ドクターサロン

池脇

心不全の中でも特に慢性心不全の治療についての質問です。今は、心不全パンデミックの時代ともいわれています。急性期病院での急性心不全の治療で安定したら慢性心不全になってもプライマリ・ケアの医師も一緒にみていくという体制を構築していかないと、心不全をみていくこともなかなか難しいと思います。一方で、ガイドラインも2017年、2021年に改訂されました。いろいろな薬も出てきました。そもそも心室が動く心不全と動かない心不全については非専門医は、やや混乱していると思われます。そのあたりの心不全の基本的なところから教えてください。

佐藤

今お話しいただいたように、心不全のガイドラインが改訂され、つい最近ではヨーロッパでも新しい心不全のガイドラインが出たりして、ここ5年ぐらいで心不全の薬物治療が大きく変わってきています。おっしゃられたように心不全の治療のそもそもは駆出率が低下している、つまり縮む力が弱っている患者さんとそうではない患者さんでは病態が違うだろうということで、分けて考えようということになっています。具体的にいうと心不全の薬の治療は駆出率が40%未満で区切るのですが、それが低下している患者さんに対しては、予後を良くするためにこういう薬を使いましょうと長らく研究が行われていました。新しい薬が出る前はACE阻害薬、それに忍容性がなければARBそれからβブロッカー、MRAの3種類の薬剤が標準治療、つまりガイドラインでもクラスⅠということで、禁忌がない限りは導入してくださいといわれていました。それが、駆出率が低下していない患者さんに対しても、予後を良くするような、新しい薬剤が出てきたことによって、このようにめまぐるしく、ガイドラインが変わってきました。日本のデータでも患者さんの数はかなり増えていますし、1回の心不全の入院で、75万円ぐらいの医療費がかかってしまいます。ですから、いかに再入院を減らすか、あるいは心不全の発症を減らすため、我々のような急性期病院で治療した後は、先生がおっしゃられたように、実地医家と連携を取って、再入院をなんとか回避できるようにすることが大切です。ですから、薬物療法については今、お聞きの先生方と協力をさせていただき、再入院を減らしたいというのが、心不全を専門にしている医師からのお願いです。

池脇

循環器学会、あるいは心不全学会も、もう専門医だけではなかなかみることができないので、一般の医師にもみてほしいということから、最近はいろいろな情報提供をされているそうです。単純すぎる分け方かもしれませんが、なんとなく心不全は左室が動かない病態というイメージがある中で、動いていても心不全というと、高齢者に多い傾向なのですか。

佐藤

そうですね。よくHeart Failure with preserved ejection fractionの略でHFpEF(ヘフペフ)といいますが、やはり高血圧があり、血管が硬くて、急に肺水腫を起こし、苦しくなるという患者さんは特に高齢者で非常に多いです。ですから、その縮む力が低下している人とは、また少し病態が違うので、長らくそういう患者さんの予後を改善する薬剤がなかなか見出せなかったところに、質問にあるサクビトリルバルサルタンやSGLT2阻害薬のような薬剤がある程度、駆出率が保たれている人の予後改善にも寄与しそうだということが新たに示されて、ガイドラインも変わってきています。

池脇

確かに基本的な薬ということで、ACE阻害薬、ARB、βブロッカー、MRAだけではなくて、新しい薬が入って、ガイドラインもめまぐるしく変わってきましたが、やはりそれなりのエビデンスが国内外で積み上げられてきたからこそなのでしょうか。

佐藤

そうですね。基本的には、日本もかなりグローバルの試験に参加するようになり、また日本人によるグローバル試験の検証が行われています。例えばサクビトリルバルサルタンでPARADIGM試験という試験では駆出率が低下した患者さんでACE阻害薬よりも2割予後を良くするという結果になり、エビデンスが構築されたのですが、その後、PARALLEL-HFという日本人を対象とした同じような試験デザインで、症例数は少ないので有意差はないものの、同じような方向性があるということから、日本人にも効果がある程度検証されたうえで、日本でも2020年に承認されています。このように日本人のデータもしっかりある薬剤なので、それをうまく使っていくことが、これからの心不全治療には必要ですし、実地医家にも、ぜひ、その薬剤を知っていただいて、例えば薬の量を増やすなどの調節をしていただければと思います。

池脇

質問にあるサクビトリルバルサルタンは、サクビトリルというネプリライシン阻害薬とARBのバルサルタンが一緒になっています。これはどういう機序で、心不全に効果があると考えればいいのでしょうか。

