ドクターサロン

齊藤

「メタボリックシンドロームの疾患概念と診断基準」が動脈硬化性疾患の予防に入ってきた経緯などについてうかがいます。

フラミンガムスタディでは、危険因子が集積すると良くないという話が出てきましたね。その後にメタボリックシンドロームの話が出てきましたが、これはいつごろからでしょうか。

西澤

振り返ると齊藤先生が精力的にしてこられた高血圧対策は1960年代、禁煙対策そして高LDL血症の対策は1980年代からです。それらの対策後もまだまだ予防できないところがあるとして、マルチプルリスクファクター症候群の概念が出てきたのが1980年、1990年代、そしてその中で内臓脂肪の蓄積をベースにした一つの病態として捉えるということで、日本の診断基準につながっているという流れだと思います。

齊藤

そのころは、Kaplan先生がThe deadly quartetや死の四重奏などを言い出して、それから日本では松澤佑次先生が、内臓脂肪が重要だということをおっしゃってきたことで、一気に今のメタボリックシンドロームへの流れができたということでしょうね。

西澤

そうですね。特に海外では肥満はone of themのリスクファクターとして絶対リスクを考えられていたのですが、日本の場合は内臓脂肪をベースにした病態を捉えて、そこを減らすことでトータルに複数の危険因子の改善を図る介入を視野に入れた診断基準になっているように思います。

齊藤

日本にはCT機器がたくさんあり使いやすいということで、CTではっきり見せたことが大きかったのではないでしょうか。

西澤

おっしゃるとおりで、1983年に我々の研究室を中心に腹部CTによる内臓脂肪面積の測定法を開発し、目で見られるようにしたのは、患者さんにもフィードバックでき、非常に大きいことだったと思います。

齊藤

そうですね。でもすべての人にはCTができないことから、腹囲測定になったのですね。

西澤

はい。腹囲(ウエスト周囲長)は、内臓脂肪面積を推定するツールで、内臓脂肪面積100㎠を類推するのが男性で85㎝、女性は皮下脂肪が多いですので90㎝が日本の基準値となっています。

齊藤

これは欧米の基準値とは違ったので、いろいろ批判もありましたね。

西澤

一貫していえることは内臓脂肪面積が重要であって、それは男性でも女性でも同じであり、女性の場合は皮下脂肪が多いので内臓脂肪面積が100㎠を超えるところが90㎝だということです。BMIとウエスト周囲長だけでリスクを見ていく欧米と少し概念が違うのはそういうところだと思います。

齊藤

中性脂肪が入っていて、LDLコレステロールではないのは基礎病態が違うということでしょうか。

西澤

おっしゃるとおりで、内臓脂肪が蓄積すると内臓脂肪からFFA(遊離脂肪酸)とグリセロールのかたちで門脈系を通して肝臓に直接流入することから、このFFAが中性脂肪の合成、そしてリポタンパクVLDLになって高TG血症、低HDL血症につながります。高LDL-C血症というのは、遺伝素因が強くFH(家族性高コレステロール血症)に代表されるような飛び抜けた内臓脂肪とは別格の、単一でのリスクファクターとして確立されているので、そこを分けて介入していくのです。一方、メタボリックシンドロームに高LDL-C血症が合併することがあり、その人たちはさらにハイリスクなので、しっかりと両方を合わせて介入していくことが必要だと思います。

齊藤

メタボ健診はいつごろからでしたか。

西澤

2005年にメタボリックシンドロームの診断基準が出て、その後2008年に特定健診保健指導制度が始まって、保健の分野にこの概念が浸透していったと思います。

齊藤

地域や職域でいろいろな指導が行われてきているのですね。

西澤

そうですね。

齊藤

これは何期かに区切られて行われているのでしょうか。

西澤

継続的に5年ごとに見直しが行われている中で、今後も続いていくと思います。

齊藤

最近ではコロナの影響もあってリモートでの指導も多くなってきた感じですね。

西澤

基本的には積極的指導として対面指導を中心にしていく指導がスタートですが、現状コロナ禍で様々なことが制約されてきた中で、医療現場でもIT機器やSNSを用いる指導法が進化しているところだと思います。

齊藤

具体的な介入は、どういったことを中心にするのでしょうか。

西澤

基本的に内臓脂肪の蓄積を解消する治療というのは、やはり食事療法、運動療法、そして高度肥満になるにつれて行動療法です。生活習慣に至る行動医学的なアプローチが必要になってくることが大きいと思います。

齊藤

行動療法というのは、そういったことを長続きさせるための仕組みになりますか。

西澤

そうですね。従来行われている血圧や体重の記録であったりという意識づけのところから、30回咀嚼法という実際のToDoのところまでのアプローチなど様々考えられると思います。

齊藤

今の血圧管理あるいは禁煙指導ですが、アプリが保険で認められて使われ始めていますね。いずれはそういうものの対象になるのでしょうか。

西澤

そうですね。やはり若い世代を中心に、そういうことにすごく精通されて興味を持って、自分の身体を数字や画像などでフィードバックしていって、自らやり方を選んでいっていただくという、自主性、自律性を持った指導法や支援が非常に大事ではないかと思います。

齊藤

若い世代へのこういった考え方の導入が重要ですね。

西澤

はい。内臓脂肪は男性では特に30代にぐんと増えるので、その世代に対するアプローチの仕方、もしくは食行動や運動習慣が形成されるのはさらに若い世代、子どものときの習慣です。ですので、若い世代の保健活動というのは非常に重要ではないかと思います。

齊藤

若い人はITが得意な人が多いですから、そういったものをうまく取り入れてもらえるといいかもしれないですね。

西澤

そうですね。

齊藤

今は対象は40歳以上ですか。

西澤

はい。特定健診保健指導は40~74歳です。

齊藤

約15年くらい行われてきて、ある程度成果も見え出したのでしょうか。

西澤

はい。実際、国民栄養調査などを拝見していると、当初から最近まで糖尿病患者さんも減ってきましたし、糖尿病患者さんの平均BMIも右肩下がりになってきました。ただ、2020年ごろから少し横ばいになってきているので、やはりこの対策を一過性のものにせずに継続していくということの重要性がよくいわれています。

齊藤

さらに推進についてですが、高齢者でフレイルやサルコペニアといった問題が話題になっています。この辺はどうでしょうか。

西澤

若い世代では体脂肪分布を中心に見ていったらいいのですが、高齢者になってくると体組成として骨格筋を落とさないようにしていくことが非常に大事で、メタボの動脈硬化予防は、高齢者の心不全や虚血性の心不全、認知症予防につながります。介入方法でキーポイントとなるのは運動療法で、こちらに関しては、若いときにメタボを予防するための運動療法、運動習慣を身につけておくことが、フレイル予防につながるのではないかと考えています。どちらに重きを置きながらなのかという比重の問題がありますが、基本的には一連の対策だと考えるのがいいと思います。

齊藤

少子高齢化の日本を明るくするために、重要なことでしょうね。

西澤

個人に対するパーソナルアプローチが病院ではすごく大事なのですが、地域や職域ではポピュレーションアプローチ、社会性も持ちながら運動療法、食事療法に皆でコミュニティをあげて取り組んでいくことが、認知症予防のための社会性の維持という意味でも非常に重要ではないかと思います。

齊藤

どうもありがとうございました。