ドクターサロン

 池田 異所性胃粘膜についての質問です。異所性胃粘膜という考え方は、いつごろからあるのでしょうか。
 牛島 実は古くからある概念で、外科の教科書をめくっていくと、1970年ころの教科書でも、異所性胃粘膜はectopic gastric mucosaやheterotopic gastric mucosaと記載されています。それがどうしてできるのかについても発生学的に検討されています。
 池田 異所性胃粘膜はどのような機序で、どこにできるのでしょうか。
 牛島 内視鏡検査を行う医師は、よく目にしているのではないかと思いますが、内視鏡を入れていくと頸部食道に、1~3㎜くらい少し色が違うことがあると思います。組織を採って、円柱上皮があって胃の粘膜であるならば、それが異所性胃粘膜です。NBI(Narrow Band Imaging)などを行うと、胃の粘膜の腺窩構造がきれいに見えてきて、胃だというのがよくわかる小さな数㎜ の病変が頸部食道にあるのが異所性胃粘膜です。異所性胃粘膜は、食道以外にも十二指腸や腸にもできること自体は知られていて、このご質問の食道の異所性胃粘膜は主に発生異常で出てくることが外科の教科書に書かれています。どういう仕組みかというと、発生学を思い出していただくと原腸陥入で腸ができることがあると思うのですが、腸は最初は円柱上皮が上から下、つまり口から肛門までつながっています。その円柱上皮が重層扁平上皮に変わって、食道ができるのですが、その変化は食道の中部から起こってくることがわかっているので、頸部食道というのは最後に重層扁平上皮になる部分です。
 池田 食道の真ん中から重層扁平上皮になって、上にいきます。そして口腔内からやはり重層扁平上皮になるのでジャンクションという感じなのですか。
 牛島 おっしゃるとおりで、通常であれば口腔内からくる重層扁平上皮と食道から上がってくる重層扁平上皮がきちんとつながるはずが、一部つながり損なったところが異所性胃粘膜として円柱上皮で残ってくるとされています。
 池田 自覚症状がないと思うのですが、これはどのぐらいの頻度で見つかるのでしょうか。
 牛島 内視鏡的に詳細に検討されている報告と、古くには透視で検討している報告もあります。内視鏡では20~30%、透視では3%から十数%ぐらいの方に異所性胃粘膜がありますが、多くの場合は無症状であることもよく知られています。ルーティンで検診している医師は、注意して見たら3、4人に1人は見られるのではないかと思います。
 池田 そんなに頻度が高いのですね。ということは、次の質問にありますが、GERDなどと関係しているのでしょうか。
 牛島 はい。逆流性食道炎との関係は世界的に随分言われていると思います。ただ、よく論文を調べてみますと、実は関係ないという結果のものもけっこうあります。最近発表されたメタ解析の論文では21報の過去の論文を調べたところ、ポジティブに出たのは4報でした。原因としては先ほど申し上げた発生異常ですので、そもそも20~30 %ぐらいの方に存在しています。GERDで検索すると見つかることも多いので、GERDと関係していそうな感じがするけれども、きちんと統計をとると関係していないというデータになる場合も多いのだと思います。
 池田 でも、胃粘膜ですのでやはり胃酸を分泌したりするのですか。
 牛島 はい、おっしゃるとおりです。組織学的にも詳細に検討されていて、胃粘膜の壁細胞などもありますし、プロトンポンプを染めると染まってきます。なので、小さな胃粘膜ですが6~7割の異所性胃粘膜は困ったことにそこで胃酸を作っているのです。
 池田 もしかすると咽頭に違和感がある場合の原因のひとつとみなしてよいでしょうか。
 牛島 はい。GERDがあればもちろんそれが原因の可能性が高いですが、もしGERDがなくて、かつ、しつこい咽頭違和感の場合には異所性胃粘膜から出ている酸が周辺の粘膜を刺激していることは十分に考えられると思います。論文的にも咽頭違和感がある人とない人で、異所性胃粘膜の発生頻度を比べると、やはり咽頭違和感がある人のほうが、有意に異所性胃粘膜が多いことも報告されているので、関係する場合がある。GERDがない場合には、異所性胃粘膜かもしれないと思います。
