大西 食道がんは高齢の男性に多く、お酒との関係が深いことがよくいわれていますが、そのあたりの状況を教えていただけますか。
石原 一般にはやはり、たばこ、お酒をよく飲まれる60歳以上の男性の方に多い病気で、男女比でいうと8対2 とか9対1くらいの割合で男性のほうが多い病気です。一番のリスクファクターはアルコール、2番目のリスクファクターとしてたばこがあります。あとは、アルコールに関連する酵素の欠損というのも非常に重要で、アルコールの代謝が悪く少量のアルコールで顔が赤くなるような方はアルコールの悪影響が出やすくて、食道がんになりやすいといわれています。
大西 多くの場合は、扁平上皮がんだと思いますが、食道の腺がんについて少し教えていただけますか。
石原 最近の状況ですが、日本の食道がんの9割以上は扁平上皮がんです。扁平上皮がんは先ほどいいましたアルコールやたばこが主な原因となるがんです。腺がんというのは、食道がんの10%弱を占める病気で、これにはたばこも少し関連するのですが、主な原因はむしろ胃酸の逆流です。胃から胃酸が出ていますが、その胃酸が食道に逆流しないように通常はブロックする機構があるのですが、それを防ぐブロック機構が弱い方では、胃酸が食道に逆流することが原因で食道の腺がんが発生するといわれています。
大西 内視鏡治療の適応になる多くの場合は無症状で、検診などで偶然見つかることが多いと思いますが、やはりステージ0の症例がほとんどなのでしょうか。
石原 そうですね。やはりステージ0やステージ1の方がほとんどで、ステージ2、3、4の方は、内視鏡治療の適応にはなりません。
大西 先生は食道がんに対するESD/ EMRガイドラインにかかわっていますが、EMRとESDについて少し教えていただけますか。
石原 EMRというのは、1990年ごろに日本で開発された技術で、食道のがんの部分を内視鏡の先から出した金属の輪っかのようなもので切り取る治療です。通常1㎝くらいまでのがんであれば、きれいに切り取れるのですが、特に2㎝を超えるようなものに関しては、金属の輪っかで1回では取り切れずに、2回、3回に分けて切らなくてはならないような手術方法でした。2回、3回に分けて切ると、がんの一部を取り残したり、切り取ったものを顕微鏡で詳しく調べられなかったりしますので、がんの再発やがんの進行度の誤認が起こりうる手術方法でした。ESDというのは、2000年ごろに開発された手術法で、内視鏡の先からメスを出して、がんの周囲をまず切って、あとはがんと食道の壁がくっついている部分を剝ぐように切り取ります。がんの大きさにかかわらずきれいに一括、1ピースで切除することができます。ですから理論的には、がんの再発が非常に減りますし、がんの進行度もEMRに比べて詳しく正確に判定することができます。
大西 食道がんの内視鏡治療の場合は、一括切除のESDが適応になるのでしょうか。
石原 そうですね。最近は、一括切除できるESDが主流で9割以上の手術がESDで行われていると思います。
大西 次に食道がんの術前診断である深達度や病変の範囲の診断はどのようにやったらいいのでしょうか。
石原 食道がんの術前診断のうち、深達度診断はがんの進行度と直結しますし、内視鏡手術後の成績にも直結しますので、深達度を診断するのがすごく重要で、それに用いられている方法の一つとして、非拡大の内視鏡があります。がんが隆起しているのか、陥凹しているのかといった大雑把な形態を見る非拡大内視鏡と、がんの部分の細い血管、毛細血管などを見る拡大内視鏡という方法と、あとはEUS(超音波内視鏡)があります。がんの表面に超音波のプローブを押し当てると、がんの深部の情報が得られる超音波内視鏡、この3つの方法が主に深達度診断に用いられています。これらの方法のうち主流として用いられているのは、非拡大内視鏡と拡大内視鏡で、超音波内視鏡は細かな情報が得られることもあるのですが、逆にがんの進行度をより深く見誤ってしまうことがあります。両刃の剣みたいな部分があり、通常は一部の特殊な方に用いられて、普段の診療には多くは用いられていない方法です。
