多田 2022年7月に日本動脈硬化学会から動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版が発表されました。杏林シンポジアでは日本動脈硬化学会の協力を得て、2023年4月から約6カ月間の時間をかけて、このガイドラインの周知を図っています。その一環として、冨山博史先生をお迎えし、臨床の立場から日本の動脈硬化性疾患予防の進展を図る手段としての臨床診断の方法、中でも血管機能検査法について教えていただきたいと思います。形態学から見た動脈硬化症の把握はある一方で、機能的観点から見た動脈硬化症の診断ということになると思います。
冨山先生、まずどのような検査法があるのか、それぞれの特徴と、どのように選択し、どう評価すればいいかを教えていただけますか。
冨山 まず血管の機能はなんぞやということをお話しさせていただかないといけないと思います。血管は、血液を心臓から大事な臓器に送る管です。しかし、心臓は収縮期と拡張期を有し、収縮期のみに血液を送り出す拍動流です。でも、それでは主要臓器は収縮期と拡張期で血流の維持が困難になります。ゆえに、拍動流を定常流に変えるのが動脈の役割です。それが血管の機能ということになります。やわらかく収縮期に大きく膨らんで一部の血液を貯留して定常流にすることが血管の大きな役割になります。もう一つ、日本循環器病学会のガイドラインに記載させていただいたのですが、例えば血圧が140㎜Hgということを考えると、これは水銀柱ですので、実際に水圧に換算しますと水を約2m吹き上げる非常に大きな圧力になります。心臓は1日で10万回拍動しますので、非常に大きなエネルギーが血管を伝わっていくことになります。これを柳のように、すなわちクッションのようにして圧を減少することも血管の役割になります。そのために血管はやわらかいことが大事になるのです。動脈硬化というと、まずイメージすることは粥状硬化、そして粥腫が破綻して、そこに血栓ができて発症する虚血性イベント、つまり脳卒中とか心筋梗塞が発症するわけです。そのイメージからすると血管がやわらかかろうが、硬かろうが、機能的な因子がそこにどのくらい影響するのかはあまり明確ではなかったのです。しかし、最近の疫学研究で、そういう部分が非常によくわかるようになってきました。つまり、多施設共同研究で予後を調査してみますと、血管機能が低下した人は予後が不良であることがわかりました。この血管機能を評価する方法としては、幾つかの方法があります。まず血管を考えてみますと、内膜、中膜、そして外膜で構成されます。それぞれの構成成分が機能を持っています。内膜は血管を拡張させたり収縮したり、また障害から保護する作用を有します。それらを評価する方法として内皮機能検査があります。いわゆるFlow Me diated Dilation(FMD)です。次は平滑筋層、弾性線維、膠原線維などで構成される中膜です。こちらは脈波速度または脈波解析で評価されます。
多田 ありがとうございます。私は脂質が専門なので、動脈の中でも特に内皮機能、内膜機能を問題にするのです。もう一つはやはり血圧ですね。高血圧に関しては、中膜が大事であるといわれていますが、幾つかの血管の検査の中で、先ほどのFMD、それから実際の臨床ではどういうものを使っていくのでしょうか。
冨山 先生がおっしゃるように脂質と血圧では血管の機能への影響が少し違うことが最近わかってきました。悪玉コレステロールはどうも内皮に対して悪さをするようです。家族性高脂血症を対象としたメタ解析があるのですが、その検討ではLDL上昇は粥状硬化巣や内皮機能障害に対して、強い因子となるのです。一方、脈波速度や脈波解析にはコレステロールが高くてもあまり影響しないことがわかっています。一方、血圧は内膜機能、中膜機能両者に影響し、私どもの多施設共同研究FMDJ研究では、高血圧の軽症の状態からすでに内皮機能も中膜機能も障害されていることが確認できています。
多田 血管の機能検査というと実際には心血管疾患の管理におけるバイオマーカーとなるのではないかということもあります。この辺りからすると、どのように考えればよいですか。
冨山 先ほどお話ししたように、昔はただ血管が硬いかやわらかいかを見ているだけで内腔が狭くなっているわけでもないので、血管機能評価に意味があるかということだったのです。しかし、先ほど申しましたように血圧140 ㎜Hgというのは、水を約2m吹き上げるだけの非常に大きな圧力ですので、血管が硬くなると、やはり内膜の障害を起こしてしまいます。血管が硬い人は、その時点では特に問題がなくても2年、3年とみていきますと、動脈硬化が進展していくことは確認されています。ゆえに血管機能が低下していることは、粥状動脈硬化も進展することとなります。もう一つ重要なことは、最近、高齢の方ではペフ(pEF)と呼ばれる、収縮機能が維持された心不全の患者さんが問題になっています。pEFはどのようにして起こるかというと、血管が硬くなることに対して心臓は無理をして(左室に負荷をかけて)、血液を駆出します。この状態が破綻することによって心不全(pEF)が発症します。やはり血管機能が障害されるということは様々な意味で循環器疾患の予後に悪さをすることが知られています。
多田 その意味からすると、血管機能検査は、どういうものを使っていけばよいのでしょうか。
冨山 先ほど申しましたように、一つは内皮機能検査としてFMDがあります。これは前腕の阻血前後で血管がどのぐらい広がるか、つまり虚血になりますので、自然の防御反応として血管が大きく広がろうとするわけです。内皮機能が低下しますと血管が十分に拡張できません。一方、中膜機能の検査である脈波速度は、心臓から駆出される脈動を2カ所で測定します。血管が硬くなると、その脈動が血管を伝わる速度が速くなるので、その時間差から血管が硬くなることが評価できます。
多田 それで実際に検査をして異常値が出た場合、例えばFMDが異常の場合は、何か特別な治療法があるのでしょうか。それから、例えば血管が硬くなった、ABIに異常があったといった状態で何か薬物などでの治療法はあるのでしょうか。
冨山 それは重要な事項です。まず内皮機能につきましては、脂質も糖も血圧の薬も改善すること、また生活習慣の改善、運動、禁煙、それから減量も効果があることが知られています。中膜については、確かに同じように効果はあるのですが、その効果が内皮機能ほどは大きくないような報告が多いです。ですから、まだまだ中膜の機能の改善については、検討の余地があると考えられています。
多田 高血圧の薬、降圧剤が非常に大事だということでしょうか。
冨山 はい。実は2022年にフランスから興味深い研究が発表されました。血圧を下げる治療と脈波速度で評価される中膜機能を改善させる治療と、どちらが予後に影響するかを比較した研究です。しかし、予後にはあまり有意な差が出ませんでした。そのときに問題になりましたのは、脈波速度をよくしようと思うと、どんどん血圧を下げないといけないので、何を治療の目標としているのかがわからないところがあったようです。裏を返せば、それだけ血圧を下げただけでは中膜機能は完全には改善できないようなところがあります。
多田 なかなか奥が深いのですね。ただ血圧を下げればいいというわけではない。それから、また血清脂質を下げるという、もっといえばLDLコレステロールを下げていくこと自体が内皮機能にはいいのでしょうけれど、血管そのもの、全体の機能からすると、また違うものを見ているかもしれないですね。
冨山 おっしゃるとおりだと思います。まだまだその点は検討していかないといけないと思います。
多田 ありがとうございました。
動脈硬化性疾患の予防を考える(Ⅱ)
動脈硬化の臨床診断 血管機能検査法
東京医科大学循環器内科教授
冨山 博史 先生
(聞き手多田 紀夫先生)