ドクターサロン

多田

2022年、日本動脈硬化学会から動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版が発表されました。今回のガイドラインにおきまして主要な高リスク病態として位置づけられる脳血管障害を取り上げ、いろいろお話をいただきたいと思います。

とりわけ、今回のガイドラインの改訂で特に虚血性脳血管障害の捉え方が重要視されるようになったと思いますが、その辺りから教えていただきたいと思います。まず歴史的背景などがございましたら、ぜひ教えてください。

北川

脳卒中に動脈硬化が関係するというのは、多くの方に知られていたのですが、実際に疫学的な研究で、例えば血清のコレステロールの値と脳卒中の発症というのが、それほど関連が見られなかったり、あるいは従来、脳卒中の中で脳出血というのはむしろコレステロールの低い方に多いということもありまして、疫学的なエビデンスが高くなかったことから動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは、これまで脳卒中の予防という観点で脂質管理は強調されてきていなかったと思います。それが今回、複数の大規模研究の結果を得て、脂質管理というものが脳卒中、特に脳梗塞の中でもアテロームを伴ったアテローム血栓性脳梗塞の予防、再発予防に重要ではないかということが認識されて、今回のガイドラインの改訂で脳梗塞のことを大きく取り上げたのではないかと思います。

多田

脳卒中といわれても一筋縄ではいかなくて、出血や梗塞、またTIAのような一過性の発作もあったりすることから、なかなかバラエティに富んで病態として捉えにくかったということでしょうか。

北川

はい。脳卒中には大きく脳梗塞と脳出血、くも膜下出血があります。脳梗塞の中には心房細動などが原因の心原性脳塞栓症、脳の細い血管が閉塞して起こるラクナ梗塞、脳へ還流する太い血管、例えば頸動脈とか頭蓋内であれば中大脳動脈、そういうところの粥状硬化が原因で起こるアテローム血栓性脳梗塞の主に3つの病型があります。この中で特に脂質異常が強く関与するのがアテローム血栓性脳梗塞で、裏返して言いますと、それ以外の脳卒中の病型には脂質異常というのは、それほど強く関与していません。それで脳卒中全体で疫学的に検討されると、クローズアップされてこなかったのではないかと思います。

多田

ところが、いわゆる虚血性の脳血管障害というのは絶対無視はできないということで、おそらくそのあたりは疫学的に見ている久山町のデータでしょうか。いわゆる久山町スコアが設けられるようになったということで、動脈硬化学会としては、より詳しく見ていけるということになったと思います。さて、臨床的にはどのようなかたちで捉えていけばよいでしょうか。

北川

はい。脳梗塞の中でも、特にこのアテローム血栓性脳梗塞、つまり脳へ還流する太い血管に50%以上の狭窄のある患者さんの再発予防には、やはり非常に厳格な脂質管理が重要です。今回の動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは、そういうアテローム硬化を伴った脳梗塞というのは、冠動脈疾患と同じ二次予防の範疇に加えていただきました。今回のガイドラインで私たちにとって非常にありがたかったのは、こういうアテロームが原因の脳梗塞は脂質管理が重要だということを、学会のガイドラインで強調していただいたことです。日常診療で、アテローム硬化の脳梗塞の患者さんの二次予防でスタチンを使ってLDLコレステロールを下げた場合、今までだったら、それは下げすぎではないですかなどと言われていたのですが、ガイドラインで今回こういうかたちで明記していただいたので、非常に管理がしやすくなって助かっています。

多田

以前のデータでも確かにコレステロールが低い患者さんでは脳出血が多い。例えばLDLコレステロールが120㎎/dL以下の方々に脳出血の頻度が高いとあったのですが、下げたからそうなったのではなくて、もともと低い人が、例えば栄養障害があったりしたことから血管が破れやすかった、そういうことと理解してよいですか。

北川

はい、私も先生のおっしゃるとおりだと思っています。もともとLDLコレステロールが低い方というのは、例えば非常に高齢で痩せていて栄養状態の悪い人、そういう方は脳出血のリスクがありますが、LDLコレステロールが高く、冠動脈疾患の既往の方ですと、比較的全身状態がよくスタチンを使って、LDLコレステロールをしっかり下げられますよね。そういうときにはほとんど脳出血は起こりません。それから最近のPCSK9阻害薬の日本のデータも出てきまして、LDLコレステロールを50㎎/dLとか40㎎/dLとかに下げても、もともと健康な人、栄養状態のよい人に関しては脳出血が増えるというデータは一切出ていません。

