大西 島野先生、「動脈硬化性疾患の絶対リスクと脂質管理目標」というテーマでお話をうかがいます。
日本人の動脈硬化性疾患の発症死亡を予測する評価法に関しては、いろいろ変遷があったのですね。
島野 欧米では動脈硬化はがんと並んで最大の死因なので皆さん関心が高いのですが、欧米に比べると日本人は比較的少なく、動脈硬化学会としてはその管理を日本人でもきちんとやっていこうとしていました。基本的にエビデンスを出さなければいけないのですが、絶対リスクに比べてまずは相対リスクという中で展開していました。相対リスクとは例えば脂質が高くない人と高い人、糖尿病がない人とある人を比べると、あなたはあるからない人に比べて何倍リスクが高いです、という説明になると思います。それで真剣になっていただければいいのですが、なかなかピンと来ないことも多い。そこで絶対リスクを用いてあなたは10年後に何%くらい動脈硬化や心筋梗塞を起こす可能性があるといったほうがピンと来るのではないかとなりました。それを示すためには、日本人のデータが必要だったのですが、だんだん蓄積されてきて、コホートなどを介してそういった数値を出せるようになってきて、学会のガイドラインも絶対リスクになりました。
大西 絶対リスクという定義はどのように考えたらよいのでしょうか。
島野 大雑把にいって、10年経ったときにだいたい何%がその疾患を発症するかというその目安です。
大西 確率や死亡確率などと同じように考えてよいのでしょうか。
島野 そうですね。最終的には死亡、生存率ということになると思うのですが、まずは病気を発症するかしないかです。少し前のガイドラインで絶対リスクを扱うようになったときは、基本的にいわゆる虚血性心疾患の発症リスクだったのですが、それが最近では少し広げてアテローム性の脳梗塞も発症に加え、動脈硬化性疾患の発症ということで数値を出しています。
大西 絶対リスクの設定に関しては、久山町の研究がベースになっているのでしょうか。
島野 はい、おっしゃるとおりです。久山町研究が日本の大事なコホートとして、その数字の根拠になっています。
大西 絶対リスクを用いた脂質異常症管理についての考え方に関して少し教えていただけますか。
島野 動脈硬化はいろいろなリスクが総合的に併さって出てくる病態ですので、当然高血圧や肥満、糖尿病などいろいろなリスクがありますが、やはり脂質異常症、特に悪玉コレステロールのLDLコレステロール値がその最大のリスクで、それを管理することによって予防できることがエビデンスとして確立されています。そして一番大事なのは、それを下げる薬であり、脂質異常症のリスク管理のエビデンスを蓄積してきました。例えば血圧なら高血圧学会だったり糖尿病なら糖尿病学会などいろいろな学会が管理している中で、動脈硬化学会は全体の統括と総合的なリスク管理を行っていますが、特にこの脂質異常症に関する管理目標を示してきたという経緯があります。
大西 次に動脈硬化性疾患リスクに応じたカテゴリー分類を教えていただけますか。
島野 お話ししましたように、ほかのリスクもいろいろあるので、絶対的にこの数字であればOKというのはなく、一人ひとりのリスクに応じて分類するということです。大きく分けて一つは、今まで起こしていない一次予防の方と、すでに狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患あるいは心臓カテーテル治療を行ったような、二次予防とに大別されます。一次予防に関してはさらにいろいろなリスクがあるかないかによって管理目標を細かく分けています。その辺が非常に複雑なので、医師あるいは患者さんも理解していただかなければいけないです。
大西 久山町スコアによる予測モデルですね。それと日本の国民集団として一致するのかしないのか、一致していない部分もあると考えてよいのでしょうか。
島野 そうですね。欧米に比べると頻度が非常に少ないのは間違いないと思います。ただ、先ほどの絶対リスクでの数字になると、その辺のところは微妙なずれを生じることもあります。
大西 10年後のリスクは年齢層によっても違ってきますが、生涯リスクはどのように考えたらよいですか。
島野 そこは、よく考えなければいけないところだと思いますね。我々の方針は基本は予防なので、できるだけ確実にという意味では、例えば治療をずっと続けなければいけないとは思うのですが、実際に高齢になってきた上で、そういったことを起こさないで来られた方々はやはりバックグラウンドとして遺伝的にも守られている可能性が高いと思われます。生涯リスクをきちんと考えた場合、どの程度治療を管理していくかはある程度年齢が上がってくれば、少し緩めでもいいのではないかと考えています。そこは、医療コストとの相談にもなってきますから、おっしゃるとおりだと思います。
大西 脂質異常症の管理目標値は一次予防、二次予防でだいぶ違うと思いますがいかがですか。
島野 特に二次予防に関しては糖尿病あるいは、我々が強く伝えなければいけないこととして、いわゆる家族性高コレステロール血症(FH)があります。LDL受容体がないために血中に悪玉LDLコレステロールがたまってしまう病気ですが、実は遺伝子頻度が300分の1ぐらいではないかといわれていて、非常に多いです。ですから、心筋梗塞を起こした患者さんのチェックをすれば、たぶん10%ぐらいは該当するのではないかと思います。そういう人たちは、生まれたときから高いLDLコレステロールに曝露、蓄積され非常にハイリスクなので、家族性高コレステロール血症の患者さんに関しては、皆さんも意識して診断・管理をしていただきたいです。欧米、特に北欧地域では、国を挙げて国民全員を対象にほとんどFHを拾い出しているのですが、日本は診断率が非常に低いので、循環器科の先生方も含めて周知していかなければいけないと思っています。
大西 一次予防だと、いきなり薬というよりは、3カ月か6カ月くらい生活習慣を改善させた上で薬物療法を検討する一方で、LDLがもともとかなり高い人もいます。例えば180以上などの方は、最初から生活習慣の改善と薬物療法を併用して開始するという考え方でもよいのでしょうか。
島野 おっしゃるとおりだと思います。ハイリスクの方に関しては、比較的早くから薬物療法になりますし、先ほどのリスクの分類によると思います。
大西 最新の研究の状況や将来の課題について先生のお考えを教えてください。
島野 動脈硬化学会の研究というのは、やはり動脈硬化でどうして血管が詰まるのかというところにフォーカスされてきたのですが、結果的に詰まると心臓や腎臓などいろいろな臓器が悪化してきます。これからは臓器がどう傷んでくるか、そしてどうやって臓器を守るかという目線で、血液中の脂質だけではなく、その臓器の中での脂質はどうなのかに注目していきます。今まで肥満はメタボ病態も含めて、いろいろなリスクの諸悪の根源だといわれていたと思うのですが、同様に脂肪細胞だけではなく、いろいろな臓器にたまっている脂質が非常に問題ではないか。そして特に脂肪肝などを含めて脂がたまっている状態が良くないということが昔からいわれていました。よく脂肪毒性という表現もされていたのですが、最近の我々の研究では、たまっている脂の量だけではなくて質も大事、コレステロールの質もそうですし、特にすべての脂質に含まれている脂肪酸の質に少しフォーカスすると、治療のし甲斐がある。いろいろな臓器に関係してくるので、その辺の研究をもう少し展開したいと思います。
大西 ありがとうございました
動脈硬化性疾患の予防を考える(Ⅱ)
動脈硬化性疾患の絶対リスクと脂質管理目標
筑波大学医学医療系内分泌代謝・糖尿病内科教授
島野 仁 先生
(聞き手大西 真先生)