ドクターサロン

 大西 運動療法についてうかがいます。有酸素運動が重要だといわれますが、それで血清脂質が改善するのか、そもそも有酸素運動とはどういうものなのか教えていただけますか。
 木庭 有酸素運動とは長く続けられる運動です。我々が体を動かすためにはATPというエネルギーが必要ですが、ATPは必ずしも体に蓄えられているわけではないので、糖や脂肪酸を使ってATPを産生していきます。有酸素運動は効率よくATPを産生できるので、効率がいい運動ということになります。
 大西 どれくらいの時間や程度で行うことが推奨されているのでしょうか。
 木庭 ガイドラインでは1日30分以上です。これは10分を3回に分けても同じ効果があるといわれていて、1週間に150分以上を目標に運動を行いましょうとされています。
 大西 実際、血清脂質が改善することは知られているのでしょうか。
 木庭 一般健康成人を対象にしたランダム化比較試験のメタ解析では、150分以上の運動においてLDLコレステロール、トリグリセライドを有意に低下させ、HDLコレステロールを有意に増加させることが示されています。
 大西 日本人と欧米人に何か差異はあるのでしょうか。
 木庭 特に人種差はありません。東アジア人だけを抽出したメタ解析においても同じような効果が見られます。
 大西 次に成人のレジスタンス運動が実際に血清脂質を改善するかという質問ですが、そもそも、レジスタンス運動とはどういうものですか。
 木庭 いわゆる筋力トレーニングで、筋肉に少し負担をかけて行います。健康のためには、重いものを持ち上げるよりも、軽めのレジスタンス運動が高齢の方でも安全にできます。レジスタンス運動も同じようにLDLコレステロール、トリグリセライドを下げ、HDL コレステロールを上げることが見られるのですが、残念ながら日本人を対象にした研究はありません。
 大西 レジスタンス運動は、具体的にどのように行うことが推奨されているのでしょうか。
 木庭 例えばスクワット運動は足のレジスタンス運動になりますし、ペットボトルを重りに使ったような簡単な腕のレジスタンス運動などもありますし、ゴムチューブなどを用いると、上半身でも下半身でもレジスタンス運動を行うことができます。
 大西 成人の場合は食事療法と運動療法を組み合わせるのがよいとよくいわれるのですが、それについても血清脂質改善のエビデンスはいろいろ出ているのでしょうか。
 木庭 食事と運動を組み合わせることで、より血清脂質が改善することは、メタ解析でも示されています。
 大西 実際、先ほどお話に出ました有酸素運動と身体の活動量を増加させることは、動脈硬化性疾患の予防につながるのでしょうか。
 木庭 はい。実は最近の研究は様々なデバイスを用いて、身体活動量を計測することができます。必ずしも、激しい運動だけではなくて、軽めの運動でも合計の身体活動時間が長いと、将来の動脈硬化性疾患を予防するエビデンスがあることが示されていまして、多くの前向きコホート研究のメタ解析でも証明されています。
 大西 スマホなどを使って行っていますね。そうすると、あまり激しい運動ではなくて、軽めの運動になりますか。
 木庭 軽めの運動でも、長く行うことが非常に重要です。
 大西 長いというのは、継続して行うということですか。
 木庭 1日のトータルの時間なので、小刻みに分けてもけっこうです。
 大西 どれくらいやったらよいですか。
 木庭 成人は60分、高齢者は40分を目標に行います。
 大西 60分だとけっこう長い感じがしますね。
 木庭 そうですね。ただ10分を6回でも同じ効果が得られます。
 大西 休憩時間にできるようなかたちなのですね。次に先ほど出ました、レジスタンス運動が動脈硬化性疾患の予防につながるというエビデンスはどうですか。
 木庭 レジスタンス運動においても、活動量が将来の動脈硬化性疾患を予防することが示されています。
 大西 レジスタンス運動と有酸素運動との比較で、こちらのほうがよりベターだとかはないのですか。
