ドクターサロン

 大西 若槻先生、「動脈硬化性疾患の予防を考える」シリーズ、「女性への対応」に関してうかがいます。
 まず初めに日本人女性における動脈硬化性疾患の現状から教えていただけますか。
 若槻 女性の動脈硬化、特に心筋梗塞は男性と比較すると頻度が低いことが知られています。女性の場合、卵巣ホルモンであるエストロゲンの分泌が加齢とともに減少して50歳ごろに閉経します。閉経以後に心筋梗塞のリスクが上がることが女性の特徴です。
 大西 欧米に比べて日本人女性の場合、心筋梗塞が少ないという話を聞くのですが、そのあたりはどうでしょうか。
 若槻 そうですね。日本人女性のリスクは欧米人に比べて低いのですが、年齢を重ねていくと、フラミンガムスタディのデータでも50歳以下は男性のほうが高率なのですが、閉経後にそのリスクは上昇して男性の頻度に近づくような推移を示すことがわかっています。
 大西 女性のほうが、長生きの方が多いですよね。そうしますとやはりリスクや脳梗塞なども増えてくるのですよね。
 若槻 そうですね。そういうことだと思います。
 大西 次に女性における動脈硬化のリスクファクターである危険因子と動脈硬化性疾患の関連についてうかがいたいのですが、まず血清脂質に関して詳しく教えていただけますか。
 若槻 脂質は男性とかなり異なり、性差があります。女性の場合、閉経の50歳前では、悪玉のLDLコレステロールは男性より低く推移しますが、閉経すると急速に上昇して男性よりも高値になり、半数近くが高コレステロール血症になることがわかっています。LDL コレステロールが上昇するのは、エストロゲンが低下することが原因であることもすでにわかっています。
 また、善玉のHDLコレステロールが高いというのも女性に特徴的です。中性脂肪も同様に閉経後に上昇しますが、中性脂肪の上昇はエストロゲンの低下だけではなくて、内臓脂肪の増加が主な要因であることがわかっています。中性脂肪はもともと女性のほうが低く、男性のほうが高いのですが、閉経すると男性のレベルに追いついていくという推移を示します。したがって、閉経すると高LDLコレステロール血症、高中性脂肪血症が高頻度になるのが女性の脂質代謝の特徴です。
 大西 女性の場合は、50歳を超えると上がってくるということで、現場の対応として、男性と女性で少し対応に差がある場合もあるかと思いますが、そのあたりはどうなのですか。
 若槻 女性の場合は生活習慣を改善することによって、かなりリスクが低下するというエビデンスがあります。ですので、冠動脈疾患などの二次予防目的や家族性高コレステロール血症以外は、基本的には生活習慣の改善が重要になります。ただし、生活習慣の是正をしてもなかなか脂質目標値まで改善できない場合にはスタチン等を中心に使用することになるかと思います。
 大西 最近、喫煙もだいぶ減っているとは思うのですが、喫煙に関してはいかがでしょうか。
 若槻 喫煙の頻度は男性のほうがかなり高いですね。ただし喫煙に対する心筋梗塞のリスクは、男性よりも女性のほうが高いというエビデンスが幾つもあります。したがって、女性の喫煙頻度は低いのですが、女性の動脈硬化の発症予防という観点からは喫煙しないことが重要です。また、喫煙していても禁煙するとそのリスクは低下するというエビデンスもあります。
 大西 次に高血圧に関しては、どの程度冠動脈疾患のリスクに関係あるのでしょうか。
 若槻 もちろんあるのですが、閉経すると血圧が上昇するのもすでにわかっており、血圧が高くなるとむしろ脳梗塞リスクが上昇します。どちらかというと日本人の場合は心筋梗塞よりも脳梗塞リスクのほうが高いので、血圧を是正することが必要になるかと思います。
 大西 最近、女性も長生きの方がずいぶん増えましたが、糖尿病との関係はいかがですか。
 若槻 先ほど喫煙が大きなリスク因子と説明しましたが、糖尿病も重大なリスク因子です。ある論文では高齢で糖尿病の女性はリスクが非常に高いとか、ほかのデータでも男性と比較して女性の糖尿病は心筋梗塞リスクが特に高いなどということもすでに言われています。
 それから我々が取ったデータや様々なデータで見ると、50歳を超えると、糖尿病あるいは糖代謝異常を含める割合は半分近くまで上昇することがわかっています。エストロゲンがインスリンの感受性と非常に関係するということがわかっていて、エストロゲンが低下するとインスリン抵抗性のほうに傾くこともわかっています。
 大西 その予防に関してですが、動脈硬化性疾患の一次予防と二次予防、そのあたりに関して教えていただけますか。
 若槻 先ほど申し上げました生活習慣の是正というのが第一になると思います。二次予防に関しては、積極的に介入が必要ですし、我々、産婦人科の立場としては二次予防はやはり専門医にお譲りすることになるかと思います。更年期以降の女性には更年期障害を訴える方が多いですね。顔がほてる、汗をかく、ドキドキする、関節が痛いなどいろいろな症状があります。更年期障害に対してホルモン補充療法(HRT) という治療があるのですが、これはかなり効果的です。
 また、内服のエストロゲンはLDLコレステロールを下げてHDLコレステロールを上げる脂質代謝の改善効果があり、さらに骨量を増加させる効果もあります。日本女性医学学会が日本動脈硬化学会のガイドラインに準拠して女性に特化して作成した管理指針では50歳前後の更年期症状がある人でLDLコレステロールの高い女性は、とりあえず生活習慣の是正とHRTとを組み合わせることを推奨しています。HRTだけである程度LDLコレステロールは下がりますので、目標値以内に低下すればこのまま生活習慣の是正とHRTを継続します。
 一方、生活習慣目標値に達することができない場合には、スタチンなどの投与も考慮する必要があります。
 大西 ホルモン補充療法自体に何かリスクはあるのでしょうか。
 若槻 HRTの方法として、子宮を子宮筋腫などで摘出している女性はエストロゲン単独でいいのですが、子宮のある女性はエストロゲンと黄体ホルモンという2種類のホルモンで施行する必要があります。HRTの一番大きな副作用は乳がんリスクが高くなることです。アメリカの臨床試験ではHRTを5 年間以上施行すると、乳がんの相対リスクは2倍以上増加することが報告されています。しかし、実際には1年間に1万人当たり8人増えるということですから、絶対リスクはそんなに高くはないこともわかっています。
 また最近、乳がんリスクは黄体ホルモンが原因であるということが報告されています。黄体ホルモンには幾つかの種類がありますが、天然型を使用すると乳がんリスクを軽減できるというエビデンスもあります。さらに有害事象の一つとして静脈血栓症というリスクもあります。
 エストロゲンを内服しますと、エストロゲンの量や強さに比例して血栓症は増加します。ただし、エストロゲンには貼り薬があり、貼り薬の場合は血栓症のリスクがないこともわかっています。このようにホルモン補充療法の投与方法を考慮することで有害事象を最小限度に食い止めることができるようになってきました。
 大西 どうもありがとうございました。