山内
薬物で起こる頭痛といいますと、ロキソプロフェンがかなり有名になっています。その話の前に、薬物乱用という言葉についてですが、この言葉は何かに溺れてしまった感じがします。このような表現でよいのでしょうか。
永田
まず、薬物乱用頭痛というのは、我々日本頭痛学会では、基本的に第一には使わない言葉で、正確には「薬剤の使用過多による頭痛」です。カッコがついていまして、2番目として薬物乱用頭痛、あるいはMOH(medication-overuse headache)といっています。実は以前は、我々の学会でも、国際頭痛分類の日本語訳で薬物乱用頭痛という言葉を使っていました。ところが、この版が改訂されて、特に今使っている第三版に関しては、薬物乱用という言葉は誤解を招くおそれがあり、アルコール中毒や麻薬中毒の患者さんと間違えられるような印象を受けてしまうということで、我々の正式な用語としては、「薬剤の使用過多による頭痛」としています。
山内
確かに薬物といいますとドラッグということで、そちらのほうと間違える可能性はありますね。さて、まずロキソプロフェン過剰投与による頭痛ですが、これはほかの薬剤でも出てくるのでしょうか。
永田
これは十分起こりえまして、いわゆる一般的な頭痛薬、鎮痛薬系統はすべて起こりえます。
山内
鎮痛薬以外の薬で起こることはあまり多くはないのでしょうか。例えば精神系の薬剤や降圧薬はいかがでしょうか。
永田
基本的に頭痛に関しては起きないと考えています。
山内
やはり鎮痛薬なのですね。鎮痛のメカニズムには大きな違いがありますが、ほとんどすべての鎮痛薬といってよいのでしょうか。
永田
まだ正確にはわかっていませんが、ほとんどすべての鎮痛薬、例えば、ロキソプロフェンを含むNSAIDs、あるいは片頭痛の特異的薬剤であるトリプタンでも十分起こりえます。
山内
神経系に使われるような薬も最近いろいろと出ていますが、こちらのほうはいかがでしょうか。
永田
基本的にはあまりその辺の薬は報告されていなくて、やはり、頭痛に使う鎮痛薬が中心になると思います。
山内
むしろ頭痛に対する鎮痛薬で起こるのですね。そうすると、ロキソプロフェンが非常に有名ですが、これはただ単にロキソプロフェンが非常によく使われるから多く出てくると考えてよいのでしょうか。
永田
はい、そう思います。むしろ、片頭痛のときに使うトリプタンのほうがロキソプロフェンなどより早く使用過多による頭痛になるといわれています。
山内
今、出てきました片頭痛も本病態に絡むのでしょうか。
永田
基本的に片頭痛の患者さんは薬剤の使用過多による頭痛(MOH)になりやすいといわれています。
山内
片頭痛以外にもMOHになりやすい背景因子は知られていますか。
永田
今、知られているところでは、その方の社会的背景、経済状況、喫煙、肥満、男女比は女性のほうが多いといわれています。最も多いのは、頭痛が非常に頻回になっている方。あとは精神的にうつ症状が強いような方はなりやすいという報告があります。
山内
うつ状態といったものがバックにあると、いかにも起こりそうな感じがしますね。頻度ですが、どれくらいで見られるものでしょうか。
永田
今、報告されている中では、全体の頭痛の約1%といわれています。ただ、私どものように専門で頭痛を見ている施設になりますと、約1~2割はそういうような患者さんがいらっしゃいます。
山内
最近よく知られてはいますが、例えば、同じ鎮痛薬をリウマチのように長期で毎日のように服用されている方では起こりにくいのはなぜでしょうか。
永田
本当に不思議な話で、おっしゃるとおり、リウマチのような患者さんは毎日消炎鎮痛剤を飲んでいますが、意外とMOHが少ないといわれています。あともう一つ、片頭痛の仲間で群発頭痛というすごく激しい頭痛を起こすことがあります。この患者さんもMOHが少ないという報告があります。でも、正確な作用機序はまだわかっていないと思います。
山内
頭痛のメカニズムのどこかと共通する何かがある、と考えてよいのでしょうね。
永田
そうですね。
山内
実際に、こういった薬で起きてしまった患者さんでは薬はどの程度使われているものなのでしょうか。
永田
