池脇 Acute care surgery(ACS) の質問をいただきましたが、大原先生は埼玉医科大学で、ACSにかかわっておられたそうですね。ACSの発祥はアメリカだそうですが、ACSが生まれたきっかけについて教えてください。
大原 ACSは2005年にアメリカ外傷学会で提唱されたものです。内容は外傷外科、救急外科、外科的集中治療の3つを合わせてAcute care surgeryとなっています。アメリカの銃社会、車社会の中で発展した外傷外科というのがあるのですが、やはり世界的にも外傷症例が非常に減少してきています。その理由は、道路の整備や車の交通安全が向上されたこと、診断技術の向上と、非手術症例が増えたことですね。カテーテル治療などで手術症例が減っています。さらに、手術においては近年、日本でもそうですけれども、内視鏡手術が非常に向上していることから、なかなかダイナミックな外傷外科医の出番がないのです。そうした現状で外傷外科医が、救急外科、一般外科領域、外傷外科、集中治療まで担うAcute care surgeryという概念を確立しました。
池脇 アメリカでは、外傷専門の医師が治療する患者さんが少なくなったということで、2005年にアメリカでACSの研究会が発足したのですね。これは全世界的に、外傷外科をやりたいという医師や対象の患者さんもあまりいないといったことから外傷外科医が生きる領域をつかんだ。では日本でも、という流れなのでしょうか。
大原 やはりほとんどは、アメリカの状況と似ていると考えていいかと思います。その中で、日本の医療システムは、多少米国とは違い、救急の中でやっている医療で、外傷外科が少なくなってきたため、外傷外科医がなかなか育たないことが大きな問題になっていました。そこを領域展開というかたちで、一般外科や集中治療まで含めて、重症なものを担うところを視野に入れて、日本でもやっていきましょうと、10年ぐらい前に学会まで発足したという状況です。
池脇 確かに、先ほどおっしゃったように2005年にアメリカで研究会が発足して、4年というすごく短いタイムラグで2009年に日本でも研究会が発足したと記憶しているのですが、むしろ、日本でも外傷専門医が今の状況では難しいと判断してアメリカの動きに同調するかたちでやろうとしたという意味では、立ち上げがけっこうスムーズだった印象がありますね。
大原 その学会の成り立ちの話は立ち上げた医師らの書籍などをみると、やはりそういったところが一番大きく出ているのではないかと思います。
池脇 質問では日本でも次々とACS センターが設立されているということですが、これはACSセンター、あるいは救命センターの中にACSのチームがあるのでしょうか。
大原 2009年に研究会が始まった後に、島根大学で日本で初めてのACSの講座が立ち上がりました。その他、我々の埼玉医科大学国際医療センターと同様に救急科の中にACS部門というかたちで、外科の一つとしてできてきました。昨今かなり増えてきているのではないかと思います。
池脇 このACSというのは、外傷外科、救急外科、外科的集中治療の三位一体なのでしょうか。この原則は、日本も基本は変わらないのでしょうか。それともそこから少し発展していたりして、多少ほかの要素も入ってきて、現在に至っているのでしょうか。
大原 基本的には三位一体というかたちでやっていることが多いと思います。ACSはsurgeryなので、基本は外科医です。救急センターの中にいても、救急医と集中治療医、そして外科医の3人がいるようなものなのですが、一つのチームとして動いているのが現状です。なので、外科医一人が全部やるというのではなく、治療に携わる人間をすべて含めて、ACSというかたちだと、私は認識しています。
池脇 救急の患者さんが来て、外科の医師が最初から最後までやるよりも、ACSのチームでいろいろな方たちがいろいろな角度でその患者さんをケアするほうが治療の予後、成績は良さそうな気がします。
大原 その点は、海外の文献で院内のサージカルレスキューというかたちで術後合併症など何か起こったときにACSのチームが携わることで、院内の在院日数、医療資源のコスト低下の成績が明らかに良くなったという報告があります。海外と日本では違いますが、その辺はやはりチームでやる強さはあるのではないかと思います。
池脇 イメージとしてACSは非常に高度な救命というレベルで、どちらかというと二次救急よりも三次救急がメインかと思いますが、二次救急レベルでも活躍できるのですか。
大原 はい。三次救急では重症外傷も含め、手術から集中治療まで高度医療を行いますが、ACSの守備範囲は一般外科も含めると、急性虫垂炎など皆さんの知っているような、お腹が痛いと訴えて来たときに手術になるような症例も入ります。そう考えると、いわゆる二次救急病院の外科医がやっているような領域までも入るので、そこで三次救急の大きな病院だけではなく、二次救急病院で実は一番活躍していると私は思います。
池脇 まだ学会ができて10年。もう10年経ったという感じもしますが、学会としては、若い医師を外傷中心のACSで一人前にするという意味では、認定医、専門医というシステムを作っているのですか。
大原 はい。Acute care surgery学会の中に、Acute care surgery認定外科医があります。ほかに腹部救急医学会の中でも認定医はありますが、一番コアなのは、Acute care surgery認定外科医で、今まだ全国で200人程度しかいません。
池脇 それで自分の存在価値が決まるわけではないけれども、症例を積んで、成績を上げて認定医をとることは、やはりいろいろなところで活躍できる一つのきっかけになりますよね。
大原 そうですね。教育、育成制度が、ここからの大きな日本の課題ではないかと思っています。症例をどこで積むかというところですが、先ほどいった二次救急病院で研鑽を積んで、重症症例を担う三次救急病院へと移ることが、さらにステップアップというかたちになると思っています。
池脇 今後とも、より多くの若手の外科医がこのACSにかかわって、資格を取って、ACSそのものが日本で発展することを願っています。ありがとうございました。
Acute care surgery
埼玉医科大学国際医療センター客員准教授
大原 泰宏 先生
(聞き手池脇 克則先生)
Acute care surgery(ACS)という新しい外科領域が提唱され、わが国でも次々とACSセンターが設立されています。ACSの概念、わが国での発足からの道のり、現状などをご教示ください。
埼玉県勤務医