大西 病変の範囲はどのようにしていますか。
石原 病変の範囲は、ヨード染色という方法で通常は診断しています。食道に含まれているグリコーゲンはヨードと反応すると茶色くなるのですが、がんの部分にはグリコーゲンがありませんので、ヨードの染色をしてもがんの部分は茶色くならず、通常通り黄色っぽくなります。ですから、がんとがんではない部分にヨードを撒くことによって明瞭に区別することができ、それによってがんの範囲を診断するのが通常のやり方です。たまにヨードではわかりにくい場合があるので、ヨードと併用して拡大内視鏡を用いた範囲診断が行われる場合もあります。
大西 実際の内視鏡切除の適応、その考え方について教えていただけますか。
石原 内視鏡切除というのは、あくまで食道の中のがんしか取れませんので、そのがんが周りに拡がっている可能性が高いようでしたら内視鏡切除は行いません。がんが周りに拡がっているかどうかは、深達度と強く関連します。食道の壁は4層構造になっているのですが、食道のがんがそのうちの第一層に限局していると思われるようなものは、周りに転移している可能性が少ないので、内視鏡切除の適応となります。もう一つ、内視鏡手術が安全に行われる条件として、がんの拡がりがあります。がんが食道全周に拡がっている場合には、その部分を内視鏡で切ると、術後傷が治ってくるときに、食道にひどい狭窄を起こします。ですから術後の患者さんのQOLを著しく落とす危険性がありますので、がんが全周に、しかもかなり長い範囲に拡がっているようなケースは内視鏡切除の適応にはなりません。理想的にはがんが食道の全周に及ばないものが安全に治療できる条件ですし、全周であっても全周の範囲が5㎝までのものが内視鏡切除の適応になります。
大西 切除したあとの治癒判定について教えていただけますか。
石原 先ほど言いました術前の深達度診断は、あくまで術前の見立ての診断になりますので、最終的には切り取ったものを顕微鏡検査、病理検査に出して、病理学的な診断でその後の治癒判定、その後の方針を決めることになります。病理学的な診断でがんが上皮層あるいは上皮の下の粘膜固有層に限局しているがんは、治癒と判定されます。それよりも少し進行したもので食道の第一層の一番奥の部分である粘膜筋板まで進行したがんは、転移が起こりうるのですが、比較的転移の頻度が少ないので、治っている可能性が高いと判定されます。一方でがんが第二層、粘膜下層に及んでいるものや、血管やリンパ管の中に入り込んでいるものは脈管侵襲と呼ばれ、こういった所見が見られるものは、非治癒と判定されます。
大西 切除後のサーベイランスについて少し教えていただけますか。
石原 食道がんの方というのは、最初にお話ししましたようにアルコールや飲酒を背景にがんが出てきている場合が多くて、がんの部分だけではなく、食道全体あるいは喉にもアルコールやたばこによる変化が起こっていることが多いです。そのため、内視鏡で食道の一部にあるがんを切除しても、その背景の食道や喉に後々がんがまた発生してくることがあります。これは再発というよりも、異時多発がん、異なった時期に発生するがんといわれるのですが、この異時多発がんが食道内に1 年に5%前後の確率で発生します。咽頭のほうには2~3%発生します。つまり、1年で100人に5人の方が食道がんを発生してきて、100人に2~3 人の方が咽頭がんを発生します。ですから、その部分をしっかり経過観察する必要があります。具体的には内視鏡検査を行って喉から食道をしっかり観察するのが重要になってきます。
大西 ありがとうございました。
消化管疾患治療の最新情報(Ⅰ)
食道腫瘍に対する内視鏡治療
大阪国際がんセンター副院長
石原 立 先生
(聞き手大西 真先生)