ドクターサロン

 多田 胃食道逆流症(GERD)といっても、食道にびらん性病変を伴うもの、また伴わないものもあるようですが、病態の位置づけはどのようになっているのでしょうか。
 山道 確かに、胃食道逆流症には食道にびらんを伴うものと伴わないものがありますが、いずれも逆流という言葉が付いているように、これは胃酸が大半になりますが、胃の内容物やそれ以外の胆汁なども含めて何かが逆流してくることによって起きる病態であり、これを胃食道逆流症といいます。
 その中でびらん性胃食道逆流症、すなわち逆流性食道炎は主に酸によって起きるもので、食道の下端で胃につながっている部分がびらんを起こす病気です。
 一方で非びらん性胃食道逆流症はNERD(ナード)と呼ばれるのですが、こちらはそういったびらんが見られないにもかかわらず、症状が出現する病態で、逆流性食道炎に比べて診断が難しいことが知られています。
 難しい理由は様々な病態が含まれるからで、胃酸が上がってきているけど、実は食道粘膜に傷がつかなかったという最もわかりやすいケースもあれば、食道粘膜の知覚過敏で症状がすごく出やすく、酸の逆流はごくわずかで正常にもかかわらず症状が出るケース、また、そうした明らかな原因がないにもかかわらず食道に胸焼けなどの症状が出るケース、それから頻度は多くはないですが、好酸球性食道炎というアレルギーによる病態などもこの中に入ってきてしまう場合があり、NERDとひとくくりにされる病態を厳密に診断をするのは、かなり難しいといわれています。
 多田 それぞれのGERD、NERDの発生頻度などの症状は、今お話しいただきましたが、予後はいかがでしょうか。
 山道 逆流性食道炎・NERDのどちらも生命予後への影響はほとんどないとされています。発生頻度は逆流性食道炎の程度をどこまで細かく診断するかによって違いますが、現在のわが国においては15~20%ぐらいは逆流性食道炎になるのではないかといわれています。非びらん性胃食道逆流症、すなわちNERDは、逆流性食道炎よりも多いとされており、両者を合わせると非常に高い頻度の病態になっています。
 多田 実際、NERDの方も多く、苦しんでいる方はけっこういらっしゃるとも聞きます。そこで、診断のために利用できる臨床検査はありますか。
 山道 まず逆流性食道炎については上部内視鏡検査です。いわゆる胃カメラ検査で、これで診断がつきますので、これが唯一かつ最重要の検査になります。
 一方でNERDについては、様々な病態があり複雑です。症状をしっかり評価することはもちろんですが、酸の逆流の程度を評価するpHのモニタリングに食道内圧やインピーダンスといわれる指標を組み合わせた特殊な検査を行うことによって正確な診断がつくとされています。
 多田 診断がかえって難しいですね。
 山道 そうですね。実際にこうした特殊検査を施行できる医療機関が少ないことは、臨床上の課題になっています。
 多田 そういった診断がついて、病態として、逆流性食道炎とNERDと分けた場合、治療法に違いはあるのでしょうか。
 山道 はい、逆流性食道炎とNERD は、別の病気と考えてもいいぐらい様々な背景が違っております。いずれもライフスタイルは大事であり、特に重要なのは食事の習慣です。大食い、早食い、夜食いの3つが特に悪いといわれています。それから睡眠障害、肥満、あるいはきつすぎる衣類、高脂肪食などもリスクになります。こうしたリスク因子はどちらの病態にも悪影響すると考えられています。
 多田 腹圧がかからないほうがいいのですね。
 山道 そうですね。
 多田 そういった生活療法がありますが、実際に薬物を使う場合、つまり薬物療法を選択した場合にどういう使い方があるのでしょうか。
 山道 逆流性食道炎は胃酸が原因になっている場合がやはり多く、こちらに関してはプロトンポンプ阻害薬(PPI) という胃酸分泌を抑える薬、それからボノプラザン(P-CAB)という最近出てきた最も強く胃酸を抑える薬を使います。こうした薬剤を症状と逆流性食道炎の程度によって使い分けていくことが基本です。
 一方でNERDのほうは、酸が関連しているものはPPIで胃酸の分泌を抑えることによって、よく効くケースもあるのですが、先ほどお話しした食道粘膜の知覚過敏であったり、実は酸の関連が乏しい病態であれば、酸分泌を抑える治療はあまり期待できず、それ以外の様々な薬を使い分けながら試行錯誤していくという流れになります。
 多田 私ども非専門医がこういった病態にぶつかると最初はPPIを使いますが、その効き方が悪いときに使うのがP-CABでしょうか。実臨床での使い分けや使う期間などがあれば教えていただけますか。
