池田
堤先生、2つ質問がきています。まず、産業医がいない小企業に関して、労働安全衛生法では医師の意見の記入はどのように規定されているのでしょうか。
堤
労働安全衛生法では、健康診断の結果、有所見者への医師等からの意見聴取が義務づけられています。この義務は、すべての事業場に義務づけられていますので、小規模事業場も例外ではありません。事業者は定期健康診断や特殊健康診断などの結果、異常な所見があると診断された労働者については健診後3カ月以内に医師または歯科医師の意見を聞かなければならないことになっています。聴取した医師等の意見については、健康診断個人票に記載しなければなりません。事業者は、医師等の意見を勘案し、必要があると認めたときは、労働時間の短縮などの就業制限や要休業等の措置を講じなければなりません。
池田
もし、産業医がいない場合はどのように接すればよいでしょうか。
堤
そうですね。もう少し具体的に申し上げますと、健康診断結果に基づく就業上の措置として、作業方法や作業環境などの改善を事業者に求めることになりますが、健康面と就業適正の調整が困難な場合、配置転換や負荷軽減措置を講ずるために、産業医は医師の意見を述べることになっています。実務上、これは、職場の業務内容に精通した産業医、産業保健スタッフと人事労務担当者、職場管理者、それぞれの役割と責任のもと協力して対応すべきものになります。職場巡視などにより、労働者の置かれた作業環境や作業内容を把握しておくことは、産業医が適切な判断を行う前提となります。
労働安全衛生法では、健康診断の結果についての医師等からの意見聴取をすべての事業者に義務として課しています。地域産業保健センターでは、労働者数50人未満の事業場からの申し込みを受けて異常の所見があると診断された労働者に対する意見を陳述する産業保健サービスのほか、産業保健に関する各種サービスを行っています。したがって、質問の回答としては、産業医の専任義務のない小規模事業場においては、労働者の健康管理等に関し、医師等が相談等に無料で応じる地域産業保健センターを活用することによって、健康診断の結果について医師等からの意見を聴取することが適当だと思います。
池田
キーワードは地域産業保健センターを利用するということですね。ありがとうございます。
次の質問ですが、長時間労働面接指導やストレスチェック面接指導とは、どのように行われるのでしょうか。
堤
いわゆる過重労働対策とストレスチェック制度にかかわる産業医の職務の中で大きなウエートを占めるものに、長時間労働者に関する面接指導およびその結果に基づく措置、高ストレス者に対する面接指導およびその結果に基づく措置があります(表1)。手続きについてはそれぞれ異なりますが、産業医による面接の基本は、事業者から提供される情報と面接指導時に労働者から得られる情報を基にした労働者のリスクの評価と事後措置です。事業者に対しては、面接で得られた知見およびそれに基づく判定をそれぞれの様式で報告することになります。面接対象者に対しては必要な保健指導を行います。それぞれの調査のリスクの評価のターゲットとなる疾患は、長時間労働ではメンタルヘルス不調と循環器疾患。ストレスチェックであればメンタルヘルス不調になります。しかし、必ずしも産業医に正確な診断が求められているわけではなく、リスクが高いと見立てたら、事業者への報告とともに労働者と相談して、必要に応じて専門医を受診させる、経過観察をするなどの保健指導を行います。
面接対象者の就業状況を確認して、判定や指導に反映させます。長時間労働者に関する面接指導であれば、長時間労働の理由やそれが一時的なものかどうかといったことは大切なポイントだと思います。高ストレス者面接であれば、ストレスチェックの結果で仕事の量や裁量の有無など、心理的な負担の状況を把握するとともに、その他の心身の状況の所見の確認を行い、労働者の状況に応じて就業区分─例えば就業制限をするかどうかといったことを、就業上の措置─例えば、時間外・ 休日労働の制限を行うなどといったことについて、事業者に意見をすることになります。
池田
特にストレスチェックの実務について、面接指導の対象者とはどのような方なのでしょうか。
堤
ストレスチェックの面接指導の対象者は、まずストレスチェックで医師によって高ストレス者と判断され、またその方が医師との面接指導を希望するといったような条件が重なって対象となります。本人が面接指導を希望しない場合は実施されません。
池田
ここはなかなか難しいところですね。日本人は遠慮してしまって、なかなか受けないという方が多い気もします。
堤
実際に面接指導を希望される方が少ないという情報があるので、たいへん難しいところだと思います。
池田
一方、面接指導者はどのような方なのでしょうか。
堤
面接指導者は労働安全衛生法で定められていて、面接指導の実施者は医師と規定されています。厚生労働省のストレスチェック制度実施マニュアルの中では、その職場環境をよく理解している専属または嘱託の産業医を面接指導の実施者とすることが推奨されています。
