多田
シリーズ「動脈硬化性疾患の予防を考える」の最終回となりました。塚本先生は、日本動脈硬化学会の専門医、指導医であると同時に、このほど日本動脈硬化学会ガイドライン作成委員会統括委員長に就任され、今後のガイドラインを導いている医師です。さて、改めてガイドライン2022年版の特徴とガイドラインの利用の方法のポイントを教えていただきたいと思います。
塚本
今回のガイドライン2022年版の特徴の一つ目は、今までは冠動脈疾患だけだった二次予防疾患にアテローム血栓性脳梗塞が加わったことです。欧米では以前から脳卒中と冠動脈疾患を併せたリスクチャートがあったのですが、日本ではその疾病の特徴によって、冠動脈疾患のみをエンドポイントとしたリスクチャートになっていました。今回、久山町研究において、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞の2つを併せてエンドポイントとした研究が発表されたので、日本においても今回の二次予防疾患は、アテローム血栓性脳梗塞と冠動脈疾患になりました。アテローム血栓性脳梗塞などの脳血管疾患は、冠動脈疾患と同様に発症すれば命を落とすこともあるし、助かってもQOLが非常に落ちる疾患なので、これが加わったというのは非常に大きなことだと思います。それに伴って前回は吹田スコアだったリスクチャートが久山町スコアに置き換わったことも特徴です。また、健診や日常臨床の場で、採血がどうしても食後になる場合があるということや、食後の中性脂肪の値が空腹時の中性脂肪の値よりも動脈硬化のリスクをよく反映するのではないかということも報告されていますので、今回から非空腹時の中性脂肪の値が基準値に組み込まれました。
また、糖尿病患者さんのLDLコレステロール管理目標値設定のための層別化基準の改訂が行われたことも一つの特徴かと思います。以前は一次予防の糖尿病患者さんは、一律LDL120未満ということになっていました。一方で、糖尿病患者さんで、例えば細小血管合併症を伴っている方はそうでない方よりもリスクが高いのではないかということが以前より言われていました。それを受けて今回、システマティックレビューが行われ、一次予防の糖尿病患者さんで細小血管合併症などがある方の場合には、より厳しく100未満を目指しましょう、と設定されました。そして二次予防の糖尿病においては、70未満を目指すことになりました。これらが今回のガイドラインの大きな特徴になると思います。
多田
ありがとうございます。動脈硬化性疾患をカバーすることにおいて、冠動脈疾患ももちろん大事ですが、脳血管障害も動脈硬化性疾患の一翼を担うものであるという考えが入ってきたということは、たいへんな進歩だと思います。一方で、アテローム血栓性脳梗塞の診断をどうするかについて注釈があります。いわゆる動脈硬化の度合いを見る頭蓋内外動脈の50%以上の狭窄や弓部大動脈にできた4㎜以上の粥腫の評価がなかなかされにくい。特に地元のかかりつけ医ではなかなか難しいということもあるのです。この辺りをどういうふうに対応していけばよいでしょうか。
塚本
これに関しては、CTやMRIを撮って、明らかにアテローム血栓性脳梗塞である方の場合にはアテローム血栓性脳梗塞としていただければよいです。一方、ラクナ梗塞や心原性脳梗塞の場合に、例えばMRIやMRA検査を行ったときに、頭蓋内外動脈の50%以上の狭窄、あるいは弓部大動脈にできた4㎜以上の粥腫が存在している場合には、将来アテローム血栓性脳梗塞を発症するリスクが高いということで、今回は二次予防に含めましょうということになったのです。
多田
例えば明確な判断がつきにくい場合は、そのままこのリスクチャートを先に進んでいけばいいのでしょうか。
塚本
例えば、CTなどで明らかにラクナ梗塞だという場合に、頭蓋内外動脈の50%狭窄、あるいは弓部大動脈の4㎜という肥厚がわからない場合は、そのままなしということで進んでいけばいいです。
多田
今回、久山町研究によるリスクスコアを用いたことで、80歳以上の症例をどうするか、40歳未満をどのように評価するかについて一部混乱があることも聞いていますが、このあたりをどうすればいいか改めて教えていただければと思います。
塚本