多田

安心していいということでしょうね。

北川

私はそう思っております。

多田

実際に治療の対応はどういう方を二次予防の中に入れていくのか、病態を見極めることが大事なのですが、そこから先はどうすればいいかを教えていただけますか。

北川

まず、やはり今回のガイドラインで強調されたのは脳梗塞の二次予防、アテローム血栓性ですので、脳梗塞を一度起こされた方に関しては、脳へ還流する血管、特に重要なのは頸動脈、これは超音波検査で非侵襲的に捉えることができます。それから脳の中の太い血管、私たちは主幹動脈と呼んでいますが、そういう血管に動脈硬化の狭窄があるかないかは、MRIの血管造影で非侵襲的に評価できます。この2つの検査を組み合わせて、脳へ還流する血管にしっかりしたアテローム硬化があれば、LDLコレステロールは冠動脈疾患に準じて少なくとも100㎎/dL未満に管理していくべきだと思います。

多田

少なくとも100㎎/dL未満、場合によっては70㎎/dL未満とか、合併する度合いによるのでしょうか。

北川

アテローム硬化を伴った脳梗塞、あるいはアテローム血栓性脳梗塞で、もともと何らかの冠動脈疾患を合併されている方、冠動脈疾患がなくても糖尿病を合併されている方、あと家族性の高脂血症のヘテロの方とか、そういう方に関しては、LDLコレステロールは70㎎/dL未満ということが学会で推奨されています。

多田

そういう意味では安心して下げていっていいということでしょうか。

北川

脳出血のリスクに関しては、もともと脳梗塞の人に関しては、下げても大丈夫だと思います。

多田

しかしエビデンスはないのですね。

北川

脳出血が増えるというエビデンスはありません。

多田

わかりました。いわゆる脳血管障害というのは、今回非常に前面に出てきていますので、全体を通じて先生の立場から、総論的に何かお話しいただければありがたいのですが。

北川

脳卒中あるいは脳梗塞の予防という観点からは、非常に重要なリスクファクターとして、高血圧、糖尿病、心房細動そして脂質異常があります。だから、常にこの4つを評価しながら管理をしていくことが重要です。その中でも脂質管理、特にアテローム硬化を伴った方に関しては、脂質をしっかり下げることが脳卒中予防の観点からは非常に重要だと思います。血圧、血糖、それと脂質管理、そして冠動脈疾患とは違って心房細動のチェックを常にしていただき、脳卒中予防という観点から目を向けていただければありがたいと思います。

多田

脳血管障害を中心として、動脈硬化性疾患のガイドラインの中でどのようなかたちで脂質を管理すればいいかという話をいただきましたが、実際には脂質、まず病態をしっかり見ることと、先生がおっしゃったようなエコーとかMRI、血管造影なども使ってみていく。脂質も大事ですが、血圧とか、そもそも病態として、例えば心房細動があるかないかとか、そういうところも一緒にトータルで管理していけばいい、ということですか。

北川

はい。脳卒中の予防という観点でいきますと、やはりそういうかたちで広くリスクの管理をしていただくのが非常に重要だと思います。あと、脳卒中を一度発症された方はもちろん二次予防になるのですが、発症の前段階の方、例えば脳のMRI検査を取りますと無症候性脳梗塞であったり、無症候性の脳出血であったり、あと頭蓋内の血管の狭窄が見つかることがしばしばあります。リスクファクターが幾つもあるような患者さんで、ある程度高齢の方につきましては、頸動脈の超音波と脳のMRI検査を一度していただくのが、その方のリスクの層別化という観点では非常に役立つのではないかと思っています。

多田

脂質の薬、それから血圧の薬も大事になってきますが、その他の血栓関係の薬などはいかがでしょうか。

北川

一度、脳梗塞を起こされた患者さんは、皆さんほとんど抗血栓薬を飲まれています。抗血栓療法は脳梗塞の再発予防にはすごくいいのですが、やはり出血リスクというのは常に隠れています。そういった観点では、アジア、日本人の方で脳出血を起こしやすい抗血栓薬としては、ワーファリンでしょうか。それともう一つ注意していただきたいのは、私たち日本人の臨床研究を見ますと、アスピリンを脳梗塞再発予防で使った場合、脳出血がほかの抗血小板薬に比べて少し多い傾向にあります。隠れ脳梗塞があるから、安易にアスピリンという選択だけは避けていただく。まずは血圧管理、それから脂質管理、血糖のチェックなどのリスクの管理をしていただくことが重要ではないかと思います。

多田

非常に大事な点ですね。今回のお話、臨床に役立つと思います。ありがとうございました。