
では、このハエ自体は前から知られていたのですね。
岡田
そのとおりです。
池田
なかなか勇気のある治療法だと思いますが、歴史的にはいつごろから行われているのでしょうか。
岡田
古い話では、ナポレオンや南北戦争の従軍医らが、負傷兵に湧いたウジ虫が感染性創傷の治癒に有効であるという可能性を指摘していました。しかし、マゴットセラピーの創始者は誰かと問われれば、ジョンズ・ホプキンス大学整形外科初代教授のWilliam Baer先生と答えます。
池田
かなり先進的ですが、どのような先生ですか。
岡田
1917年に第一次世界大戦の従軍外科医として赴任した際に、開放骨折を受傷した2人の重傷負傷兵の治療に当たりました。そのとき、傷に湧いた数千匹のウジ虫により、自然治癒に至ったことを体験しました。
当時は、軟部組織の感染創傷などに対する有効な治療は存在しませんでした。先生は12年間悩み続けましたが、自分の小児慢性骨髄炎患者4人に対し臨床応用を試み、全員が治癒に至りました。
その後も次々と成功しますが、1人が破傷風で亡くなりました。先生は非常に落胆し、もうやめようかと思われましたが、ウジ虫の無菌化の研究を独自に重ね、原理的には今日と変わらないマゴットセラピーを確立されました。
その後、北米で広く普及しましたが、1942年にペニシリンが登場したことなどにより、1940年代後半には、ほぼ衰退してしまいました。
池田
しかし、その後も続いているのですよね。
岡田
そのとおりです。抗生剤の濫用による耐性菌の出現と、難治性皮膚潰瘍の増加等の理由により、1990年代にカリフォルニア大学のロナルド・シャーマン教授らがマゴットセラピーの有効性を再検証されました。既存の保存的治療法との臨床比較試験において、壊死組織をより早く除去し、耐性菌に対しても抗菌作用があるという結果が得られました。
2004年に米国FDAでmedical deviceとして承認され、その後、英国、ドイツ、オーストリア、スウェーデン、オランダ等のヨーロッパ諸国だけでなく、イスラエル、エジプト等の中東、さらにアジアでは中国、韓国、フィリピン、マレーシア等、現在世界30カ国以上で普及しています。
池田
そういった背景で、また見直されたのですね。作用機序や効果はわかっているのでしょうか。
岡田
この治療を理解するためには、まずヒロズキンバエの幼虫の習性を知る必要があると思います。ヒロズキンバエは2齢幼虫から3齢幼虫の間に最大の摂食活動を行います。5分間で自分の体重の半分を食べます。孵化後は1~2㎎の体重が110時間後には平均で60㎎まで増加し、体長は1~2㎜から一気に8~10㎜になります。まさに驚異的な成長力です。
しかし、3齢幼虫後期になると、食事をやめて土の中へ移動し、サナギになる準備をします。したがって、最も成長する2齢幼虫から3齢幼虫前期までのマゴットを利用します。
これは私たち人間の観点に立てば、マゴットセラピーにはデブリードマン作用、抗菌作用、肉芽組織形成促進作用の3つがあります。逆にハエの幼虫の観点に立てば、単に自らが腐肉などを食べて成長し、周囲の病原微生物を排除し、体内を浄化してサナギになるために生きているだけなのです。つまり、彼らの生命の営みを私たちの治療に応用させていただいているわけです。
池田
ウジ虫に言わせれば、そこにおいしいものがあるから食べている、ということですね。
岡田
そのとおりです。
池田
その場合、ほかの細菌などを除去しなければいけませんが、それもしてくれているのですね。
この3つの作用は、具体的にはどのようなものですか。
岡田
まず、デブリードマン作用についてですが、これは壊死組織に対し効率的に行われます。私たちが外科的デブリードマンをする際、患者さんに、時に強い痛みを与えたり出血したり、壊死組織を取り残したりしますが、彼らはもっと巧妙に行います。そのため世界最小の外科医とも称されています。
マゴットはセリンプロテアーゼなどのタンパク分解酵素を含む消化液を自分の周囲に大量に分泌し、壊死組織を融解し、どろどろにします。そのゲル状になったものを吸引し、消化管内で消化吸収をします。したがって、消化は体内と体外の両方で行います。つまり、これは本質的にはケミカルなデブリードマンです。
次は抗菌作用です。マゴットの体内では、前腸、中腸、後腸と、順次消化活動を行う過程で殺菌しますが、体外でも分泌液中に含まれる抗菌ペプチドなどによる殺菌をします。マゴットの抗菌ペプチドの一つは昆虫ディフェンシンのファミリーであり、抗菌活性は黄色ブドウ球菌や肺炎球菌などのグラム陽性菌に対し高い有効性を示すだけでなく、MRSAに対しても抗菌作用があります。ただし、大腸菌や緑膿菌などのグラム陰性菌に対する効果はほとんどありません。
最後に、肉芽組織形成促進作用です。マゴットの分泌液は私たちの線維芽細胞の遊走を促進します。また、上皮細胞の増殖を促進する作用もあります。さらに、血中の肝細胞増殖因子が増加して局所血流が改善されることなどで、肉芽組織形成を促進します。
以上3つの作用により、壊死性潰瘍に対して壊死組織を除去し、感染を制御し、肉芽組織形成を促進します(図1)。その結果として、良好なwound bed preparationを整えます。現代の創傷治療理論に照らしても合理的であると私は考えています。
池田
