ドクターサロン

 山内 膝の半月板損傷、比較的ありふれた病気といいますか損傷だと思いますが、一般的にはまず手術となるのでしょうか。
 関矢 決してそうではありません。症状がなくてもたまたまMRIを撮影して、半月板損傷が見つかることは珍しくありません。半月板損傷があったからといって、必ずしも症状に結びつくものではないのです。手術になる場合というのは、切れた半月板が不安定になっている症状です。具体的に言うと、引っかかって膝が伸びない、曲がらない、膝の曲げ伸ばしをしたときにカクンカクンする。そういう物理的な症状がある場合には手術になります。
 山内 意外に症状が出ないものなのでしょうか。
 関矢 いえ、そういうわけでもなくて、手術をしようとする半月板損傷の方は一定数存在します。今、日本で半月板損傷の単独手術、半月板だけの手術は年間3万5,000件ぐらい行われているので、決して少ない疾患ではありません。
 山内 ただ、思われるほど症状が強くないといえば強くないのでしょうか。
 関矢 強い方もいますし、半月板損傷をMRIで確認できても症状がない方も、軽い症状の方もたくさんいます。
 山内 そのような背景の中で、再生医療が出てきたようですが、どういった治療なのでしょうか。
 関矢 膝においては、半月板損傷に対してよりも変形性膝関節症に対する注射療法として血液成分を使ったり、細胞を使ったりする治療が普及しつつあり、それを再生医療と呼んでいます。
 山内 やはり、侵襲が少ないという利点があるのですね。
 関矢 そうですね。手術と組み合わせて行う再生医療もありますが、注射だけで行う再生医療もあります。注射だけのものは、侵襲が小さいので、そういう意味で希望される方が最近増えています。
 山内 再生医療には、いろいろなやり方があるのですか。
 関矢 はい。今、普及しつつあるのは、多血小板血漿(platelet-rich plasma):PRPと呼ばれる血液成分を注射する方法です。例えば血液を50㏄取って遠心分離すると底の赤血球と上澄みの血漿成分の間に血小板をたくさん含む分画が溜まるので、そこをうまく抽出して注射するような仕様になります。
 山内 血小板の成長因子などを利用するという発想ですね。
 関矢 そのとおりです。血小板由来の成長因子、あるいはTGF-βと呼ばれるような成長因子にし、そういうサイトカイン、成長因子をたくさん含んでいるものになります。
 山内 さらにハイテクで先生が力を入れていらっしゃる幹細胞を使ったものもありますね。
 関矢 はい。iPS細胞などもありますが、間葉系幹細胞と呼ばれる幹細胞が普及しつつあります。私たちは膝の滑膜という膝関節を裏打ちしている膜を0.5gぐらい採取して、それを酵素処理して2週間かけて培養して回収したものを注射したり、あるいは半月板損傷部や軟骨欠損部に移植したりするような再生医療を行っています。滑膜以外にもお腹の皮下脂肪から取ってきた脂肪を酵素処理、培養してそれを注射するような方法もあります。
 山内 いずれにしても、局所に注射で送り込むかたちと考えてよいのですね。
 関矢 注射にも2通りあります。例えば半月板を縫合したところに、局所に投与するような方法と、膝関節全体に行き渡らせるような方法があります。
 山内 実際の効果はいかがでしょうか。
 関矢 目的にもよりますが、大きく分けると、手術と組み合わせて細胞を移植する方法と、手術を行わないで注射だけで行う方法があります。注射だけの方法は半月板損傷というよりは、変形性膝関節症に対して行う治療で、炎症を抑えて痛みを和らげる効果の持続が期待できます。ただ、皆さん、再生医療というと、軟骨が増えたり半月板がきれいに元に戻ったりすることをイメージするかと思いますが、注射だけではなかなかそこまではいかないというか、そこまでの効果を示すエビデンスがないのが現状だと思います。
 山内 現状ではPRPを用いる方は痛みを和らげることが目的と考えてよろしいですか。
