齊藤
包括的リスク評価の管理の実際についてうかがいます。まずリスク因子はどういったものがあるのでしょうか。
錦戸
アメリカのFramingham研究によって、動脈硬化性疾患のリスク因子として、喫煙、高血圧、耐糖能異常を含めた糖尿病、脂質異常症が挙げられています。ほかにも慢性腎臓病、肥満、加齢、性別、家族歴なども明らかにされています。
齊藤
Framingham研究はアメリカで行われた研究なので、やはり日本人としては日本人の成績はどうか気になりますが、これはどうでしょうか。
錦戸
日本人においては、循環器疾患予防のために約1万人を追跡調査したNIPPON DATA80、90、2010というコホート研究があります。NIPPON DATA80においては、喫煙、高血圧、高血糖、高コレステロール、肥満が心血管疾患のリスク因子であり、複数のリスク因子が重複することでリスク因子がない人に比べて、心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが5~8倍上昇することが示されています。
齊藤
こういった研究に加えて、九州の久山町で、それ以前から研究が行われていましたね。
錦戸
そうですね。1960年代から福岡県久山町で行われている久山町研究は、久山町の住民約9,000人を対象に60年以上にわたって追跡した疫学調査で、40歳以上の住民を5年ごとに集団に新しく加えていて、生活習慣の移り変わりの影響や危険因子の変遷を知ることができます。
齊藤
その結果もNIPPON DATA80に近似したものになりましたか。
錦戸
はい。その解析結果で、日本人においても欧米同様に喫煙、高血圧、糖尿病、LDLコレステロール高値、慢性腎臓病が脳卒中と虚血性心疾患を含めた心血管疾患の重要な危険因子として示されました。
齊藤
こういった研究を基にリスクのスコア化が行われてきたのですね。
錦戸
そうですね。久山町研究をもとに日本人の冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた動脈硬化性心疾患の10年リスクを予測する新しいツールとして、久山町スコアというものが開発されています。これは性別、収縮期血圧、糖尿病、血清のHDL、血清のLDL、蛋白尿、喫煙、運動習慣の8項目に対して、それぞれ重みづけを行い点数化しています。年齢階級ごとに点数を算出して10年間の冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞の発症リスクを予測することができます。
齊藤
それから関西でも同様の研究からスコアの作成が行われたのですね。
錦戸
1989年に開始された大阪府吹田市の住民約6,000人を対象とした脳心血管疾患のコホート研究、吹田研究をもとに日本人の冠動脈疾患のリスクを評価する吹田スコアというものが作成されています。こちらで、年齢、性別、喫煙、血圧、血清LDL、血清HDL、糖尿病、CKDのリスクの点数を足し合わせて、10年間の冠動脈疾患の発症リスクを予測することができます。日本人に対してFramingham Risk Scoreを用いると、冠動脈疾患の発症確率を過大評価する傾向にありましたので、吹田スコアを用いることで、日本人の冠動脈疾患発症リスクに対する予測精度が向上しました。
齊藤
こういったスコアについてガイドラインではどうなっているのでしょうか。
錦戸
日本人において、2017年度版の動脈硬化性疾患の予防ガイドラインでは、先ほどの吹田スコアを用いて、冠動脈疾患のリスクをスコアリングしていましたが、今回の2022年度版の動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは、アテローム血栓性脳梗塞が冠動脈疾患とともに動脈硬化性心疾患としてのアウトカムに加わったので、久山町スコアが用いられています。
齊藤
まず心筋梗塞などを起こした患者さんの二次予防の場合の考え方はどうなりますか。
錦戸
二次予防においては、冠動脈疾患に加えて新たにアテローム血栓性脳梗塞が対象に加わってLDL管理目標値は100㎎/dL未満となりますが、その中でも急性冠症候群、家族性高コレステロール血症、糖尿病、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞の合併においては特にリスクが高いので、70㎎/dL 未満と設定されています。
