大西 動脈硬化性疾患の予防を考えるというシリーズの一環として、高齢者への対応についてです。ガイドラインが新しくなったということで、高齢者における脂質異常症あるいは動脈硬化性心血管疾患、その予防効果との関連に関して質問させていただきます。前期高齢者の方も冠動脈疾患のリスク因子になると考えてもよいのでしょうか。
荒井 我々のガイドラインでは、75 歳未満と75歳以上に分けていて、75歳未満の前期高齢者については、基本的に成人と同じでいいだろうと考えています。疫学的なエビデンスも、介入によるエビデンスも十分あると考えています。LDLコレステロールが高い、HDL コレステロールは低い、そしてトリグリセライド(中性脂肪)は高いという状態は明らかに動脈硬化性疾患のリスクすなわち、冠動脈疾患とアテローム血栓性の脳梗塞のリスクを上げることがわかっていますし、それはグローバルなデータでも日本人のデータでも間違いありません。
RCTにつきましては、高齢者についてのメインのデータはイギリスで行われたPROSPERになりますが、MEGA Studyの高齢者サブ解析においても有意差がつくことがわかっています。そうしますと少なくとも元気に通院できて、薬も自分で服用できる活動性が高い方については、リスクファクターを十分に評価していただく。リスクが高い方中心にはなりますが、スタチンを中心とする脂質低下薬を用いてガイドラインが設定しているようなレベルを目標に脂質を下げていくことで、イベントを減らすことができると考えています。
大西 元気な高齢者も増えていると思いますが、スタチン治療を始めた場合、冠動脈疾患の二次予防にも有益であると考えてよいでしょうか。
荒井 もちろん二次予防のほうがより有益であると考えています。いろいろな議論があって、若干コンサバティブといいますか、欧米のように積極的に大量のスタチンを投与することについては、慎重な意見もあると思います。日本人においてはやはりリスクが高いという条件が付きますが、脂質異常症だけではなく高血圧、糖尿病等がある方に関しては積極的に薬物治療を行うケースが多くなってしまうのではないかと思います。もちろん生活習慣の改善を十分にした後になりますが、高齢者の場合、食事を変えろと言っても、なかなか難しいケースが多いと思います。
大西 前期高齢者で、スタチン治療を始めた場合、冠動脈疾患や非心原性脳梗塞の一次予防にも有益であると考えてよいですか。
荒井 そのように考えています。それは単独の脂質異常症ではなくて、いろいろな合併症のある、リスクの高い方も、できれば積極的にスタチン治療を考えていただくことになります。脂質異常症しかない方もいますので、そういった場合はもちろんその生活習慣をゆっくりと変えていくための指導は必要かと思いますが、それでもなかなかLDLコレステロールが例えば160㎎/dLをなかなか切らないとか、180㎎/dL以上を常にキープしているということであれば、それは積極的な薬物治療の対象になると思っています。
大西 75歳以上の後期高齢者の方に対して脂質低下治療を始めた場合、やはり冠動脈疾患や脳卒中の一次予防にも寄与すると考えてよいですね。
荒井 75歳以上につきましては、なかなか難しい問題でむしろ低栄養のほうが悪いと思います。低栄養はコレステロールが下がってきますので、そのほうが、リスクが高いというグループもあるかと思いますが、75歳以上でも元気な方はおられます。元気な方でLDLコレステロールが高くて、しかもリスクを合併している75歳以上の高齢者については、十分な評価をしたうえで必要であれば一次予防においても脂質低下療法にスタチンを使っていただくことが有益だと思います。二次予防は当然75歳以上の場合は非常に再発のリスクが高いので、問題なく投薬をしていくことになります。
一方、一次予防は少し慎重にということもありますが、リスクが十分に高いと判断されれば脂質低下療法を行ってもよいと考えています。ただ、75歳以上の集団はどうしてもフレイルがある方も多くなってきますし、あまり活動性が高くない場合もありますから、薬を投与するとともに、食事についても油を減らすだけではなくてタンパク質やビタミンDをしっかり摂っていただくような、いわゆるフレイル、サルコペニア予防の食事療法の指導もしつつ、サルコペニアにならないように筋トレなどの指導をしながら、トータルに薬だけではない生活指導を含めて行います。