 池田 個人によって、感じ方は違うのですね。食道の異所性胃粘膜は20~30%の方にあるということですが、これをそのまま放置しておくと何か不都合なことはあるのでしょうか。
 牛島 日本人はだいたい年齢引く10 %ぐらいの人がピロリ菌陽性です。それは胃の本体では50歳の人だと40%ぐらいの人がピロリ菌陽性かと思いますが、異所性胃粘膜にもピロリ菌がいることがあります。すると、異所性胃粘膜でもピロリ菌による炎症が起こって、腸上皮化生が発生して、胃がんが発生する危険性があります。ピロリ菌感染が胃の本体にある方の場合は、異所性胃粘膜にもピロリ菌感染があって、面積的に小さいので危険は小さいですが、場合によってはがんができてしまうことがあるので注意が必要になってくると思います。
 池田 普通なら胃がんは腺がんですが、もし異所性胃粘膜でがんになると、食道の扁平上皮がんのように周りに余裕もないし、リンパ腺もたくさんありますよね。
 牛島 そうなのです。異所性胃粘膜から腺がんが発生して、食道腺がんになってしまいますので、短い時間で周りの臓器に浸潤していく危険性は十分あると思います。なので、発生の危険性は低いですが、胃の本体のピロリ菌を除菌した方は内視鏡検査のときに異所性胃粘膜もきちんと見ていただくことが必要かもしれません。
 池田 治療法ですが、もちろん、ピロリ菌がいれば除菌はするのですね。
 牛島 はい。胃がん予防、症状緩和のために今は除菌が推奨されています。先ほど申し上げたように異所性胃粘膜から出る酸で刺激されて、咽頭の違和感が出る場合は、逆流性食道炎と同じで異所性胃粘膜からの酸を抑えます。プロトンポンプ・インヒビターが効いたという症例報告が外国から出ていますので、場合によってはプロトンポンプ・インヒビター、ボノプラザン等を試されるとよいのかもしれません。
 池田 いずれにしても除菌をしなければならないのですね。
 牛島 まず除菌です。
 池田 除菌の場合は、通常の胃のピロリ菌感染症と同じような手順なのでしょうか。
 牛島 はい。異所性胃粘膜にピロリ菌がいる場合は、胃本体にもピロリ菌がいますので、そちらの除菌をやっていただければ、異所性胃粘膜のピロリ菌もほぼ除菌されることが期待できると思います。
 池田 ピロリ菌を除去したグループと、元からピロリ菌が陰性のグループとに分けて異所性胃粘膜をフォローアップしていくことにすると、例えば、ピロリ菌除菌が済んだグループは年1回くらいの内視鏡検査でいいのでしょうか。
 牛島 おっしゃるとおりで、今、胃本体のピロリ菌除菌後は1年に1回もしくは2年に1回の内視鏡検査になっています。それと同様に、異所性胃粘膜も、胃本体の内視鏡検査のついでに見ていただくことになると思います。
 池田 通常の胃のための内視鏡検査で喉も見ていただけるのでしょうか。
 牛島 はい、おっしゃるとおりです。
 池田 ピロリ菌がもともといない異所性胃粘膜の場合は、どのくらいの頻度でフォローアップするのでしょうか。
 牛島 無症状であれば、いらないのではないかと思います。一方で咽頭違和感や胸骨角の不快感などがある場合は異所性胃粘膜からの胃酸が問題の可能性もあるので、場合によっては内視鏡検査で周辺に発赤がないかを見ていただくとか、プロトンポンプ・インヒビターで異所性胃粘膜からの酸を抑えていただくことが必要かもしれません。
 池田 そういう症状がある方は年に1回ぐらい定期的に見ていくのですね。
 牛島 そうですね、症状がある人はそのぐらいだと思います。
 池田 定期的に検査をしていて、たまたま早期の胃腺がんが見つかった場合は、やはり大きな手術になるのでしょうか。
 牛島 それについては、日本の医師はESD(内視鏡的粘膜下層剝離術)がとても上手で、異所性胃粘膜から出た食道腺がんをESDで切除できたことが横浜市立大学の前田先生も論文で報告されていますので、早く見つけていただいてESDを行うのがよいと思います。
 池田 なるべく早く見つけて、なるべく侵襲の少ない手術を行うということですね。
 牛島 はい。胃がんになった方も周辺に腸上皮化生が見つかっていますので、おそらく過去にピロリ菌がいた方だと思います。そのような方はやはり注意が必要になると思います。
 池田 ありがとうございました。