ドクターサロン

池脇

この質問はHDL研究の第一人者の横山先生にお願いしています。

著明な高HDLコレステロール血症の患者さんに関しての質問ですが、せっかく先生に来ていただいたので、HDLに関して、できる範囲で先生に教えていただくつもりでいます。まずHDLは、以前のフラミンガムをはじめとする疫学研究でHDLコレステロールと冠動脈疾患の発症と死亡が負の相関を示すところから、善玉のコレステロールといわれています。その後、先生を含めていろいろなHDLの基礎研究が行われて、HDLのいわゆる抗動脈硬化作用が明らかになったと聞いていますが、具体的にどのような作用なのでしょう。

横山

具体的にこういう作用があるから、動脈硬化の予防ができるというのは、きちんとはわかっていません。ただ、細胞を使った実験で、HDLを振りかけると、細胞のコレステロールが外へ出てくることが観察されるというのが、疫学データを裏付ける基礎になると思います。コレステロールは、末梢細胞で異化することができない、エネルギーには転換できない分子です。したがって、それを異化するにはこれを末梢細胞から肝臓に運んで、胆汁酸に変えて胆汁の中へ出すわけですが、そのための装置がHDLになります。つまり、細胞からコレステロールが引っ張り出されて、HDLに乗って肝臓に運ばれるということです。その機能が血管にコレステロールがたまるのを抑える、あるいは減らす、と考えるのです。

池脇

ほかにも、抗酸化、抗炎症、先生がいわれたコレステロールを細胞から排出するというあたりが抗動脈硬化作用ですね。でも、それが本当にそうかといわれるところまでは、なかなかまだわかっていないのですね。

横山

そうですね。

池脇

HDLは善玉だということで、幸いなことに日本人は海外に比べるとHDLコレステロールが高い人種です。しかも、このHDLコレステロールが過去20~30年ぐらい、日本人であがっているということですが、これは何が原因なのでしょうか。

横山

これは、不思議な現象です。これに気がついたのは、10年ぐらい前です。私は40代の10年ほどをカナダで過ごし、カナダの患者さんをずっとみてきました。日本に戻ってきてまた患者さんをみはじめましたら、日本の患者さんのHDLが高くなっているように感じたのです。初めは、私の気のせいかな、と思ったのですが、ある機会があって、経時的に日本人のHDLコレステロールを調べたところ、1990年ぐらいから、20年ぐらいにわたって、日本人のHDLが、持続的に増え続けていることがわかりました。びっくりしたのですが、これが何を意味するのかわからない。それで、その後もずっとHDLをモニタリングしていきますと、それからさらに10年経ちましたけれども、いまだに増え続けています。1990年ごろから30年以上経っていますが、女性の中年になりますと平均値が20%ぐらい増えています。だから、日本人はますます高HDLになってきているのです。これが一体何なのか、だから動脈硬化になりにくくなっているのか、そう簡単にはいえない、よくわからないのです。

池脇

たしかに、食生活の変化というのはむしろ欧米化していますので、日本人のHDLが増えるという理由はちょっと考えにくい気もします。

横山

そうなのです。今おっしゃった、食の欧米化という点でいいますと、1990年から現在まで日本人の食生活には大きな変化が起こっています。まず魚の消費量がずっと減り続けています。一方で、肉の消費量はどんどん増え続けています。これには貿易の自由化、あるいは漁業の不振などいろいろな理由があると思います。日本人の食品摂取における魚の肉に対する比率を取りますと、この30年直線的にすごい減り方を示しています。30年でだいたい半分か、それ以下になっています。このような激しい動きをしている国は世界中どこにもありません。HDLの増加とは、私たちの常識とは逆の動きで、なぜなのか全くわかりません。これが単に薬剤の影響やジョギングが流行って運動量が増加しているとか、そんな単純な現象ではなさそうで、もっと大きな、環境因子、栄養学的な大きな変化、そういうものがあるはずで、それが日本人の例えば健康、疾病構造に対して、実際、どのような影響を与えつつあるのかというのは、全くわかりません。ただ、注意してみておく必要があります。

池脇

そういうわけで、以前の疫学からHDLの善玉が2倍、3倍、4倍あってもいいではないかという考え方も成立するわけですが、最近の日本、米国、ヨーロッパなどいろいろなところから極めて高いHDLの人も含めたコホート研究をみますと、むしろ高すぎる人は心血管疾患のリスクが高いという成績で一致しているようです。これはどういうことなのでしょうか。

横山

よくわからないですね。いろいろな疫学調査をみると、だいたいのデータはHDLコレステロールの値が100㎎/dLを超していくとリスクが上がることを示しています。しかし、それが果たして何を意味するのかというのは、本当のところわかりません。ですから、これを我々が臨床の中でどのように捉えて、直接どのように対処するかということについては今のところ、答えはありません。