佐藤

ナトリウム利尿ペプチドは寒川賢治先生らが発見したもので、心臓だけではなくて、血管、腎臓の臓器保護作用を有している体内の一種のホルモンです。主に心臓から出ているのですが、これはネプリライシンという酵素で分解されてしまいます。ですから、ネプリライシンを阻害すれば、体の中にナトリウム利尿ペプチドが蓄えられて尿も出るし、いろいろな臓器保護作用が発揮できるだろうとサクビトリルという薬剤が開発されたのです。ところが、このネプリライシンを阻害してしまうと、この基質として、アンジオテンシンⅡもかかわってきます。ですから、ネプリライシンをブロックしてしまうと、アンジオテンシンⅡも増えてしまいます。このアンジオテンシンⅡは我々循環器医にとっては、いろいろと臓器に悪さをするため、それだけでは不十分なので、そこをブロックするARBを融合させて一つの薬剤となったのが、このサクビトリルバルサルタンという薬剤なのです。

池脇

ほかの配合剤とはまた違うコンビネーションという感じですね。

佐藤

そうですね。なんとなく合剤に思えますが、一つの分子として融合されている、理屈的に考えて合成されて、これだけいい結果が出た薬剤というのはあまり世の中にないと思います。非常に有効だということが、いろいろなエビデンスですでに示されています。

池脇

いわゆる心保護的なペプチドを増やして、その合併症というか、RAAS系の活性化を、バルサルタンを一緒に投与することで抑えつつとなると、ACE阻害薬やARBよりもいいのではないかというデータもいくつか出ていますよね。

佐藤

そうですね。ACE阻害薬は、長らく駆出率が低下した患者さんにとってスタンダードな薬剤でした。2021年に改訂されたアップデートの心不全のガイドラインが公表されました。ACE阻害薬で効果が不十分な場合、もちろんACE阻害薬でも本当に良くなった人は、それで良いかと思うのですが、BNPが上がってきたり、心不全症状が出てきたりする人はACE阻害薬、あるいは忍容性がなくてARBを使っている患者さんには、それよりも約2割、予後を良くするというエビデンスがあります。このサクビトリルバルサルタンに切り替えるということを、新しいガイドラインは推奨しています。

池脇

落ち着いた心不全の患者さんが、プライマリーの医師のところに戻ったときに、処方されているサクビトリルバルサルタンはそういう薬だということをまず理解していただくことですね。

佐藤

そうですね。

池脇

あと一つ、SGLT2阻害薬も心不全の新薬としていろいろなデータが出ていますね。

佐藤

そうですね。この薬剤はご存じのように、そもそも糖尿病で使われていた薬ですが、糖尿病の患者さんの心血管系のイベント、特に心不全入院を減らすことが明らかになり、糖尿病がなくても心不全に効くのではないかと試験が行われて、しっかりとしたエビデンスが構築されました。駆出率にかかわらず予後を良くすることが示され、日本でも使えるようになっています。

池脇

基本的な考え方としては、従来の薬で少しうまく管理できないときに、それを使うということですが、5年10年たつと、案外こういった薬がファーストラインとしてガイドラインに載ってくる可能性はあるのでしょうか。

佐藤

欧米では、ガイドラインも改訂されて、その方向性が示されています。非専門医は駆出率と聞くと、なんとなく抵抗を感じてしまうと思うのですが、ひょっとすると、駆出率にかかわらず、もう心不全の標準治療ということで、このサクビトリルバルサルタンやSGLT2阻害薬が利用されるようになるかもしれません。心不全の程度が軽ければ、非専門医にこれらの薬剤から治療を始めていただいて、それでもなかなか症状が取れないといったときに、循環器にコンサルトするという時代もひょっとしたら来るかもしれないですね。

池脇

質問の最後ですが、確かに利尿剤は患者さんが心不全などの状況が悪いときに加えたりするような使い方をしていますが、今、ガイドラインでの利尿剤の位置づけはどのようになっているのでしょうか。

佐藤

利尿薬は、うっ血の症状、息切れ、あるいはむくみといったような症状があるときに、症状を取るための薬剤としては、クラスⅠとして推奨されています。ただ、それを長く続ける、あるいは量を多く使っても予後改善には寄与しないと示されているので、あくまで短期的に患者さんを楽にしてあげるために使う薬剤だと理解いただければと思います。なおかつ、サクビトリルバルサルタンも先ほど話をしたように、ナトリウム利尿ペプチドを増やすということで、利尿がある程度つきます。一方、SGLT2阻害薬も投与した初期には利尿がついたりと、一部利尿薬の代用的な要素もあるので、これらの薬剤をうまく使うことで利尿薬を減らしたり、あるいは中止できたりということもあります。さらにこれらの薬剤は予後改善に寄与するので、今後さらに広く使用されてくると思います。

池脇

最新の心不全治療に関して解説いただきました。ありがとうございました。