ドクターサロン

 池田 肺MAC症の診断と治療についての質問ですが、肺MAC症というのは何の略なのでしょうか。
 森本 Mycobacterium avium complexをMACと呼ぶのが一般的です。このコンプレックスには10種類ほどの菌が含まれているのですが、日本では主にマイコバクテリウム・アビウム(M. アビウム)とマイコバクテリウム・イントラセルラーレ(M.イントラセルラーレ)の2菌が大部分を占めます。したがって、この2菌を総称してMAC と呼ぶことに問題はありません。
 池田 たくさんの種類の中で、特に2種類が日本では多い。しかしながら、複数なのでコンプレックスという名前がついているのですね。生活している間にいつの間にか感染してきているという感じなのでしょうけれど、この菌はどの辺にいるのでしょうか。
 森本 基本的に非結核性抗酸菌は環境常在菌です。ただ、菌種によって分布の違いがあることも明らかになっています。特に、話に上がったMAC菌、すなわちM.アビウム菌とM.イントラセルラーレ菌について、M.アビウム菌は日本の風呂場から頻繁に検出されるという報告があります。このアビウム菌は風呂場以外にも自然界に存在すると考えられていますが、M.イントラセルラーレ菌は、風呂場からは検出されたことがありません。このため、M.イントラセルラーレ菌は自然界に分布していると考えられます。
 池田 風呂場というと人間に近い感じがしますので、どちらかの菌でMAC が起こるとすると、やはりM.アビウム菌のほうが頻度が高いのでしょうか。
 森本 日本では、風呂場が主要な原因とされるM.アビウム菌は、国内全体に広く分布しています。全体の6割がM.アビウム菌というデータがありますので、ご指摘のとおり、M.アビウム菌が原因となる頻度は高いです。
 池田 風呂場から土壌に広く存在しているという感じですが、感染経路はどうなっているのでしょうか。
 森本 感染経路は基本的に経気道感染とされています。肺の感染症であるため、気道から菌が侵入すると考えられます。菌はミスト中に多く存在するため、蒸気を吸い込む際に感染する可能性があります。また、土埃に菌が付着している場合、それを吸い込むことで感染すると考えられています。一方、少数のケースでは、逆流性食道炎のように、胃にのみ込まれた菌が、逆流して気道に入る経路も存在するとの報告があります。
 池田 確かに、胃腸関連になりますと逆流性食道炎の頻度が上がってきますね。基本的には、経気道的に入るか、あるいは胃に入ったものが、もう1回肺に入ってくるという経路を想定されているのですね。健康な方は、あまりMAC感染症にならないと思いますが、宿主の方に何か異常があるのでしょうか。
 森本 基本的に、環境の常在菌が簡単に肺に感染することは少ないと考えられています。肺に基礎疾患がある方、例えば結核の後遺症のある方や、COPD(タバコ肺)のある方などが感染しやすいと古くから知られていました。最近では、強力な免疫抑制薬の使用が増え、免疫が抑えられている方が感染しやすくなっています。一方、健康な人では感染するのは難しいとされている中、実はここ数十年で、明らかな肺基礎疾患のない中高年の痩せ型女性の間でこの病気が増加しており、これが大きな課題となっています。
 池田 中高年の痩せ型の女性がなりやすい理由はわかっているのでしょうか。
 森本 明らかな原因はまだ特定されていませんが、性別や年齢、痩せ型などの特徴から、幾つかの説が提唱されています。まず、女性ホルモンの減少が免疫システムに影響を与え、感染しやすくなるという説があります。次に、痩せ型の人々において、脂肪組織から分泌される免疫に関与するホルモンの変動が感染リスクを高めるという考え方も提案されています。しかしながら、これらの要因だけで感染のメカニズムを完全に説明することは難しいとされ、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。この「宿主因子」 に関する研究は世界中で進行中です。
 池田 やはり、世界的に認められている疾患なのでしょうか。
 森本 1990年代から主に欧米、日本を含む先進国を中心に、この疾患が増えていることが認識されてきていまして、最近では先進国以外の結核が多い国でも、実はこの菌が隠れていたということが報告されるようになってきています。