 関矢 現段階では、そのように考えるのが適切だと私は思います。
 山内 一方で、幹細胞の方は、根治療法を目指すと考えてよいのでしょうか。
 関矢 幹細胞に関しても、注射だけの方法と、半月板であれば半月板を縫って、半月板縫合部に集中して細胞を移植するような方法の2通りがあります。注射だけの方法では、注射した細胞の多くが膝の滑膜という裏打ちしている膜に多く取り込まれます。そこで幹細胞の特性を維持しながら、幹細胞が成長因子をたくさん出します。なので、PRPの治療よりは成長因子を出す期間が長いので、より長い効果が期待できますが、実際にPRPと比べて、より長い効果が得られるかどうかはまだよくわかっていません。
 山内 外から局所に注入したものがどの程度働くかが、まだ十分に解明されていないのでしょうか。
 関矢 そうですね。動物を使った研究ではその辺りはわりときれいな結果が出るのですが、ヒトとなりますと効果をきれいに示すことは簡単ではないのです。
 山内 現時点では、即効性といいますか、処置をした1週間、2週間でカラッとよくなると、そういったものではないということですね。
 関矢 痛みに対しては、注射してすぐに効果を感じられる方も中にはいます。逆に効きすぎて、翌日、膝が腫れたりするようなこともあるぐらいです。
 山内 そうなのですか。変形性膝関節症は高齢者に多いと思いますが、高齢者に対して再生医療を行うかどうかはいかがでしょうか。このご質問では半月板損傷ということですが。
 関矢 高齢の方が半月板損傷を指摘される場合、半月板損傷だけが問題ということはわりと少ないように思います。高齢の方ですと半月板とその周りの関節軟骨が一緒に変化することが多く、変形性膝関節症という状態になりますが、74歳という年齢を考えると、半月板だけではなくて、膝全体を上手に治していくことが大事ではないかと思います。
 山内 現時点では、強いていえばPRPの注射のほうを選択されると考えてよいのでしょうか。
 関矢 そうですね。痛み止めの薬を飲んだり、保険収載されているヒアルロン酸の注射をしたりしてもいい効果が得られないのであれば、PRPの注射をするのが一つの選択肢だと思います。
 山内 あちらこちらに関節がありますが、なぜ膝関節の治療法が最初に出てきたのか、理由はありますか。
 関矢 それは注射しやすいからだと思います。また膝が腫れるとすぐわかりますし、膝の中の水の量によっても、治療効果が簡単に確認できますので、そういう意味では治療の対象になりやすいといえます。
 山内 確かに効果も一番強く実感できる関節の一つではあるでしょうね。
 関矢 はい、そのように思います。
 山内 今後さらに、ほかの関節などにも広がっていく治療法だと考えてよいですか。
 関矢 はい。注射しやすい部位、例えば肘関節なども治療する部位としてはけっこう行われています。野球選手、特にピッチャーで肘が痛い方に対して、PRPの注射を肘にしたりすることはわりと行われます。
 山内 確かに大リーガーなどいろいろなスポーツ選手のニュースで多いですね。血小板を注射して、それで炎症、腫れとか痛みが引いていると考えてよいのですか。
 関矢 そのとおりです。
 山内 何度もやってかまわないものでしょうか。
 関矢 PRPにも血小板の濃縮具合などいろいろな種類があります。また白血球成分を含むものと含まないものがありまして、1回だけの注射が推奨されるPRPもありますし、1週間ごとに3、4回注射するような方法もあります。
 山内 そのあたりは秘伝といいますか、医師によってやり方があるのでしょうか。
 関矢 そのとおりですね。PRPのキットによって成分が変わってきて、それによって回数も決まります。
 山内 最後に、費用はどのくらいでしょうか。
 関矢 これは保険がききませんので、自費診療になります。数万円から高いものだと日本では40万円ぐらいの費用になります。
 山内 どうもありがとうございました。