齊藤
この二次予防の場合には、迷いなく強いスタチンを飲んでいただく、ということになりますね。
錦戸
そうですね。
齊藤
職域の健康診断などで脂質異常を指摘された場合は、一次予防になると思いますが、この辺はどうでしょうか。
錦戸
一次予防においては、原則としては3~6カ月間は、まず生活習慣の改善を行い、その効果を評価した後に薬物療法の適用を検討する必要があると思います。
齊藤
先ほどのスコアも使って、どのくらいの危険度があるかを考えながら、見ていくのですね。
錦戸
そうですね。先ほどの久山町スコアに基づいて絶対リスクを用いたフローチャートが作成されており、これに沿って治療の介入が決定していくことになります。
齊藤
健康診断で血圧が高い、脂質が高い、糖代謝も異常があり多くの危険因子を同時に持っている人がいます。それぞれの学会で個別のガイドラインを出してきたのですが、それらをまとめて日本内科学会が統合したガイドラインを出しましたね。
錦戸
日本医師会と日本内科学会を中心とする14学会で統合的な管理指針として、脳神経管病予防に関する包括的管理チャートというものを発表しています。
齊藤
幾つかステップに分かれるわけですね。
錦戸
はい。これは6つのステップで構成されていて、ステップ1は動脈硬化性脳心血管病リスク評価のためのスクリーニングになります。包括的リスク管理には主要危険因子の網羅的なスクリーニングが重要で、血液検査、尿検査、心電図だけでなく、注意深い病歴聴取や診察を行う必要があります。
ステップ2は各危険因子の診断と評価のための追加検査を検討することです。高血圧、脂質異常症、糖尿病、CKD、メタボリックシンドロームのいずれの病態においてもエコーやCTなどを必要に応じて行い、専門医の紹介の必要性を判断します。
ステップ3は、治療開始前に特に留意すべき危険因子の確認です。危険因子として喫煙、高血圧、糖尿病、脂質異常症、CKD、肥満、加齢、性別、家族歴がありますが、中でも危険因子が重複する状態は厳格な管理を要しますので、常に念頭に置く必要があります。
ステップ4は危険因子と個々の病態に応じた管理目標の設定です。これは、各学会のガイドラインに準拠することになりますが、高齢者においては、ADL、認知機能、フレイル、QOLなどの個々の事情を勘案して、管理目標を個別に立てる必要があります。
ステップ5は、生活習慣の改善です。生活習慣の改善は動脈硬化性疾患予防の根幹で、安易な薬物療法導入は慎むべきです。薬物治療中も生活習慣の改善指導を怠るべきではありません。しかしながら、高齢者においては、厳格な食事制限や減塩は体重減少に伴いサルコペニアをきたすおそれがあるので、注意する必要があります。また、運動については、個人の運動機能や転倒リスクに注意して、有酸素運動に加えてサルコペニア予防のために適度なレジスタンス運動を行う必要があります。
ステップ6は、薬物療法です。生活習慣の改善を継続し、薬物療法は個々のリスクや病態に応じて慎重に行う一方で、リスクが高い場合は厳格な薬物療法が必要です。ただ、75歳以上の高齢者や腎機能障害を有する場合には、薬物の副作用に特に注意する必要がありますし、エンド・オブ・ライフの状態になる人に対する生活習慣の指導や薬物療法に関しては、QOLを考慮して中止についても積極的に検討する必要があると思います。
齊藤
現実的に例えば働き盛りのサラリーマンで忙しい人、食事が夜遅くなって、うまく血圧、脂質などがコントロールできない人の場合はどうでしょうか。
錦戸
なかなか難しいですね。実際、自覚症状がありませんので、積極的な意識改革が必要かと思います。そのため、例えば栄養士さんなどに栄養指導をしていただいて、どのような食事をしたらいいかなど、検討していく必要があると思います。
齊藤
いろいろな他職種の力を借りて、行動変容に向けていくということですね。それからもう一つ、高齢者に対する対策も少し難しいところがありますね。
錦戸
そうですね。どこまで管理目標値を目指すかということになると思います。先ほど申し上げたように、薬物療法の導入に関しても何歳までという設定はありませんが、副作用などもあるので、患者さんの全身状態によって決めていく必要があると思います。
齊藤
患者さんとよく話をして、コミュニケーションをとりながら総合的な判断で行うということでしょうか。
錦戸
そうですね。
齊藤
どうもありがとうございました。