大西 「動脈硬化性疾患の予防を考える」というシリーズの一つとして、主要な高リスク病態への対応、特に慢性腎臓病についてうかがいます。慢性腎臓病とはどういったものなのでしょうか。
庄司 慢性腎臓病は英語でChronic Kidney Diseaseといい、最近はCKDと呼ばれています。その定義は、何らかの腎臓の異常が慢性に続いていることです。「慢性」とは、3カ月と定義されており、「異常」としては蛋白尿あるいは血尿が出る、もしくは腎機能が低いことが重要です。腎機能は、最近はeGFR(推算糸球体濾過量)が用いられ、それが60を下回っていることが目安になっています。
大西 その慢性腎臓病がどうして最近重要視されるようになったのか教えていただけますか。
庄司 特に動脈硬化性疾患の予防を考える上で慢性腎臓病(CKD)が非常に重要視されるようになりました。CKDは、先々透析や移植が必要な末期腎不全の予備軍として以前から注目されていたのですが、最近の疫学では、虚血性心疾患や脳卒中といった心血管疾患のリスクが非常に高まることが理解されてきたのです。
大西 どうして心血管疾患のリスクが高まるのですか。
庄司 たいへん重要な質問で、大きく2つの考え方があるように思います。一つは腎臓、心臓、あるいは脳の血管が並行して悪くなる病態が存在するのではないかという考え方です。もう一つは、腎臓が悪くなった結果、心臓あるいは脳の血管に問題が起こりやすくなるという考え方です。
大西 CKDと心血管疾患に共通の病態や機序はあるのでしょうか。
庄司 腎臓、心臓、脳が並行して悪くなる考え方として、現在、東北大学名誉教授の伊藤貞嘉先生が以前からStrain Vessel仮説という説を提唱されています。ここで脳も腎臓も心臓も共通した解剖学的な特徴があることをおっしゃっています。
太い血管から急に細い血管になって、臓器に血流を促すという共通点があるといわれていて、腎臓の場合、腎臓の皮質と髄質のちょうど境界領域を走っている弓状動脈という血管が、そこから幾つも分岐することなく糸球体に入っていくので、圧力が急に変わる血管になっています。それが脳の場合も、例えば、中大脳動脈から穿通枝が出たりするのと同じように圧力に弱い血管が存在するし、心臓の場合ならば大動脈という一番太い血管から冠動脈がいきなり出るのです。そのような共通の解剖学的機序があって、圧力の影響を受けやすいため、脳、心臓、腎臓、これらが並行して悪化していくという考え方です。
大西 CKDに伴って増悪する心血管疾患の危険因子には、どのようなものがあるのでしょうか。
庄司 危険因子を大きく2つに分けると古典的な危険因子と非古典的な危険因子といわれるものがあります。古典的危険因子で有名なのは高血圧、脂質異常、インスリン抵抗性、糖尿病で、腎臓の働きが悪くなるとこれらの因子が悪化することがわかっています。
それから非古典的な危険因子としては、腎機能がかなり悪くなると、リンやカルシウムの代謝異常が起き、ホモシステインという特殊なアミノ酸が血液中にたまってきます。それから尿毒素と総称されるような様々な毒性のある物質がたまってきます。これらも血管障害につながると考えられています。
大西 動脈硬化を促進させる病態であるという点からは、CKDは糖尿病や高血圧に似たところもありますが、CKDの治療法はどのようなものがあるのでしょうか。
庄司 そうですね、そこが一番大切な質問だと思います。CKDという固有の病気があるわけではなくて、種々雑多な腎臓病の総称と考えたほうがいいのだろうと思います。まず大雑把にCKDがあるのだと捉えて、さらにその詳細を鑑別していくことになります。
治療を考える場合はこの鑑別が重要で、数の多いものでいくと、高血圧性腎硬化症、それから最近は糖尿病性腎臓病といういい方がされますが、糖尿病に伴う糖尿病性腎症、そういった生活習慣を基盤とした病態もこれが多いと思います。IgA腎症、微小変化型のネフローゼ、巣状糸球体硬化症などいわゆる原発性の糸球体疾患もCKDとしてあらわれてきますし、それ以外にも、ループス腎炎のように全身性の疾患が腎臓にあらわれることもあります。
ですのでCKDの治療としては、まず鑑別を行って、それぞれに適した治療を選ぶことが大事になると思います。そのためには、腎生検をお願いして診断していくこともあります。
大西 検診でCKDが疑われたら、どういった場合に腎生検が必要になるのでしょうか。
庄司 例えば検診で、CKDでeGFR が55ぐらいに下がったからといって、すぐに腎生検が必要とはならないと思います。どういう場合に腎生検を検討するかというと、まずはネフローゼ症候群を呈しているなど蛋白尿がかなり高度な場合です。次は血尿を伴っている場合で腎炎が疑われます。それ以外では、腎機能が低い場合やGFRの値は現時点ではまだ60前後あるけれども、最近急に下がってきている場合などです。そういう場合も、腎臓の治療が必要になると思われますので、腎臓専門医に一度相談いただいて腎生検を検討することになると思います。
大西 腎機能は低めではあるけれども、糖尿病や高血圧という合併症がなくて、腎生検の適用もすぐないような症例も非常に多いのではないかと思いますが、そういう場合にはどのような対応をしたらよいでしょうか。
庄司 実際にはこういう症例も多いと思われます。先ほどCKDが重要視される理由を2つ申し上げました。透析が必要にならないようにしなければならないということと、それから動脈硬化性疾患を予防しなければならないことです。まず、腎機能を守りたいと考える場合、高血圧がある患者さんの場合は、腎保護作用のあるACE阻害薬やARBという降圧薬が選択できますし、糖尿病がある患者さんの場合は腎保護作用のあるSGLT2阻害薬を選択できます。しかし、CKDはあるが高血圧も糖尿病もない場合には、これらの薬はこれまで保険診療で処方することができませんでした。最近になり、例えばSGLT2阻害薬は糖尿病の有無にかかわらず認められるように適用が拡大しています。また、糖尿病性腎症に限りますが、非ステロイド型の選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬が使用可能になっています。薬剤の選択肢はわりと増えてきました。
大西 禁煙の指導や脂質異常症の管理も合わせて重要になるのですね。
庄司 おっしゃるとおりです。その動脈硬化予防ということで、喫煙、あるいは脂質異常という管理が重要になると思います。CKDにおける脂質管理については、高LDL-C血症に対しては、スタチン、エゼチミブ治療が重要です。また、腎機能低下例で生じやすい高トリグリセライド血症に対しては、腎排泄性の従来型のフィブラート系薬とは異なり、胆汁排泄性の選択的PPARα モジュレーターが登場し、腎機能低下例でも安全に使用できるようになってきました。
大西 どうもありがとうございました。
動脈硬化性疾患の予防を考える(Ⅳ)
主要な高リスク病態への対応 慢性腎臓病
大阪公立大学大学院血管病態制御学研究教授
庄司 哲雄 先生
(聞き手大西 真先生)