 山道 まず一番強いボノプラザン、すなわちP-CABという薬は、現時点では逆流性食道炎の最も重症なグレードCとDの食道炎には、必ず使ったほうがいいといわれています。はじめは使用可能な最大量20㎎を使用して4週間使ったところで、その半分の10㎎、あるいはPPIを維持療法として長期に使うというのが、現在の標準的な使い方になっています。
 一方でそれよりも軽めのグレードBやAの場合は、PPIの治療で十分なことがほとんどです。最も軽微なグレードAの場合で、かつ、全く症状が出ない方では投薬をせず、経過観察する場合もしばしば経験します。
 多田 H2ブロッカーなどは、今はほとんど使わないのでしょうか。
 山道 そうですね。H2ブロッカーは、現在はすごく使用頻度が減っています。一つはPPIとの直接の比較試験で大きく劣ったこと、また長期に使っていると耐性が出るなどの理由もあり、現在はPPIがファーストチョイスになっています。
 多田 わかりました。まず当初はPPI を使っていく、それでも重症な症例ではP-CABを使うということでよいですね。
 山道 はい。
 多田 4~8週間使用してもなかなか治らない患者さんもいますが、長期に使っても問題ないですか。
 山道 適用をしっかり書くことによって、保険適用としてはPPIを長期に使うことができます。
 多田 あと、外科的治療法もあるという話を聞くのですが、どういう症例に対応すればよいのでしょうか。
 山道 外科的な治療は、食道裂孔ヘルニアといわれる食道と胃のつなぎ目がゆるいケースに対する治療が中心です。生活改善や内服薬では十分に効かない症例が対象であり、外科手術による方法、それから内視鏡サポートで行う特殊な治療などが最近広がっています。ただ、やはり体への負担も大きいですし、十分な検査を経て、逆流を抑えることによって確実に治るだろうということが期待される場合にのみ対象となります。
 多田 よくわかりました。全体を通じて特別な留意点があれば教えていただけますか。
 山道 この病気は死なない病気ということで軽んじられてきた歴史があるのですが、実際にはこの症状があると例えば仕事の効率などQOLを大きく低下させることがわかっており、軽視すべきではありません。今、わが国では非常に頻度が高いので、症状があればぜひとも医療機関に行って相談いただくことが大事かなと思います。
 多田 バレット食道というのがありますね。これとの関連性も教えていただければと思います。
 山道 バレット食道は、現在、わが国でも非常に注目されている食道と胃のつなぎ目に出る変化で、逆流性食道炎で傷ついた食道の粘膜が、胃の粘膜に間違って置き換わってしまう現象をいいます。ここから実は食道腺がんといわれるがんが発生することがあり、欧米では非常に深刻な病態と捉えられています。
 わが国は欧米と比べるとバレット食道は軽い人が多く頻度も低いので、現時点でどれぐらいのリスクがあるのかというのは、いろいろな研究が進んでいるところです。ただ、日本でもバレット食道の頻度が増えてきていることは確実ですので、医学的に注意しなければいけない病態であることは間違いありません。
 多田 あと重篤な病態では、出血や狭窄という話もよく聞くのですが、そのあたりの注意点はどのようにすればよいでしょうか。
 山道 出血や狭窄自体は、早めの治療が大切で、重症の逆流性食道炎のときに適切な酸分泌抑制薬を使うことによって、現在は非常によくコントロールができるようになりました。多くのケースでは適切な内服治療の遅れで起きてしまうことが多いので、早めの医療機関の受診が大事になってくると思います。
 多田 最後になりますが、ピロリ菌との関連について教えてください。最近はピロリの除菌が非常に進んできて、かえってGERDが増えてくるということも聞いています。これは関連があるのでしょうか。
 山道 ピロリ菌がいると慢性の胃炎が起きて、胃酸の量が減りますので、ピロリ菌がいるほうが逆流性食道炎は起きにくいとされています。除菌治療が進んだことに加えて、そもそもピロリ菌はわが国の衛生環境の改善でどんどん減ってきている中で、GERDや逆流性食道炎が増えてきたことは間違いないと考えられています。ただ、除菌治療に関してはメリット、デメリットを考えるとメリットが絶対上回るとは考えられていますので、GERDの悪化を恐れて除菌をためらうべきではありません。
 1次・2次の標準治療に加えて、これがダメでも、レボフロキサシンなど様々な抗生物質の組み合わせによる3 次・4次治療で保険適用を外れることはありますが、除菌治療が確実に行える時代になっています。
 多田 実際、悩んでいる患者さんが多い病態ですが意外と軽んじられている病態でもある胃食道逆流症について、大事な点を教えていただきました。ありがとうございました。