山内 肩こりは日本人に多いなどとよくいわれています。我々も肩たたきや肩をもむといった風習がおなじみですが、外国の方とお話しされていて、肩こりは本当に日本人に多いと感じられますか。
遠藤 はい。確かに厚生労働省の国民生活基礎調査では、女性が1位、男性は2位の有愁訴率となっていて、高頻度に肩こりが認められています。海外の方でも、こりと似たような症状を訴える方は多くいますが、肩こりにスッキリと合う英語表現がなくて、ネックペインという痛みの中で包括されています。そのネックペインの中には、我々が痛みとして表現する痛みもあれば、こりもあるので、実際、正確なことは不明なのです。しかし、印象としては日本の方と同じように肩こりの痛みで悩んでいる方が多いと感じています。
山内 英語になかなか翻訳できないというのも、よく聞く話ですが、日本語の肩こりは医学用語で採用されているのでしょうか。
遠藤 近年の医学教科書などでも、肩こりと書かれており、肩こりという言葉は医学用語の一つとして認められていると思います。
山内 英語でペインとつきますと、なんとなく病気のようですが、いったいどこからが病的なのかは、とても迷うところなのです。このあたりはいかがでしょう。
遠藤 肩こりには本態性の肩こりと二次性の肩こりがあると思います。二次性の肩こりの場合は、何かの疾患の初期症状として肩こりが起こることがあり、その中でもレッドフラッグといって熱を伴った状態、あとは腫瘍性のものが中に含まれていると、まずはスクリーニングしなければいけない肩こりだと思います。
山内 このあたりは、CT、MRIで、スクリーニングできるのでしょうか。
遠藤 はい。画像診断でかなりわかります。しかしその前に、肩こりは普通お風呂に入ると楽になりますが、炎症性のものはお風呂から出たあとにかえって灼けつくような痛みが出たり、寝ていると肩がうずくように痛い夜間痛があったら、何か病気が中にあるのではないかと心配することが重要だと思います。
山内 さて、二次性を除いた本態性の肩こりというのでしょうか。我々はつい不定愁訴として扱ってしまいがちですが、これはやはり良くないのでしょうか。
遠藤 腰痛も非常に辛いですが、肩こりは腰の痛みとはまた別で、非常に精神的なものを多く含んでしまうという特徴があります。首の筋肉は自律神経に大きく結びついているので、長く続くと疼痛感作といって、2や3の強さの痛みを8、9の強さに感じてしまい、それでイライラしたり、寝つけなくなったり、集中力が続かない、手先、足先が冷えたり、ひどくなると抑うつ傾向になって、やる気がしなくなるといった精神不調が出てくるので、患者さんのQOLの低下と疾患を見る我々の立場との重症度にすごくギャップがあることも多いです。そこを患者さんの立場を理解したうえで、疾患がないとしても、どういった状態なのかを解説して納得させてあげると非常に楽になったりするので、重要かと思います。
山内 説明が必要だということですね。肩こりの基本的なメカニズムですが、筋肉、血行、神経のどこに不調が起きるのでしょうか。
遠藤 基本には筋肉の問題が大きいと思います。特に不良姿勢が原因のことが多いのですが、筋肉が緊張して筋内を走っている血管が圧迫されて血流が悪くなってうっ滞すると、そこにたまった疲労物質が筋肉を刺激してさらに筋肉の緊張を高めてしまいます。そういった悪循環がまずベースにあって、その状態のときに精神的なストレスが加わると、それがトリガーとなって疼痛感作、より不快を感じやすい状態になってしまいます。
山内 よく筋肉が硬い、といわれますが、これは関係するのでしょうか。
遠藤 ストレッチなどが足りなくて筋肉が硬いままでいる、特に体を動かさずに同じ姿勢を続けること(不動化) によって、同じ筋肉が緊張し続けて筋肉が硬くなることが一つ、ベースになると思います。
山内 筋肉が硬いからといって、必ずしも肩こりになるとは限らないのでしょうか。