国際頭痛分類には、これだけの条件を満たせば、MOHとなる診断基準があります。一つの目安として、頭痛が月の半分以上ある状態が3カ月続いている、かつ、用法用量を超えて必要以上に鎮痛薬を過剰に飲んでいる状態。これらの条件に当てはまれば、MOHと診断していいだろうとなっています。
山内
常用量ではあまり症状は出てこないのですか。
永田
常用量でも、3カ月以上飲んでいれば、出る可能性はあります。
山内
それは毎日ですか。
永田
ほぼ毎日になると思います。
山内
そこに至るまでは、時々飲んでいる頓服のようなものから入っていくと思うのですが、その程度ですとあまり起こってこないのでしょうか。
永田
そうですね。そこでやめられればいいのですが、今、鎮痛薬は簡単に手に入りますから、ちょっと頭が痛いと何の気なしに毎日飲んでいると、知らないうちに、やめられなくなってしまうという現象が起こると思います。
山内
例えば、月に半分ぐらい飲むことが続いているようなケースはいかがでしょうか。
永田
それで3カ月とか、何カ月も続くような状態であれば危ないと思います。
山内
鎮痛薬の種類を問わず、すべてで出てくるのですね。
永田
すべてで起こる報告があります。
山内
例えば市販薬はいかがでしょうか。
永田
実は、市販薬が一番起こりやすいといわれています。というのは、市販薬は複合鎮痛薬といいまして、鎮痛薬の成分以外にほかの成分が混じっています。例えば、痛みを取るだけではなくて、スッキリする、眠気を覚ますようなものです。一つの例として、カフェインなどが混じっている場合があり、それが混じっていると、コーヒーでわかるように嗜好性があるのでよけい飲みたくなってしまう、乱用したくなってしまう、そういう誘発の要素があります。むしろ我々が処方しないで用法及び用量以上に市販薬を飲んでいるのが非常に危険だと思います。
山内
最初のお話に戻りますが、ドラッグ乱用になってしまっている感じはありますね。
永田
そうですね。
山内
その気持ちよさを目的として、市販の鎮痛薬をたくさん飲まれる方がけっこういるのではないでしょうか。
永田
確かにたくさんいらして、最初のうちは実際に飲めば頭痛が治るのですが、だんだん効き目が弱くなってきます。ですが、飲まないよりは、飲んだほうが少しはましだということで、どんどん錠数が増えていってしまう。このような現象が起きているようです。
山内
最後に、中止させる、離脱させる方法はいかがでしょうか。
永田
非常に難しいです。我々のように頭痛を専門で診ていても、一番難渋する治療だと思います。基本的には原因薬剤をやめるのは第一原則です。その前に、なぜこのような薬物乱用、あるいは、薬物を過多に飲んでいることがいけないのかを患者さんにきちんと理解してもらうことが大事です。それを理解しないと、一回やめても再発してしまうことがよくありますから、そこを十分教育します。基本的に薬剤を中止しようといきなりやめても、やめられません。
山内
それはそうでしょうね。
永田
あとは、急にやめたりすると反跳頭痛といいまして、跳ねかえりのさらに強い頭痛が起きてしまうことがあるので、基本的に外来では徐々に錠数を減らしていきます。ただ、それもなかなか容易ではないので、減らすにあたっては、いわゆる頭痛の予防薬として知られている、例えば、抗うつ薬、抗てんかん薬を使います。最近では特に片頭痛の特効薬になるCGRPという抗体製剤が出ていますので、そういう片頭痛に効く予防薬を使いながら、頓服の急性期の鎮痛薬を減らしていくという手段をとっています。
山内
そうなりますと、かなり依存症対策に近くなりますから、先生のような専門医の出番になってくるのですね。
永田
そうですね。理解していただくのが一番苦労するところです。そこをわかっていただけないと、再発してしまうので、そこはしっかり教育していくべきだと思います。
山内
一般医家としては、まず、そういうところに至らないように、知らない患者さんに向けて、鎮痛薬が常用されないよう、よく注意することが大事といえますね。
永田
はい、そう思います。そこまで至ってしまうと非常に厄介ですので、その前に注意していただくのが一番重要だと思います。
山内
どうもありがとうございました。