実際の効果はどのようなものですか。
岡田
論文はいろいろありますが、2022年のシステマティックレビューにおいて、マゴットセラピーは治癒率自体に有意差はないが、デブリードマンの速度は機械的デブリードマンと同程度であり、ハイドロコロイドなどによる外用療法よりも速いという結果でした。
なお、東京慈恵会医科大学熱帯医学講座教授の嘉糠洋陸先生らは、トランスジェニック法やCRISPR-Cas9などの遺伝子改変技術を用い、3つの作用を強化したマゴットの開発研究を行っていて、その成果が期待されています(図2)。
池田
実際に治療はどのようにされるのでしょうか。
岡田
まず、ライセンス等は不要です。どなたでもできます。病院であれば、まず院内の倫理委員会の承認が必要です。
マゴットは国内生産会社に注文します。現在は、主に岡山のジャパンマゴットカンパニーと、一部で滋賀の会社の計2社があります。電話をすると2齢幼虫のマゴットが冷蔵宅配便で供給されます。
1㎠当たり5~10匹を患部に閉じ込め、3齢幼虫前期に至るまでの48~72時間後に取り出します。マゴットにはかわいそうですが、医療廃棄物として処理します。そして、新たに2齢幼虫のマゴットと交換します。
基本的には壊死組織が消退するまで、この作業を数回繰り返し、その後は既存の外用療法、あるいは局所陰圧閉鎖療法や、最終的には植皮術などに移行します。マゴットを患部に置く方法は2通りあります。一つは直接法です。
マゴットを患部に直接置き、彼らが呼吸できるようにメッシュ状のビニール製シートで覆い、耐水性のテープで周囲をしっかりと固定します。その上に紙おむつなどでドレッシングします。
もう一つは間接法です。メッシュ状のビニール製バッグに閉じ込めたマゴットをティーバッグのようにして患部に置きます(図3)。
効果は、壊死組織の上を自由に動き回れる直接法のほうが高いですが、手技は間接法が圧倒的に簡便です。直接法では、時に成虫になってしまう場合がありますが、間接法ではほぼありません。
池田
適応例はどのような症例でしょうか。
岡田
糖尿病性足潰瘍、褥瘡、外傷などの壊死性潰瘍が適応になります。ただし、糖尿病性足潰瘍は、ご存じのように虚血性潰瘍が混在することが多いので、まず血流評価が必要です。虚血性の場合は、バイパス手術か血管内治療のいずれかの血行再建術が優先となります。
池田
気になるのは安全性と副作用ですが、いかがでしょうか。
岡田
まず、重篤な副作用はありません。安全性は非常に高いですが、時に局所のチクチクした痛みがあります。そのため、虚血性潰瘍の方は、もともとの痛みが少し増強される場合があります。
これはマゴットが成長し、活発に動き回る開始24時間後から生じます。この場合、マゴットを除去すれば、痛み自体はすぐに消えます。
また、軽度であれば、消炎鎮痛剤の内服、マゴットの留置期間の短縮、マゴットの匹数を少なくする、間接法に変更するなどの対応で軽快します。しかし、無理して続ける必要はありません。ほかの治療に切り替えるべきです。また、患部周辺に皮膚炎がときどき見られますが、数日間中断するか、ステロイド軟膏外用で軽快します。
池田
わが国での導入はいつごろでしょうか。
岡田
2004年、岡山大学心臓血管外科元講師の三井秀也先生らにより、マゴットセラピーが日本で初めて行われました。大学病院で血行再建術および骨髄・末梢血単核球移植術が無効であった重症下肢虚血患者さんの足潰瘍が治癒し、下肢大切断の回避に成功しました。三井先生はマゴットセラピーの国内第一人者であり、私の師匠です。
池田
今、どのくらい普及しているのでしょうか。
岡田
この治療自体には高度な医療機器や特殊な道具、薬剤が不要です。また、手技が非常に容易で安全なため、海外では広く普及しています。しかし、日本では自由診療のため、一般的な治療ではありません。岡山のジャパンマゴットカンパニーのデータでは、日本で開始されてから、この19年間の症例数は917例です。
また、導入時の問題として、ウジ虫に対する心理的な忌避感や抵抗感が、患者さんだけではなく医療者側にも大きいという問題点があります。そのため、積極的に行いたいという動機に欠けます。
しかし、実際に治療を始めてみると、患者さん側、医療者側もその効果を実感し、抵抗感は徐々に少なくなる傾向にあります。
池田
確かに、抵抗感があるのはわかります。
岡田
それが一番問題で、これがカブトムシだったらいいかと思っていますが、ウジ虫はなかなか厳しいです。
池田
今後の展望はいかがですか。
岡田
2018年、私は日本マゴットフォーラムという任意団体をつくりました。これはマゴットセラピーおよびヒロズキンバエの花粉媒介に関連する研究・教育・事業に関する普及推進を目的としています(https://www.maggotforum.com)。ヒロズキンバエの成虫は近年のミツバチ不足の対策として、イチゴなどの花粉媒介昆虫として研究されました。岡山大学農学部の吉田裕一教授と、奈良県農業研究開発センターの西本登志研究員らにより、現在、これもすでに実用化され、ミツバチの補完昆虫としてほぼ全国で利用されています(図4)。一般の方を含め、少しでも多くの方に知ってもらえるよう、今後も努めていきたいと考えています。
池田
たいへんな仕事ですが、ぜひ頑張っていただきたいと思います。ありがとうございました。