遠藤 運動選手などは筋肉は硬いのですが、動いている人というのはやはり血流がいいのであまり肩こりにはならないです。事務作業の方は同じ姿勢を続けることで、その筋肉がずっと緊張し続けるので、特に肩甲骨の周りの筋肉が緊張し続けると、非常に不快感が強くなっていきます。
山内 今出てきましたが、誘因として、やはり姿勢の悪さは関係するのですね。
遠藤 特に、前かがみの姿勢で体を支えるという抗重力筋、伸筋群、背中を支える筋肉の緊張が大きくかかわってくると思います。
山内 そうしますと、スマホはそういったものを非常に促進してしまったと考えてよいのですね。
遠藤 やはり、スマホの普及で前かがみを長く続けることが多くなりました。頭の重さは通常、体の約10%といわれているので、体重が50㎏の方は約5㎏の重さがあって、それがスマホの操作で30度傾けることが続くと頸胸椎移行部には約3倍の力が加わってしまい、それが続くことによって生理的な負荷を超えてしまい、異常な筋緊張が発生しやすくなります。
山内 ところで、スマホ以前から、日本人に多いというのはどういったことが考えられますか。
遠藤 日本は海外に比べて床の生活が多いことが挙げられます。帰宅すると靴を脱いで生活するため床が非常に清潔で、床で行う作業が西洋に比べて非常に多いので、前かがみになって作業をし続ける機会が生活の中にたくさんあるのだと思います。
山内 さて、対処法ですが、すぐに薬というよりも、やはり対症療法からと思われます。すると、すぐマッサージがイメージされますが、このあたりはどうなのでしょうか。
遠藤 マッサージは非常にリラックス効果があって、筋肉を和らげるのでいいことだと思いますが、強いマッサージは傷んでいる筋肉をさらに傷めてしまいます。その結果、血流は一時的に良くなっても、その部分が線維化、瘢痕化して、いわゆる硬結といわれるしこりが残ってしまいます。そうすると、その部分は血流が悪くなって、最初は子どもに揉んでもらうくらいが気持ちよかったものが、若い男の人にぐいぐい揉んでもらわないと満足できないという現象が起こってくるので、強いマッサージに関しては注意が必要だと思います。
山内 筋膜炎を起こしてしまう感じがありますね。
遠藤 はい、そういうことになります。それよりも、深いところにある筋肉を動かすのは、骨についている筋肉を骨ごと動かすのが大切です。特に肩甲骨周りの筋肉が肩こりの原因になるので、肩甲骨をよく動かすことが重要です。
山内 あと、先ほど出てきましたが、やはりお風呂で温めるのもいいのですね。
遠藤 そうですね。ただ、血流を良くするという意味では副交感神経をある程度刺激したほうがよく、熱いお湯で交感神経を強くすると、お風呂から出たあとは血管がかえって収縮してしまうことがあるので注意が必要です。
山内 それ以外にも何かありますか。
遠藤 やはり不動化を避けるために、なるべく同じ姿勢を30分以上続けないようにすることだと思います。座って仕事をする方は、下が動きやすい椅子にする。下が固定されている椅子の場合は、座布団を使って骨盤が少し動くようにすると、自然と背骨が動いて首も動いてくることによって不動化を避けられます。また、肩甲骨を上下左右に動かす体操を時々することが大切になると思います。
山内 猫背になる方もけっこういますね。こういったものの予防も大事でしょうね。
遠藤 猫背になるとストレートネックになりやすいです。もともと頸椎は前側に沿って前湾があるのですが、それが、巻き肩といって肩が前に寄って、肩甲骨が開いた状態になると、首の湾曲を失ってストレートネックになってしまいます。そうなると、首の後ろについている筋肉が伸ばされてしまうので緊張しやすい状態が常に続き、肩こりの起こりやすい素地になってしまいます。
山内 ありがとうございました。
肩こり
東京医科大学整形外科学分野准教授
遠藤 健司 先生
(聞き手山内 俊一先生)
肩こりは本当に日本人に多く見られるものなのか、多いとすればその理由、医学的な対処法などについてご教示ください。
千葉県勤務医