 木庭 筋力を保持、増加させるにはレジスタンス運動がいいです。ですから、例えば血糖改善で筋肉を介するグルコースの利用などは、有酸素運動とレジスタンス運動の併用が非常に効果的です。
 大西 じっと座って仕事をせずに時々立ったほうがいいといわれていますが、座っている時間を減らすことも、動脈硬化性疾患の予防につながるというエビデンスは出ているのでしょうか。
 木庭 そうですね。多くの前向きコホート研究のメタ解析で、座っている時間に応じて将来の動脈硬化性疾患だけではなく、例えば糖尿病等の発症率が有意に増加することが示されています。
 大西 オフィスで長時間座っている方が多いと思いますが、実際は日々どのような工夫をしたらよいのですか。
 木庭 例えば30分おきに立ち上がり、そこで少し歩くだけで、体のインスリン感受性が増加するということが示されています。
 大西 立ち上がって、少し動き回ったりしたほうがベターなのですね。では、仕事の合間に、少しそういう動作をすることがいいのですね。
 木庭 そうですね。途中で立ち上がるということです。
 大西 ついつい座りっぱなしということが多いので、非常にそのあたりが重要ですね。運動療法の指針のようなものは出ているのですか。
 木庭 そうですね。動脈硬化性疾患予防ガイドラインにも示されていますし、脂質異常症のガイドライン以外に糖尿病や高血圧のガイドラインでも、運動療法についての記載があります。厚生労働省のホームページのe-ヘルスネット等でも、具体的に運動についての記載がされています。
 大西 有酸素運動の話に戻りたいのですが、具体的にどのような運動がありますか。
 木庭 一つはウォーキングです。ウォーキングで体力がついてくると、ジョギングでも可能な方がいますし、人によっては軽めのランニングもできます。これも十分有酸素運動です。
 大西 あまり激しい運動は避けたほうがいいですね。ジョギングで調子が悪くなる方もいますから、むしろウォーキングのほうがいいかもしれませんね。
 木庭 そうですね、ウォーキングやサイクリングですね。
 大西 少し速足で歩いたほうがいいとかウォーキングの工夫はありますか。
 木庭 エネルギー消費量に、メッツという単位があります。座っている状態が1メッツ、立ち上がると1.8メッツ、ゆっくり歩くと3メッツですが、やや速歩というのが実は4メッツで、それは中等度の運動強度とされています。
 大西 歩き方にもいろいろあると思いますがいかがでしょうか。
 木庭 とりあえず姿勢を正しくして、可能であれば少し高く足を上げて歩くのがいいと思います。
 大西 よく1日10,000歩、歩きなさいといわれますが、歩数に関しては何かありますか。
 木庭 一つの目安は10分1,000歩として考えていただければよいです。1時間歩くと6,000歩ぐらいはいきます。
 大西 それぐらいやるといいということですね。あと、先ほどのいわゆる、ジムに行ってかなり筋トレする人もいますが、有酸素運動もあまり激しくやりすぎるのもどうなのでしょうか。
 木庭 多くの前向きコホート研究では、激しい運動というのが必ずしも長寿に結びついていないことは事実です。ですから、例えばジョギングにしても、かなり激しく長い時間をスピードを出して走っている集団は、必ずしも長寿ではなく、軽めのジョギングをしている方が最も長寿であると示されています。
 大西 そういうことなのですね。健康診断でCPKが上がっている人がいて、前日にけっこう激しい運動をしていたということがありますが、あまりそういうのはよくない気がします。将来的に何か運動療法に関しての新しい動きなど展望はありますか。
 木庭 一つはインターバルトレーニングです。以前は心臓病などにはあまりよくないといわれましたが、激しい、いわゆるスプリントトレーニングではなくて、やや強めのインターバルトレーニングが体力の向上には非常によく、いわゆる有酸素運動よりも効果が大きいということが示されています。ですから安全に1、2分間隔で少し早く走って、またゆっくり歩くというのを取り入れるというのがいいと思います。
 大西 ありがとうございました。