いわゆる動脈硬化性疾患の予防も行いつつ、フレイルやサルコペニアを予防することによって要介護にならないようにすることがたいへん重要だと思っています。それでトータルのQOLを保つことが我々医師にとっては重要な役目ではないかと考えています。
大西 フレイル、サルコペニアの概念を教えていただけますか。
荒井 フレイルは、年齢とともに体が虚弱になり、主に骨格筋の機能の低下をベースに起こってくる場合が多く、その骨格筋が加齢とともに機能低下してくる状態をサルコペニアといいます。サルコペニアをベースに体全体が弱ってくると疲れやすくなったり、歩くスピードが遅くなったり、握力が低下したり、活動性が低下するなど様々な事象が起こってくるのがフレイルです。
サルコペニアは比較的、筋肉に特化した加齢変化と考えられますが、フレイルは体全体が弱ってくるようなイメージで、いずれも要介護になりやすいことがわかっています。要介護だけではなくて、脳卒中や心筋梗塞などのような、いわゆる血管イベントのリスクも上がると考えられているので、特に高齢者においては、フレイル、サルコペニアの評価、もしそのサインがあるようであれば積極的な運動指導、あるいは食事指導というものを加えていく必要があると思います。せっかく心血管イベントを予防できても、要介護になってはならないので、両方を考えた指導が重要だと思います。
大西 フレイルの評価というのは、具体的にどのように行うのでしょうか。
荒井 いろいろな方法があるのですが、我々は質問票を用いています。例えば、政府が作った基本チェックリストという、介護予防に使っている25項目の質問票があるのですが、その質問票は基本的に「はい」か「いいえ」で答えて、「はい」の数が多いほどフレイルにシフトしていると考えています。
その質問票で8個以上に該当すると少し体が弱っている、全般的に年齢による影響が出ているという判断をして、積極的に介入していく必要があると思います。より身体的な部分に特化した評価方法として握力や歩くスピードを測定したり、あるいは体重減少の兆候を見たり、具体的には半年間で2㎏以上体重減少があったかどうか、あとは活動性があるかどうかなどを見ています。そして、身体が疲れやすいという症状も入れて、5項目中3つ以上満たすとフレイルと判定することも行っています。
どちらを使っていただいてもけっこうですが、やはり身体機能の測定も客観的な指標として大事だと思っていますし、特に握力と歩行速度はサルコペニアの診断にも使えるという利点があります。ぜひともクリニックに握力計を用意して、65歳以上になった方は握力を測定していただき、アジア人の場合は、男性は28㎏未満、女性は18㎏未満だと握力が低下していると判断してください。
あと歩行速度は秒速1m未満ですが、これをクリニックの中で測定するのは非常に難しいと思います。代わりにクリニックでできる方法として5回立ち上がりという方法があります。座った状態から立つ、座る、立つ、座るを5回繰り返し、時間をストップウォッチで測ります。12秒以上かかった場合は筋肉の機能が落ちていると判断をします。握力と5回立ち上がりという2つの指標を用いることによって、ある程度サルコペニアがあるかどうかがわかります。そのサルコペニアの項目を満たすと、ほとんどの方がフレイルと考えられるかと思います。
日頃から体重の変化や、疲れやすさ、食欲についての質問や、外出していろいろな人とコミュニケーションをとって社会活動をしているかどうかという質問を何カ月かに1回でも投げかけして、そうならないように指導していくことも必要だと思っています。握力が実際に低下してくるようであれば、やはり適切な運動指導を併用していただくことが重要だと思います。
大西 ありがとうございました。
動脈硬化性疾患の予防を考える(Ⅳ)
高齢者への対応
国立長寿医療研究センター理事長
荒井 秀典 先生
(聞き手大西 真先生)