池田 円形脱毛症の治療、特にJAK 阻害薬についての質問です。まず円形脱毛症というのはどのような病気なのか教えていただけますか。
大山 円形脱毛症は、先生方もよくご存じのように、典型的には、円形から類円形の境界がはっきりした脱毛斑(図1a)が見られる疾患です。そのような臨床像に限ったわけではなくて、重症になると全頭に脱毛が生じたり、眉毛やまつ毛、さらには体毛も抜けてしまう全身型といったようなパターンの脱毛を呈する方もおられます。
原因は、原則的には毛を作る皮膚の下に埋まっている“毛包”と呼ばれる部分に対する、細胞傷害性のTリンパ球を主体とする自己免疫応答による組織傷害の結果であることがわかっています。特に毛を持続的に伸ばす時期である成長期の毛包の根元、毛球部と呼ばれる膨らんでいる部分の周りに、自己免疫応答性のTリンパ球が集まり組織を侵すため(図1b)、毛がうまく作れなくなり抜けてしまうのが円形脱毛症という疾患です。
池田 発症機序としては、自己免疫のようなことが考えられているのでしょうか。
大山 今、いろいろな円形脱毛症に関する研究が非常に進んでいるのですが、家族歴がある方もいることがわかっていますし、アトピー性皮膚炎などの合併しやすい疾患があることもわかっています。そういった発症しやすい基礎疾患、素因を背景として、例えば感染症など何らかの様々な自己免疫のトリガーがかかわることで免疫応答が生じ、脱毛に至ると考えられています。
池田 新しい治療薬が出たということですが、今まではどのような治療がされていたのでしょうか。
大山 日本皮膚科学会から円形脱毛症の診療ガイドラインが出ていて、これまで、いろいろな治療のアプローチはあったのですが、最近のガイドラインなどでいわれている「エビデンスレベルが非常に高い」という治療法がなかったというのが現状です。円形脱毛症の治療には、治療選択にかかわる幾つかのファクターとして年齢・病期(急性か慢性か)・重症度(脱毛面積) があり、それにしたがって考えるとわかりやすくなります(図2)。
ガイドラインであげられている治療法として一番わかりやすいのはステロイドの外用です。自己免疫応答ですので、ステロイドを塗って炎症を抑えるものです。あとはステロイドの局所注射です。脱毛している部分の毛包の根元の部分に自己免疫応答が起きるので、そこに直接ステロイドを打てば、免疫抑制効果があり、毛が生えてくるという治療で、このロジックは理解しやすいです。確かにこれは有効な治療で、限られた範囲の脱毛斑ではかなり奏効しますが、脱毛の面積が大きくなってくると、そのすべての部分に注射していくのはたいへんなので、適応に限界があります。
その他の治療法としては、あまり一般的ではなく、皮膚科のなかでも実施できるのは専門的に脱毛症治療を行っている施設がメインになってくると思いますが、局所免疫療法という若干特殊な治療法があります。これは主に慢性期、つまり、どんどん脱毛しているのではないけれども、症状が固まってしまったような、慢性に脱毛を呈しているような方が適応になってくる治療法です。頭皮に人工的にかぶれを起こして、そのかぶれによる免疫変調効果で自己免疫応答を制御していく方法です。
池田 要するにこれまでの治療法はエビデンスレベルが低かったのですね。
JAK阻害薬による治療法が出てきましたが、どのような症例に使うのか、そしてどのような検査をして合併症を防ぐのかについて教えてください。
大山 現在、重症かつ難治性の円形脱毛症の患者さんに使用できる薬剤としてJAK阻害剤があり、2種類上市されています。JAKというのは、Janus kinaseという酵素でJAKの1、2、3、とTYK2というファミリーからなります。JAKの1、2を阻害するバリシチニブという薬剤と、JAKの3とJAKファミリーではないT細胞の受容体に関連する分子であるTECというファミリーキナーゼを阻害するリトレシチニブという薬剤が使用できるようになっています。これらの電子添文を見ていただくとわかると思うのですが、3つ、大きなポイントがあると思います(図2)。
一つは年齢です。バリシチニブは成人、リトレシチニブは成人または12歳以上の小児に投与ができるのですが、残念なのは非常に小さいお子さんなどには、適応にならないことです。もう一つが脱毛面積です。おおむね50%以上頭部の脱毛が見られること。それから、これは非常に重要なポイントなのですが、半年ぐらいは治療を頑張ったものの自然軽快が見られないような方が適応になっています。
自然軽快が見られないというのは、とても重要なポイントです。脱毛面積の小さな円形脱毛症の患者さんでは比較的多くの方が自然に治ることを経験されます。たとえ全頭が急速に脱毛するような急速進行性のものでも、無治療で自然軽快する患者さんは多くはないものの経験することがあります。目の前の患者さんが広範囲に脱毛しているだけでは、処方してはいけないということになります。経過をしっかり見て、病態を見極め、その患者さんが自然軽快してこないことを確認して初めて処方できることになります。