池田
面接指導までの流れはどのようになっているのでしょうか。
堤
受検した労働者はストレスチェックの結果が通知されてから、おおむね1カ月以内に面接指導の申し出を行い、申し出を受けた事業者は1カ月以内に面接指導を行うこととされています。高ストレス者と判断された労働者が、ストレスチェックに基づく面接指導を希望した場合、事業者は面接を受けさせる義務が発生します。
池田
面接をするとき、どのような情報が求められているのでしょうか。
堤
面接指導時に必要な情報としては、以下のようなものがあります(表2)。対象となる労働者の情報(氏名、年齢、所属する事業場名、部署、役職など)、ストレスチェックの結果、ストレスチェック実施前1カ月間の労働時間・労働日数・業務内容、定期健康診断やその他の健康診断の結果、ストレスチェック実施時期が繁忙期だったか閑散期だったかなどの情報、職場巡視による職場環境に関する情報などです。
池田
なるほど、それらを基に聴取を行って、その結果、面接指導結果報告書および就業状況配慮に関する意見書を記載するということですが、面接指導では、どのような点を確認するのでしょうか。
堤
面接指導では、医師はおおむね3つの点を確認することになると思います(表2)。まず、第一に面接対象者の勤務の状況、労働時間や労働時間以外の要因、例えば長時間労働が発生しているかなどといったことは、心理的な負担にかかわる情報というかたちで捉えることができます。2つ目に心理的な負担の状況です。こちらはストレスチェックが行われていますので、その結果を基に判断することが適当だと思います。例えば、仕事のストレス要因、心身のストレス反応、周囲のサポートといったようなことは、ストレスチェックの結果として出てきます。そのほかに抑うつ症状、例えば気分の低下などといったことが見受けられたら、医学的に特記すべき事項として検討することになります。3つ目にその他の心身の状況として、過去の健康診断の結果、現在の生活状況の確認などを行うことになります。
池田
それらの点を考慮しつつ、面接指導医師の判定、それから本人への指導区分が記載されると思います。それで、例えば、就業上の措置が必要だと考えられるときは、意見書で報告をしますが、これは事業者に報告するのでしょうか。
堤
はい。意見書は事業者に宛てて報告し、事業者がその意見を受けて、就業配慮をするという構造になっています。
池田
個人情報を詳細に事業者に伝えるのは、面接を受けた方の不利益につながるなどの配慮はされているのでしょうか。
堤
はい。基本的に事業者に伝える内容というのは、面接者と面接をされた方の間で、伝えてもいい内容を確認していただくと問題がないと思います。また、必ずしも面接指導の中で診断できるわけではありませんが、例えば、病気の名前などは不要で、就業配慮が必要になるような状態を報告されて、それを受けて事業者が判断すればよいというかたちになります。
池田
事業者はそれに従う義務があるのでしょうか。
堤
義務というところまではありませんが、それを基にして、事業者が配慮するようなかたちになっています。働き方改革関連法により2019年4月1日から「産業医・産業保健機能」が強化されています。労働者の健康を確保する必要が生じた際には、産業医は事業者に対して、労働者の健康管理に関する勧告を行うことができます。産業医から勧告があった場合には、事業者は当該勧告を尊重するとともに、勧告の内容や措置の内容(措置を講じない場合は、その旨や理由)について記録し、3年間保存しなくてはなりません。就業上の措置としては、意見書で通常勤務、就業制限配慮、要休業といったような判定をしますが、そこで発生するいろいろな就業区分である、労働時間の短縮にかかわることや、休暇休養に関連すること、労働時間以外では、就業場所や作業転換。それからシフトの変更、職場環境の改善などといったようなこともありますし、また病院にかかられているようでしたら、医療機関の受診の配慮など、ストレスの要因を軽減される項目が、幾つか挙がってきます。それが事業場で対応が可能な場合もありますし、場合によっては、例えばシフトは変えられないなど個別の事情もあるかもしれませんので、これは一般健康診断と同じですが、そういった措置の実効性を高めるために、本人や上司、それから人事などと相談して、実施ができるストレス軽減措置を、現場で考えていくようなことが勧められます。
池田
なるべく要望に沿ってということですが、このストレスチェックというのは何回か繰り返すということはあるのでしょうか。
堤
ストレスチェックは法律上では年に1回以上というようなかたちで繰り返されるので、状況が変わる可能性もあります。産業医としては、その対象者の方が心配であれば、次のストレスチェックを待たずに、面接の機会を設けるなどしてフォローしていくようなことも、保健指導の中に入れていただいてよいかと思います。
池田
どうもありがとうございました。