ドクターサロン

 「胸痛」「頭痛」「腹痛」「腰痛」などの「痛み」は頻度の高い症状です。
 「痛み」と聞いて多くの方が思いつくのがpainという名詞だと思いますが、よく似た名詞としてacheというものもあります。皆さんはこのpainとacheの違いをご存じでしょうか? この2つのニュアンスは異なり、painには「急性で鋭い痛み」というイメージが、そしてacheには「慢性で鈍い痛み」というイメージがあります。ですから一般的に「急性で鋭い痛み」であることが多い「胸痛」にはpainを使ったchest painという表現が、そして「慢性で鈍い痛み」であることが多い「頭痛」や「腹痛」にはacheを使ったheadachestomachacheという表現が使われて定着したと考えられます。もちろん頭痛や腹痛にも「急性で鋭い痛み」がありますが、その場合にはan acute severe headache/stomachacheのようにheadache やstomachache自体は変えずに表現されます。
 そうは言っても例外が多いのが英語の厄介なところです。「慢性で鈍い痛み」であることが多いはずの「腰痛」もback painと表現することが多いですし、運動後の「筋肉痛」にはsore musclesmuscle sorenessのようにsoreを使うのが一般的です。特に「時間が経ってから起こる筋肉痛」にはDOMSという通称があります。これはdelayed onset muscle sorenessの頭文字を使った表現で、「ムス」のように発音します。またacheは動詞としても使われ、「全身に筋肉痛がある」のような場合には“My body aches.”と、そして派生語のachyという形容詞を使って“My body is achy.”のようにも表現されます。もちろんmuscle painという表現もあるのですが、これは運動後の筋肉痛としてはあまり使われず、より「急性で鋭い筋肉の痛み」の場合に使われます。このように英語は例外が多い「厄介な」 言語と言えますが、そのような「厄介なもの・人」を英語ではa pain in the neckのように表現します。
 ただ痛みに関しては、このpainやache以外にもhurtという動詞がよく使われます。例えば「腰が痛いです」 と言いたい場合、このhurtという動詞を使って“My low back hurts.”のように表現することもできます。特に「痛いなぁ」のように実感を込めて表現する場合には、このhurtを使って“My low back hurts.”と表現するほうが自然かもしれません。また「膝を痛めました」を英語で表現するとなると、多くの方が“I injured my knee.”のようにinjureという動詞を思いつくのではと感じます。もちろんこれも間違ってはいないのですが、これだと靭帯や半月板を損傷した重症のように聞こえてしまいます。「ちょっと痛めた」のような軽症のニュアンスを表現したい場合にはhurtを使って“I hurt my knee.” と表現することができるのです。
 日本では「くも膜下出血」subarachnoid hemorrhage(SAH)による痛みを「バットで殴られたような痛み」と表現しますが、英語では喩えが異なります。英語圏でSAHの頭痛を表現する場合にはthunderclap headache雷に撃たれたような頭痛」という表現を使います。これは「突然痛みの程度が0から10くらいに急激に上昇するように起こる」というSAHの頭痛の特徴を的確に描写している表現です。日本語の表現を直訳した“a pain like being hit by a baseball bat”という表現を使っても言いたいことは伝わると思いますが、あまり自然な表現とは言えません。ちなみにSAHは英語では「エス・ エー・エイチ」と発音します。日本でよく使われている「ザー」という発音は英語では全く通じませんのでご注意を。
 喩えが異なると言えば、日本では重いものの喩えとして「漬物石」のような表現が使われますが、英語ではelephantがよく使われます。ですからcoronary artery disease(CAD)「冠動脈疾患」 の患者さんはよく“I feel an elephant is sitting on my chest.”のように表現するのです。
 日本語では痛みの性状を表現する際に「ズキズキ」「ヒリヒリ」といった「オノマトペ」がよく使われますが、このような痛みに関する「オノマトペ」 は英語ではどのように表現されるのでしょうか?
 「ズキズキする痛み」の英語表現としてはthrobbing painが最も頻繁に使われます。これは血管拍動に関連する痛みに使われる英語表現であり、「ガンガンする」や「バクバクする」などの拍動に連動するその他のオノマトペもすべてthrobbingと表現できます。英語で似たようなものとしてはpoundingやpulsatingなどもあるのですが、このthrobbingが最もよく使われますので、まずはこの表現を覚えておきましょう。
 「さしこむような痛み」はcramping painやcrampy painとなります。動詞のcrampには「締め付ける」というイメージがあり、名詞のcrampは“I had a cramp in the calm.”「ふくらはぎがつった」のようにも使われます。また女性がcrampsと複数形で表現した場合、それは「生理痛」という意味になりますので注意してください。
 「疼くような痛み」はgnawing pain のように表現されます。gnawのgは発音されないのでgnawingは「ゥィング」のような発音になります。このgnawは「ゆっくりと咀嚼する」というイメージの動詞ですので、gnawing painは「はっきりと自覚できないが消失することのない痛み」というイメー ジになり、日本語の「疼くような痛み」 に近いニュアンスとなります。
 「チクッとした痛み」はpainを使えばpricking painのように表現できますが、先述したようにpainという表現自体に強い痛みというニュアンスがあるので、「採血blood draw/phlebotomyのような場面で患者さんに「チクッとしますよ」と言いたい場合には、“You might feel a little pinch.”のようにpinchという名詞がよく使われます。
 「ヒリヒリする痛み」は英語ではstinging painのように表現されます。動詞のstingを「刺す」というイメー ジで覚えている方も多いと思いますが、“My eyes are stinging.”には「目がヒリヒリします」「目がしみます」のような意味があります。ですから「しみますか?」と聞きたい場合には“Does it sting?”のようにも表現できるのです。
 「ジンジンする痛み」には注意が必要です。そもそもこの「ジンジンする」 というオノマトペの解釈には個人差も大きく、それが具体的にどのような痛みかによって英語の表現も変わります。「電気が走るような痛み」や「ピリピリする痛み」のように解釈する場合、英語ではtingling painと表現されます。またこのtinglingはpins and needlesとも表現されます。ただこのpins and needlesは名詞ではなく形容詞ですので、この表現を使う場合には“I feel pins and needles in my hands.”のようにhaveではなくてfeelという動詞を使うようにしてください。ただこのfeeling tingling/pins and needlesはparesthesia知覚異常」という意味でも使われますので注意してください。
 もちろん日本語のオノマトペにはここで紹介した以外にも数多くあり、またその解釈には地域差や個人差もあります。患者さんが訴える痛みの性状を理解することは大切ですが、実際に患者さんが使う主観的な英語表現の理解には限界もあります。もし患者さんが使う表現がよく理解できない場合には、“Is it a sharp pain or dull pain?”「鋭い痛みですか、それとも鈍い痛みですか?」のような選択肢を提示して、どちらに近い痛みなのかを探ることをお勧めします。