処方した理由を症状詳記に書いていただかないと、おそらく保険の審査で問題になってくると思います。重症かつ難治性の円形脱毛症の方のための治療薬です。
治療が開始されるとJAKが阻害されます。JAKは様々なサイトカインの受容体に関連する分子です。サイトカインを抑制すると、当然、免疫はある程度抑えられますので、例えば、結核などに潜伏感染していたり、B型肝炎のキャリアだったりすると問題があります。ですので、各製薬メーカーが配布している投与前のチェックシートなどを活用してチェック項目としてあげられている生化学検査、尿検査、そして胸部のレントゲン、あるいは年齢によってはCTなどの画像検査を行い、悪性腫瘍が隠れていないか、免疫抑制がかかったような状態でも、個体として耐えられるかということを確認することが大切です。
重要なポイントはこれらのスクリーニングを経て、適合と判断された場合にのみ、処方される薬剤であるということです。脂質やCK、あるいは末梢血などの値が内服開始後に動くことがありますので、処方した後も、定期的にモニタリングしていただくことが重要です。
池田 なるほど。適応症例をしかと見定めて、検査しつつ投与していくことが大切ですね。
無事投与開始になった場合、効果判定の時期と方法はどうされるのですか。
大山 ここは非常に大事なポイントで、これらの薬剤には即効性はありません。なぜかというと、円形脱毛症で、特に症状が固定されているような方の場合には、毛包の毛周期が疑似的に止まっているような感じになっています。その状態から成長期に入って、毛をり出して、頭皮から毛が見えてくるまでにはしばらく時間がかかります。
例えば、免疫応答が薬剤で解除されたとしても、有効性の評価は、やはり発毛の程度です。発毛の面積を数値的に示すSeverity of Alopecia Tool Score (SALT)というのがあり、そのスコアを用いて発毛の程度をモニタリングします。また眉毛、まつ毛はほかの尺度がありますが、どのぐらい脱毛が改善したかを眉毛、まつ毛のギャップを目安にスコア化して効果判定しています。
重要なのは有効性が見えてくるには、しばらく時間がかかるということと、良好な発毛が見られる一方で、残念ながらあまり発毛が見られないなど、様々な反応を示すということです。一応、我々が目安にしているのが臨床試験で主要評価項目となっていた日数での有効性で、これはバリシチニブが投与開始後で36週、リトレシチニブで投与開始後24週です。
池田 なるほど。その辺の時期に評価して、そのスコアが改善されているのを確認すると、そこからまた継続していくのですね。まだデータがないと思うのですが、この治療法を続けたあとに、終了できるようなことはあるのでしょうか。
大山 まだデータ自体は公表されてはいないのですが、免疫応答を持続的に抑えないと、症状改善が維持できないというのが理論的な説明になります。こうしたことに関するデータはゆくゆくは論文として世に出てくると予想されます。個人的な経験で言わせていただきますと、例えばバリシチニブには4㎎錠と2㎎錠がありますが、高額の薬剤なので、4㎎で治療を始めてから経済的な理由で減量せざるをえない場合もあります。こういったときに、症状が悪くなってくる方もおられます。
今後、超長期、寛解を維持しているような症例において、例えば減量、あるいは中止ができる可能性はないとはいえないのですが、現時点ではバリシチニブで、まだ1年3カ月ぐらいしか実臨床での治療は行われていません。例えば有効性が高く見られている方で処方量を減量して、せっかく発毛して喜ばれている方をがっかりさせてしまうのはよろしくないので、今の時点では、できれば続けていただきたい薬剤であると思います。
池田 まだ使用できるようになって時間も経っていませんし、制約なく広く使われると困りますよね。ですから、経験豊かな円形脱毛症に精通した皮膚科医が日本皮膚科学会で承認を得て、そして投与していくことがやはり肝心ですね。
大山 そうですね。両薬剤ともに日本皮膚科学会の脱毛症治療安全性検討委員会から安全使用マニュアルが出されています。そちらに管理医師の要件、治療を実施できる施設の要件などが記載されていますので、ぜひ参照していただきたいです。安全性を担保しながら、適切に患者さんに処方されるべき薬剤であると考えます。
池田 どうもありがとうございました。
円形脱毛症のJAK阻害薬の治療
杏林大学医学部皮膚科学教室教授
大山 学 先生
(聞き手池田 志斈先生)
円形脱毛症のJAK阻害剤による治療についてご教示ください。
東京都勤務医