「耳鼻咽喉科」otorhinolaryngology は、英語では一般的にENTと呼ばれます。ご存じのとおりこれはears, nose, and throatの頭文字です。そして日本語の「喉」と同じく、英語のthroatも医学用語ではありません。このthroat はanterior part of the neckであり、「咽頭」pharynxや「喉頭」larynxなどが含まれます。
日本語では「自分の首を絞める」という表現が使われますが、英語ではcut one’s own throatのように「自分の首を切る」という表現が使われます。今は亡きWilliam Hurtが「自身が喉頭癌となることでそれまでの自己中心的な生き方を反省する外科医」を演じたThe Doctorという映画が1991年にありましたが、劇中に主人公とは正反対の患者想いの同僚外科医が、主人公の喉頭癌手術の執刀前に“I’ve always wanted to slit your throat, and now I get a chance to.”とジョークを述べるシーンがありました。皆さんも眼科のslit lamp exam「細隙灯顕微鏡検査」 などで聞き覚えのあるslitという単語には「細長い切り口」や「細長い切り口を入れる」というイメージがあり、口語でslit the throatと表現すれば「首を搔き切る」のような意味になるのです。英語のcut the throatは「首を切る」という意味であり、その構成要素のcutとthroatを一つにしたcutthroatという単語は、名詞としては「殺人鬼」や「冷酷な人」というイメージで、そして形容詞としては「残酷な」や「競争が熾烈な」というイメージで使われるのです。
このようにthroatには「致命的な部位」というイメージがあるため、at each other's throatと言えば「互いの喉を狙っている=互いにいがみ合っている」という意味になります。またこのat each other’s throatと似ているものの、実際には全く意味が異なるidiom としてjump down someone's throatというものがあります。この語源には諸説あるのですが、英語のjump down someone’s throatには「巨大な怪物の口からその喉にまで飛び込んで怪物を撃退する」というイメージが元々あり、今ではそこから転じて「突然激しく叱りつける」という意味で使われています。
日本語では事の成り行きを緊張して見守っている状態を「固唾を呑む」と表現しますが、英語ではこれをhold one's breathのように息を使って表現します。また日本語では感情が昂ると「胸がいっぱいになる」と表現しますが、英語ではa lump in one's throat「喉にしこりを感じる」と表現します。ただこれは「喉に何か詰まっている感じがある」という「咽喉頭異常感症」の症状を意味する場合もあります。その場合、この症状の医学英語はglobus pharyngeusやglobus sensationとなります。
difficulty with swallowingやdifficulty in swallowingを日本語では「嚥下障害」や「嚥下困難」と表現しますが、これは医学英語ではdysphagiaとなります。この場合のdys-はdifficultyという意味に、そして-phagiaはswallowing という意味になります。このdysphagia とよく似た医学英語としてdysphasiaというものがあります。この-phasiaはspeechという意味ですので、dysphasia は「言葉を使えなくなる状態」という広義の失語症となります。ただ「全く言葉を使えなくなる状態」という狭義の失語症としてaphasiaもあるので、dysphasiaは「(ある程度まで言葉を使える)失語症」として理解しておくと良いでしょう。よく似たスペルを持つこのdysphagiaとdysphasiaですが、スペルと意味だけでなく発音も異なります。dysphagiaは「ディスフェィジィア」 のような発音になりますが、dysphasiaは「ディスフェィズィァ」のような発音となっていますので、区別して発音できるようにしておきましょう。
一見するとこのdysphagiaと関係があるように思えるidiomとしてforce something down someone's throatというものがあり、下記のように使われます。
“I understand you’re passionate about alternative treatments, but as a physician, I must advise against trying to force these methods down your family's throat without proper medical consultation.”
例文を読んでご理解いただけたように、これは「無理に飲み込んでもらう=押し付ける」という意味で使われるidiomなのです。
英語で「喉の痛み」はpain in the throatやthroat painではなく、sore throatと表現します。このsoreには「ひりひりと痛む」というイメージがあり、sore muscles「筋肉痛」やsore eyes「目の痛み」のように使われます。
このsore throatの鑑別として重要になるのが「溶連菌性咽頭炎」streptococcal pharyngitisですが、これは一般的にはstrep throatと呼ばれます。このstrep throatのほか、「喉頭蓋炎」epiglottitisや「扁桃周囲膿瘍」peri tonsillar abscessなどがある場合、muffled voiceと呼ばれる症状が現れます。オンライン会議などでよく「声がこもっていますよ」などと言いますが、これがまさにmuffled voice「何かで口を覆う(muffle)ように聞こえる声」になります。余談ではありますが、防寒のために首の周りに巻く「マフラー」は英語ではscarfとなります。日本語のままmufflerと表現しても、それは車の後ろについている防音のための「マフラー」にしかなりませんのでご注意を。
このmuffled voiceがある場合、患者さんは痛みを和らげるために口を開けたまま話す独特の声の出し方をします。この声の出し方を英語ではhot potato voiceと表現します。どんな声かイメージしにくい方は、「口の中に熱いジャガイモを入れたまま話す時の声」をイメージするとわかりやすいでしょう。
このhot potato voiceは日本人にもイメージが簡単な英語表現ではありますが、日本人にとってイメージが難しい英語表現として“I have a frog in my throat.”というものがあります。「カエルが喉にいるのだから、喉に何か詰まっているのか?」と解釈しがちですが、これは「カエルの鳴き声のような声しか出ない」というイメージの表現で、具体的には「嗄声」hoarsenessを表すidiomなのです。カエルが鳴く動詞を英語ではcroakと言いますが、このcroakには「しゃがれた声」というイメージがあり、日本語の「グエ」 のようなイメージもあるため、croak には「くたばる」という意味もあるのです。
ただthroatにおけるfrogと言えば、frog signという身体所見もあります。これはatrioventricular nodal reentry tachycardia(AVNRT)「房室結節回帰性頻拍」によって心房と心室が同時に収縮することで、本来は拍動のない頸静脈に拍動が認められる所見のことです。カエルが喉を膨らませているように頸静脈が拍動しているところからfrog signと呼ばれています。先述したfrog in one’s throatとは全く関係のない英語表現ですので、混同しないようにお気をつけください。
知って楽しい「
第25回 喉に関する英語表現
国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター教授
国際医療福祉大学国際交流センター成田キャンパスセンター長
国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」分野責任者
日本医学英語教育学会理事
押味 貴之 先生