山内 高齢者の不眠に関しましては、心理的因子や活動が低下するなどの理由でよく片づけられがちですが、加齢現象でもあるというのは当然あるのでしょうか。
山寺 むしろ、そちらが前提であると考えます。深い睡眠が減り、睡眠の持続性が低下し、長く寝ていられなくなるというのが、高齢者になるに従って必ず出てくる睡眠の老化現象です。生体リズムの面から申しますと、睡眠のリズム、昼と夜のリズムが弱くなって、振幅が低下し、どちらかというと朝型指向性が高まって、夜更かしできなくなるということも、生理的な老化現象として知られています。そういった生理的な老化現象に心理社会的要因が加わると、よけいに不眠を呈することが増えると考えてよいと思います。
山内 21時、22時ぐらいから眠くなり寝てしまい、夜中の2時、3時に目が覚めてしまい5、6時間しか寝られないというのがよくあるパターンだと思いますが、これ自体は自然なことと考えてよいのでしょうか。
山寺 自然な現象なところもあるので、そこをまず本人が理解すること、年を取るにしたがってそうなっていくことをわかっていただくことはとても大事だと思います。
山内 そのうえで、幾つか生活上の指導も必要なのですね。
山寺 定年を迎えて仕事をしなくなる、子育てを終えて家事も減ってくる、というように日中の活動が求められなくなること自体、リズムを弱くして、昼と夜のメリハリが減ってくることになります。そして、やることがないから、早く寝てしまおうと、無駄に床の中に長くいることが不眠感を非常に生じやすくさせてしまいます。昼と夜のメリハリをつけて、必要な睡眠時間に見合った床上時間、就床時間だけにしてもらうことを心がけていただくだけで、だいぶ違うと思います。
山内 長く床にいないのですね。
山寺 はい。それがとても大事かと思います。
山内 その上で睡眠薬の話に移りますが、この数年来、非ベンゾジアゼピン系と称する薬が幾つか出てきました。これらの中での優先順位、選択順位は何かあるのでしょうか。
山寺 睡眠薬の作用機序という観点から申しますと、3つの作用機序があります。昔からのベンゾジアゼピン系、そしてベンゾジアゼピン骨格を有さない非ベンゾジアゼピン系というのがありますが、作用機序の面からいいますと、GABA、γ-アミノ酪酸の受容体に作動するGABA受容体作動薬ということでくくることができます。そして別のものとしてメラトニン受容体作動薬があります。これは松果体から出てくるホルモンであるメラトニンを増やすことによって、生体リズムに影響を与えて、睡眠を良くしようとする作用機序の薬です。一番新しいのがオレキシン受容体拮抗薬で、オレキシンというのは覚醒を司る神経ペプタイドですので、その受容体に拮抗し、覚醒系を抑えることによって、相対的に睡眠に導きます。この3つの作用機序をどのように使い分けるかが重要だと思っています。
山内 例えば、寝つきが悪いタイプ、あるいは中途覚醒が悪いタイプに対する薬の使い分けはあるのでしょうか。
山寺 寝つきが悪い入眠困難。長く続けて眠れない中途覚醒、睡眠維持困難。朝早く起きてしまって長く続けて眠れない、早朝覚醒という3つを不眠の現象型といいます。それによって使い分ける場合は、寝つきが悪いことが主体であれば、高齢者ならではになりますが、作用がマイルドなメラトニン受容体作動薬の処方から始めることは、副作用が少ないという点、あとはリズムを少しいじって朝方に傾きがちなリズムを変えるという観点からも、高齢者の入眠障害には、よいと思います。ただ、それがうまくいかない場合、少量の非ベンゾジアゼピンも有用かと思います。次の睡眠維持困難ですが睡眠持続性が悪くなるもので、現在2種類あるオレキシン受容体拮抗薬に睡眠を維持する作用があるというのは明確に知られています。まだ経験値が少ないので断言できないのですが、GABA受容体作動薬で知られているような副作用はないとされているので、少量のオレキシン受容体拮抗薬は高齢者の睡眠維持困難には適していると感じています。
山内 まだ学会として公式に第一選択薬、第二選択薬というのは、決めていないのでしょうか。
山寺 最新の2024年版を今、策定していて、そろそろ出るはずですが、この作用機序別の使い分けの睡眠学会からのガイドラインというのは、まだ公表されていません。あくまでも臨床の中での印象になります。
山内 非ベンゾジアゼピン系の新しい薬はあまり切れ味が良くないといいますか、なかなか不眠が改善しないと訴えるケースも比較的多いようです。これはいかがでしょうか。
山寺 そこで申し上げたいことなのですが、過去の診療報酬改定を通じて、併用の禁止、長期処方の制限がされたことはGABA受容体作動薬が非常に問題視された結果だと理解しています。GABA受容体作動薬は、なくさなければいけない薬であると私はそこまで思っていません。少量を定期的に使うだけで、その人のQOLが維持されるのであれば、副作用の出ていないことを確認して、セーフティーネットとして使い続けることは、臨床上、むしろ多いのではないかと私の臨床経験を含めて思っています。必ずベンゾジアゼピンをなくさなければいけないというのはあまり現実的ではないという印象を私は持っています。
山内 確かにQOL上の問題もありますし、高齢者施設への入居の際も、値段の高い薬は認められないときがあります。いろいろな状況からいって、まだまだ外せる薬とはとても思えない感じですね。質問の最後ですが、不安、焦燥感がある例で抗うつ薬のトラゾドンは推奨されるのでしょうか。
山寺 トラゾドンは睡眠薬の代替薬として、比較的臨床的によく使われている印象があります。ただ、日本では不眠症に保険適用を持っている抗うつ薬はありません。その患者さんの訴えている、よく眠れないという症状がうつ病と完全に診断されなくても、抑うつ状態、気分が滅入っている、意欲が出ないというようなことに伴う不眠症、不眠症状であれば、トラゾドンは選択肢の一つだと思います。しかし、うつ状態に基づく不眠症状でなければ、推奨されないというのが、日本および海外での見解かなと思います。
山内 これを使う前に、まず抑うつ状態がしっかり診断できていないとだめだということでよいでしょうか。
山寺 そのとおりです。
山内 ありがとうございました。
高齢者の睡眠薬
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター精神神経科教授
山寺 亘 先生
(聞き手山内 俊一先生)
高齢者の睡眠剤選択についてご教示ください。
トラゾドンを投与されて退院する患者をよく見かけます。非ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬のラメルテオン、スボレキサント、レンボレキサントと比較して、不安、焦燥感がある高齢者にはトラゾドンが推奨されるのでしょうか。
兵庫県開業医