池田
小児の吃音の原因はわかっているのでしょうか。
石川
はい。幾つかあります。一つ、大きなものは遺伝が関係していて、研究によっては、その原因の遺伝子が同定されている場合もあります。同定されている場合というのは、いわゆる常染色体顕性遺伝で、代々吃音者が継続して生じているような家系になるのですが、同定できる家系は残念ながらごく少数なので、おそらく多因子が想像されます。しかし、例えば叔父が、あるいは父が子どものころそうだったというように家系の中で何人か吃音がいらっしゃることを実際に診療していて経験しますので、遺伝が関与しているのは間違いないと思います。
あとは脳の機能障害も一つの可能性として考えられています。我々が発語する場合というのは、頭の中でしゃべろうと思ったことを、構音、発音で口の形を作って、瞬時に発声として言葉を作っていくのですが、その連携がうまくいかない場合に生じることが原因といわれています。
池田
なかなか複雑なものなのですね。どのぐらいの患者さんがいるのでしょうか。
石川
最初の言葉を繰り返してしまう、詰まってしまうなどの吃音症状がある方は、実はかなり多くて、10~20 人に1人ぐらいといわれています。症状が出る時期は、言葉が伸びてくる3歳ころが一番多いのですが、では、その人たちがみんな吃音症なのかというと、実は違いまして、7~8割ぐらいの方は数年の経過を見ていくうちに、症状が消えていくといわれています。ですので、我々のような専門医が介入しなければいけない症状というのは、残りの2~3割の方と理解いただくといいと思います。
池田
では、一体どのような症状なのでしょうか。
石川
吃音には、主に3つの中核症状があります。
1つ目が繰り返し、連発ともいいます。「ぼ、ぼ、ぼ、僕ね」「こ、こ、こ、これがね」という最初の音韻を繰り返す症状。中には「これ、これ、これがね」という言葉の一部を繰り返す場合もあります。
それから2つ目が引き伸ばし、伸発という症状で「あーのね」「こーれがね」というような、最初の言葉を伸ばしてしまうような症状。
それから3つ目がブロック、阻止、難発といわれている、詰まってしまう症状。最初の言葉を言おうとすると「…こっれがね」というような感じで出てこなくて止まってしまう。しゃべるときに、首を絞められて声が出なくなってしまうような、こういった症状が中核症状といわれているものです。
あとはそれに伴って、我々の領域では随伴症状と呼んでいる、その言葉を発するときに、同時に例えば顔をしかめながら、目をしばたたかせながら、手を振りながら、足を振りながらしゃべるというような症状が出てくる場合もあります。
池田
重症度はあるのでしょうか。
石川
はい。おっしゃるとおりで、吃音の重症度判定をしていかなければいけません。幾つかの要素でそれを判定していくのですが、1つ目のわかりやすい要素としては、しゃべっている言葉の中で吃音の症状がどれぐらいの頻度で出ているか。例えば、100しゃべるうちに10個も20個も、吃音症状が出ているのか、それとも1、2個で済んでいるのか。まずそこで重症度の判定をします。それから一つの症状がどれくらいの持続時間、あるいは回数が出ているかということ。つまり先ほど連発「こ、こ、こ、これがね」と言いましたけれども2、3回繰り返すだけで済んでいるのと、5回も10回も繰り返しているのとでは、当然5回も10回も繰り返しているほうが症状が重いということになります。
ブロックであれば、1秒弱詰まっている「…こっ…これがね」というような、「…こっ」という短いのがあれば軽いのですが、5秒、10秒全然しゃべらないというようなお子さんであれば、当然、そのほうが症状が重たいということになってきます。あとは、先ほどお話しした随伴症状をかなり伴う場合には、重症度としては重いと理解いただいてよいと思います。
池田
7~8割の方は数年経つと消えていくと親御さんに話をしますよね。そうすると、親御さんが見なければいけないのは、こういった症状のブレがあるけれども、だんだん、症状が落ち着いて消えていくのを確認すればいいということなのですか。
石川
そうですね。例えば、自分のかかりつけの患者さんがいらっしゃって、子どもに吃音があると相談を受けた場合、まずは説明したとおり、7~8割ぐらいの子どもは待っていると治ることが多いという説明になるのですが、どうしても日によって、あるいは週単位の変化のときもあるのですが、症状には波があります。その波を親御さんに見ていただいて、だんだんと減っていくのであれば、様子を見ていいですねと説明していいと思います。逆にずっと波がありながら、強い症状は継続して、1年経っても全然消えない。あるいは見ているうちにどんどん悪化してくるといった場合には、これは次のステップに進むほうがいいという判断になると思います。
池田