池脇

そういう意味で質問につながるのですが、以前でしたら、あなたはHDLが100㎎/dL以上あっていいですね、というぐらいの話だったのが、質問の医師はHDLが120~130㎎/dLぐらいの50歳男性で、動脈硬化がないかどうか頸動脈エコーをやって、幸いにプラークがなかった。ただ、家族歴では父親のHDLが高めで、脳梗塞を発症しているということで、このまま、みていいのか。何か治療したほうがいいのか、ということです。どうでしょう。

横山

わかりませんね。結論からいうと、このHDLをどうこうするということは、必要ないという言い方はおかしいかもしれませんが、今のところ、それを正当化するデータはありません。ただ、リスクがあるということは疫学的にはいえるので、頸動脈エコーをやっているとのことから、それをきちんとモニタリングすることでよいのではと思います。現在50代で病変がないということであれば、1年か2年に1回ぐらいでみていけばいいのではないでしょうか。

池脇

大量飲酒の方はHDLが上がります。それは書いていないので、おそらくないと思うのですが、そうなってくると、日本人の場合、100㎎/dLを超えるような高HDLというのは、やはりCETP欠損症が多いということでしょうか。

横山

そうですね。疫学的なデータをみると、わが国では高HDLの方の2、3割はたぶんCETP欠損です。非常に高い150㎎/dLくらいになると、かなりの確率で、CETP欠損のホモ型が見つかると思います。

池脇

そういう意味でもCETP欠損がいいのか悪いのかというのは、最近のCETP阻害薬の介入試験であまりいい結果が出ていないというところから、安心はできないという流れになるのでしょうね。もしも、この方が頸動脈エコーをやってプラークがあった場合はどうしたらいいのでしょうか。

横山

高HDL自身を治療することによってリスクが減らせるという証拠は、今のところどこにもないですね。ですから、エビデンス的にはそれを積極的に推奨する理由は、今のところない。そうすると、HDL以外のほかのいろいろな動脈硬化の危険因子を少し厳密にきちんと治療するということかと思います。

池脇

そうすると、LDL、Lp(a)、あるいはレムナント、このあたりがどうかという話ですね。

横山

そうですね。脂質の面からいえばそうですし、もっと一般的に、例えば血圧の管理であるとか、生活習慣、タバコはおそらく吸っておられないとは思いますけれども、禁煙とか、そういういろいろな生活管理をきちんとしていくことが、今のところのコンセンサスです。

池脇

ズバリそのもののエビデンスが今のところない中で、必要であれば是正していくということですね。最後に、東アジアでCETP欠損が多いのは、日本住血吸虫と何か関係があるという研究をされているそうですね。これについて教えてください。

横山

CETP欠損というのは非常に不思議なことに、ほぼ東アジアに限定してしかみられないのです。CETPは、エステル化されたコレステロールをHDLから運びだし、その他のリポタンパク質のトリグリセライドと交換するもので、トリグリセライドがHDLに入ってきて水解されるので、結果的にHDLコレステロールが減少していきます。だからCETPがないと、HDLにコレステロールが溜まり込んで、太って働きの鈍いHDLができます。そのため見かけ上はHDLコレステロールが非常に高くなるわけです。これは病気とはいえないのですが、遺伝的異常が引き起こす状態ではあるわけです。先に申し上げたように、これはほぼ東アジア限定で、白人でのCETP欠損、あるいは黒人でのCETP欠損というのは、ほとんど存在しないといっていいのです。しかし日本を含む東アジアでは、遺伝子頻度はおよそ10%にもなります。なぜこんなことがあるのかと、非常に不思議に思ったのです。ある日、思いついたのは、マラリアと鎌形赤血球貧血症の関係です。マラリアという感染症に対して、鎌形赤血球貧血症では赤血球が歪むことでマラリア原虫が中に入り込めなくて、感染抵抗性があり、そのせいで、マラリアの感染地域である、特にアフリカ出身の人たちに非常にこの遺伝子疾患が多いということが知られています。それと同様で、何か地域性の感染症が高HDLにも関連していないか、CETP欠損は血液の中の脂質代謝に関係するだけで、ほかのことには何も関係しない、それと関係しそうな感染症、東アジア限定というと、日本住血吸虫かなと思いつきました。日本住血吸虫症の死因で最大のものは、肝臓の中に住血吸虫の卵が迷入し成長して、そこで肉芽腫を作って肝硬変を起こすことです。そこで、もともとCETPを欠損して異常なHDLを持つマウスに住血吸虫を感染させると、肝に迷入した卵が非常に成長しにくい。逆に、遺伝子導入でCETPを持ったマウスで同じことを行うと病変が進みやすいことがわかりました。そこで、住血吸虫の遺伝子を調べて、HDLからコレステロールエステルを取り込むHDL受容体をみつけました。こうしたデータから、この仮説を一応証明したわけです。最近になって、この受容体の一部を使ってウサギの感染モデルでワクチン治療を中国との共同研究で行い、ある程度は肝臓の病変を予防できることがわかりました。このように、日本住血吸虫感染が日本でHDLが高いという理由の一つにはなるのかもしれません。

池脇

高HDL以外のHDLの話をたくさん聞かせていただきました。ありがとうございました。