 池田 開発途上国では、結核自体が多いので、その中をよく調べてみると、非結核性のものが入ってきているというイメージなのでしょうか。
 森本 同定検査はしっかりされていなかったと思いますので、結核が蔓延している国の中でも、結核を治療してもなかなか治らないという方の中に、この菌に感染していた人が含まれていたということがわかってきています。
 池田 日本における疫学というのはわかっているのでしょうか。
 森本 結核のような直接的な報告制度はありませんので推定ですが、10万人当たりで、1年間にどれだけの数の方が発症したかという罹患率は、2017年の調査で19.2です。これは日本全国でいうと約24,000人の方が新たに発症したというデータになります。また、この疾患はなかなか治りにくいなどの理由から累積してきます。よって全体でどれだけの患者さんがいるのかというデータ(有病者数)については、おそらく20万人を超えているだろうと考えています。
 池田 かなりの人数の方が罹患しているということですが、どのようなきっかけでこの病気が疑われて、どのように診断をするのでしょうか。
 森本 咳や痰が続くという呼吸器症状で受診される方が多いです。女性で血痰を主訴にする方は、多くがこの病気であるという特徴があります。また、興味深い点として、日本は検診制度が発達しており、検診での指摘を契機に紹介される方がいます。当院の場合は、4割の方が検診の結果に基づき紹介されています。そして、喀痰を調べ、その中に繰り返し同じ菌が確認されるかという点をもとに診断します。菌の確認は、2回以上の同定が診断のスタンダードとなっています。
 池田 喀痰を培養して、それからPCRで菌種同定ということなのでしょうか。
 森本 喀痰の培養が基本になり、培養菌株をPCRや、最近は質量分析機器などを使って同定しています。
 池田 抗生物質治療が難しいようですが、実際にはどのように治療するのでしょうか。
 森本 標準治療というのが確立されていまして、マクロライド系の抗生物質であるクラリスロマイシンかアジスロマイシン、それから抗結核薬である、リファンピシンとエタンブトール、この3剤を併用して治療するのがスタンダードになっています。この3剤を使うことによって、ある程度の菌陰性化を得ることができます。
 池田 でも、なにか特殊なホストの状態、あるいは菌自体が風呂場や土壌にいることから、やはり再発する方が多いのでしょうか。
 森本 この標準治療の陰性化率は60~70%というデータがあります。そして、その治療が成功した患者さんの中で、4~5年の経過を追ったところ、約40%の患者さんが再発したとの報告があります。しかし、再発した患者さんの喀痰から取得した菌を検査すると、もともと治療していた菌とは異なる遺伝子構造を持つ新たな菌に感染しているケースが多く、再発した患者さんのうち、約75%は新たな感染、つまり再感染であるとの報告があるのです。
 池田 高率に再感染するということですが、再発の予防法はあるのでしょうか。
 森本 現在、完全な予防法はまだ確立されていません。この菌は環境中に広く分布しているため、環境の要因を特定し、それを清潔に保つ取り組みや、特定の宿主の要因を明らかにして改善するというアプローチが考慮されています。しかし、風呂場をどの程度清潔に保つことで菌が存在しなくなるのか、土との接触をどの程度制限すれば感染のリスクが下がるのかといった具体的な点は未だ明らかではありません。さらに、これらの予防策を実施した後の感染経過や改善の程度に関する確固としたデータも、現段階では得られていません。
 池田 そこが難しいところですね。ちなみに、風呂場で感染する可能性があるというのですが、レジオネラ菌では菌数測定などのシステムがありますが、M.アビウム菌には特にそういうシステムはないのでしょうか。
 森本 現在のところ、主に研究レベルで培養や遺伝子検査を活用し、状況を把握しています。レジオネラ菌のように、手軽にその存在を確認できる検出システムが求められています。
 池田 今後、そういうシステムがあると、患者さんもお風呂に入っていいですねという話になって、すごく安心すると思います。ありがとうございました。