その数年の経過を見るわけですが、親御さんにはどのように指導されるのでしょうか。
石川
まずはとりあえず半年から1年様子を見るのですが、その間、ただ見ているだけではなくて、親御さんにも、少しできることがあるとお勧めするのがよいかと思っています。
広い意味での環境調整という言葉になるのですが、例えば、吃音のお子さんがゆっくり、ゆったりとしゃべってもらえるような環境づくりというのが一つのポイントです。たたみかけるようにパパッと早口でいろいろなことを聞くと、お子さんたちは、なかなかそれに返すのがたいへんで吃音の症状が出ることが多いので、親御さんが話しかけるときには、ゆったり簡潔な質問をしてあげる。「答えやすいような話しかけ」、「焦らないで落ち着いていい」というのは逆効果ですので、少し待ってあげて、相手が言いたいこと、お子さんが言いたいことをしっかり聞いてあげる。そして、それがきちんとしゃべれたときに、通じたよということを見せてあげます。あるいは兄弟がいて、例えばお姉さんがすごくおしゃべりというような場合だったら、しゃべる順番を作ってあげて、ここは弟さんのしゃべる時間だよねとか、そういった場面作りをしてあげるといいということを、工夫として少し説明できるかなと思います。
池田
様子を見ていても、重症度が変わらない、あるいは悪化していく場合はどういう診断、治療をしていくのでしょうか。
石川
基本的に小児の吃音は、主に症状で判断をすることになりますので、まず、専門医のところに紹介になった場合は、きちんとした病歴を取ったうえで、言語聴覚士が吃音検査を行います。これで吃音の頻度、症状の強さ、心理面や社会面の評価を行って、吃音の重症度をきちんと決めていきます。
次に言語訓練に入っていくのですが、その訓練には大きく2つの柱があり、1つ目が、環境調整を少し強化していく訓練法です。これは主に、先ほど説明した声の掛け方や質問の仕方や場面作りなどをより正確にやっていくものです。しかも、それは親御さんだけではなく、お子さんが通っている、幼稚園、保育園、あるいは小学校の場合もあるかもしれませんが、そういったところと共有してしっかり働きかけを行います。これを数カ月やってみたところで、吃音症状が落ち着いてくれば、良かったですねということになるのですが、なかなか奏効しない場合、そして本人がある程度の年齢になってきた場合、年中さんの夏休みや、あるいは年長さんとかの場合もあるのですが、そういうころになってくると、今度は本人に直接働きかける訓練を開始していくことになります。
直接働きかける訓練には、幾つか手法があるなかで、今最もポピュラーな方法は、リッカムプログラムという名称の簡単にいうと褒めて伸ばす治療法です。要は、吃音症状のあるお子さんがスラスラとしゃべれたときにしっかりと褒めてあげる。つまり報酬を与えることによって、しゃべれる確率を増やしていくという精神科的なオペラント条件づけを行います。ときどき場合によっては、今のちょっと詰まっちゃったね、こうなるといいよねというような指導を挟み込みながら、そういった訓練法を継続するのが、当センターでも最も行われている方法です。
あともう一つ行われている大きな方法は、先ほど説明した環境調整をより強化するような治療法です。例えばゆっくりしゃべるというと、あまり具体性のない言い方になるので、発音速度、発話速度がゆっくりな時間をどれくらい取ったかをきちんと測ったり、イエス、ノーで答えられるクローズドクエスチョンの比率をどれぐらいにするなどを正確に数値化して指導していくような治療です。あるいは、そこにプラスして言語発達を促すようなトレーニングを足していくような治療法を使いながら治療をしています。
池田
今、社会的にもお子さんも忙しい、あるいはほかにもアスペルガー の症状がある方など、いろいろな背景があると思いますが、おそらく月数回、先生方のところに通院しつつ、例えば学校などほかのところでも言語教室みたいなものがあるのでしょうか。
石川
はい。乳幼児の場合は、どうしても病院での訓練が中心になります。先生のおっしゃるとおり、一番頻度を高く通院する場合には月に3~4回という方もいます。ただ、小学校に通うようになりますと、その頻度で病院に来て訓練するのは難しくなります。その地域の小学校の区域の中に、いわゆる言語通級、言葉の教室を併設されている学校があるのでそこの教師と我々医療機関が連携を組んで、地域の通級教室にだいたい週1回通ってもらいながら、当センターには、例えばひと月、ふた月に一度ぐらいいらしていただいて、やり方を調整していくような治療法を行っているのが多いパターンです。
池田
一朝一夕で、すぐに症状が軽快することもないように感じましたので、市町村を含めてフォローアップしていくことが重要だと感じました。ありがとうございました。