まず80歳以上の方についてですが、動脈硬化のリスクとして加齢は非常に大きく作用します。それゆえ80 歳以上ではほとんどの方が高リスクになると考えていいです。ただ、高齢者の場合は、フレイルやサルコペニアの方がいることが問題です。そのような方に無理に食事制限をすると、反対にこれらを悪化させる可能性があるので、そういった場合には、通常の脂質治療はちょっと控えていただいて、その患者さんに応じた治療を行っていただければと思います。もちろん、80歳以上で元気にピンピンしていらっしゃる方もいます。その場合には、例えば日本で行われたユートピア75という研究を見ますと、エゼチミブできちんとコレステロールを下げることによって動脈硬化を抑えられることが明らかにされていますので、元気な方には治療を行っていただければいいかと思います。
40歳未満の場合ですが、久山町研究では40歳未満の若い方というのは、10年後のリスクは高くないことが示されています。そのため40歳未満の方は久山町スコアの中には入ってこないのですが、例えば35歳で肥満があって、LDLも高くて耐糖能異常もある。そういった方の場合は生涯リスクが高いと思います。さらに喫煙などがあるとリスクがぐっと上がります。そういった場合には、今回の久山町スコアで年齢を40歳としていただいて、日本動脈硬化学会が作成しているアプリに年齢を40歳と入力し、そのほかのデータを入れていただくと、絶対リスクに加えて、相対リスクが表示されます。それにより、その方が同じ年齢のリスクの最も低い方と比べて、何倍リスクが高いのかがわかってきます。例えば3倍、5倍という相対リスクが出てくるので、それをうまく利用して、患者さんに説明していただければよいと思います。
また、LDLが180以上の方の場合には、家族性高コレステロール血症も疑って、食事療法に加えて、場合によっては薬物療法を行っていただいてもいいかと思います。その場合には、やはり動脈硬化の評価、例えば頸動脈エコーなどで評価していただくのがよいと思います。
多田
今、先生がおっしゃった生活習慣をどうやって直していくかも非常に大事ですが、実際、管理栄養士に対して脂質異常症の病態をうまく告げて食事指導箋をどのようなかたちで書くのか、よい方法があれば教えていただきたいと思います。
塚本
そうですね。これに関しては、LDLコレステロールが高いのか、あるいは中性脂肪が高いのかによって食事指導も変わってきます。両者に共通するのは、オメガ3多価不飽和脂肪酸の摂取を増やすということです。そして、LDLコレステロールが高い方の場合には、卵制限などのコレステロール制限や、獣肉を制限しての飽和脂肪酸制限、そして野菜などを食べて食物繊維を増やすことが必要です。一方、中性脂肪が高い方においては、糖質を制限する、肥満を解消する、あるいは飽和脂肪酸を制限するなどが肝心になってきますので、LDLコレステロールが高い場合と中性脂肪が高い場合では、少し食事療法が変わってきます。このような内容を組み込んで、どういった食事を摂ってもらいたいのかを考えていただいて、オーダーを出すのがいいかと思います。
多田
最後に日本動脈硬化学会は毎回ガイドラインをわかりやすく読み解くための診療ガイドを作成しています。今回も動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版が2023年6月に発行されました。先生が中心になってこれを作成されたということを聞いていますので、今後のガイドラインのあり方について先生の腹案を教えていただければと思います。
塚本
ガイドラインは、一般の臨床医が参考にされるものなので、できる限りわかりやすいものになればと考えています。ただ、2022年版のガイドラインでは、システマティックレビューを行ったりして学術的な感じになっており、一般の臨床医が読み通すのは、なかなか難しいと思います。それゆえ、通例ではあるのですが、この診療ガイド2023年版は2022年版ガイドラインをわかりやすく概説する趣旨で出しました。この診療ガイドでは、箇条書きにしたり、二次元コードを入れたりといった工夫をしてわかりやすく解説するようにしています。また最後のQ&Aも今回かなり充実させました。日常臨床で困るような疾患に関する具体的な例を挙げて記載しているので、ぜひ手に取ってご覧になっていただければと思います。
多田
臨床医だけではなく、多くの臨床に携わる人々にとっても、たいへん有意義なお話を聞けたと思います。ありがとうございました。