ドクターサロン

 池田 前立腺肥大症の経尿道的水蒸気治療についての質問です。まず、前立腺肥大は、なぜ起こるかわかっているのでしょうか。
 髙橋 正確にいうと原因はよくわかっていません。ただ、男性は早い方では50代ぐらいから組織学的には前立腺が大きくなり始めるといわれています。いわゆる臨床的に症状が出てくるような前立腺肥大症の比率というのは、50代以降、年齢とともにだんだん増えてきて、60代だと、60%ぐらいの方が尿の勢いが悪いとか、キレが悪いなどの症状があるといわれています。これは男性ホルモンが下がってくることによって女性ホルモンとのアンバランスが起こり生じるといわれていますが、正確なところはわかっていません。前立腺がんとの関係は、前立腺肥大症だから前立腺がんになりやすいとか、逆に前立腺がんがあると前立腺肥大症が少ないという相関関係はありませんが、両方とも、年齢とともに増える疾患なので、当然、併存していることはありえます。
 特に50歳を超えたら、男性の場合は一度、前立腺特異抗原(PSA)を測っていただきたいと思います。基準値の4を超えていればもちろん、大きな前立腺で高齢の方の場合は5ぐらいでもそんなにがんの心配はないのですが、そんなに大きくない前立腺でも、比較的若い50代、60代であれば、基準値の4を超えていたら、やはり一度は前立腺がんの精査をしたほうがいいと思います。
 池田 前立腺がんとの鑑別は、どのように行われるのでしょうか。
 髙橋 最近はMRIでかなりよくわかります。MRIを撮っていただいて、前立腺がんの可能性がある場合は、放射線診断医が国際的な基準のPI-RADSというスコアによってグレード1、2、3、4、5というようにスコア化します。そこで、もしもスコア3以上であれば、前立腺がんの可能性があることになりますので、そういう場合はぜひ専門医に紹介いただきたいと思います。
 池田 専門医に紹介いただいて、前立腺生検でがんの細胞が見当たらなければ、前立腺肥大症と診断されるのでしょうか。
 髙橋 そうですね。もちろん、ちょうど運悪く、針と針のあいだを通ってしまって、1回の生検でがんが検出されないことがあります。私たちは通常少なくとも12箇所以上行いますが、系統的な生検を行って、がんが出なければ、現時点で臨床的に問題となるようなサイズの前立腺がんはないだろうと考えていいといわれています。ですから、前立腺肥大症として治療を開始してよいことになります。
 池田 なるほど。それからもう一つ、前立腺肥大症の重症度というのはあるのでしょうか。
 髙橋 前立腺肥大症において前立腺のサイズと症状の強さというのは必ずしもパラレルに相関しません。基本的には前立腺のサイズも重要な因子ですが、やはりQOL dis easeですので、患者さんの症状の強さ弱さで、重症度分類をします。一般的には国際前立腺症状スコア(IPSS)を使って症状の強さをスコアリングして、35点満点で何点以上だったら、それなりの症状がありますという分け方をします。あとQOLとその症状と患者さんの困窮度、これらを勘案して重症なのか、中等症なのかを判断します。
 池田 そこで大切になってくるのは、患者さんの重症度と保存的治療といわゆる外科的治療ですね。これはどのように関連しているのでしょうか。
 髙橋 従来は、症状が比較的軽い中等症ぐらいの方は、日常生活での水分の取り方など生活習慣のチェックならびに薬物療法から入るのが一般的でした。薬物療法の第一選択は、ガイドラインにも明記されているように、α1遮断薬であるタムスロシンやシロドシン、あるいは最近はPDE5阻害薬があります。PDE5阻害薬は、元はED治療薬として出てきたもので、日本ではタダラフィルが前立腺肥大症の適用になっていて、このいずれかを使うのが一般的です。前立腺のサイズが30~40㏄以上の大きな肥大症の場合は、テストステロンがより活性の高いダイハイドロテストステロンに変換されるのを阻害して前立腺を小さくする作用がある5α-還元酵素阻害薬(デュタステリド)が日本では保険適用になっています。あと、前立腺肥大症の約半数の方が過活動膀胱を合併しています。過活動膀胱は尿意切迫感があってひどい場合には切迫性尿失禁といって、間に合わずにトイレの前で漏らしてしまうことがあります。これは女性にも当然ありますが、前立腺肥大症の男性もよく合併しています。この症状が非常に強い場合には、排尿障害や残尿が増えないことを確認しながら、先ほど申し上げた前立腺肥大症の薬プラス、β3作動薬を使うのが一般的です。抗コリン薬を使う医師もいると思いますが、抗コリン薬はβ3作動薬よりも尿閉になるリスクが少し高いので、男性で前立腺肥大症があって過活動膀胱の場合は、β3作動薬を併用してほしいと思います。そして、もしも可能であれば、服用を始めてから、ときどき残尿量をチェックして元の残尿が20mLしかない人が100mLや150mLになっていたら、尿閉の心配があるとしてβ3作動薬はやめてもらったほうがいいかもしれません。α1遮断薬やPDE5阻害薬などを使いながら上乗せしていただければ大丈夫だと思います。
 池田 では、質問の経尿道的水蒸気治療ですが、これはどのような治療で、どのような方に適用されるのでしょうか。
 髙橋 これは新しい治療で2022年9月に保険適用になったものです。すでに日本では140施設で行われるようになって、1年足らずで1,400例の実績があって、非常に注目されている治療法です。これは従来の手術と同じように、経尿道的に内視鏡を入れて、専用のデバイスで前立腺の右葉と左葉に、約1 ㎝の間隔で針を刺して、水蒸気を噴霧します。103℃の水蒸気を9秒間噴霧すると直径約1㎝の組織が70℃に加温されて組織が凝固壊死を起こし、時間とともに縮小、退縮します。それによって前立腺の圧迫を取って、尿道を広げるという治療です。左右併せて4カ所ぐらい打つのが一般的だといわれています。これを行うと一時的に少し腫れるので、3~5日間ぐらい尿道カテーテルを入れることが多いです。その後は、だんだん前立腺の腫れが取れて、1カ月ぐらい経つとかなり良くなってきます。3カ月ぐらいまで緩やかに改善が続いて、先ほど申し上げたような症状も非常に良くなりますし、残尿があるような方、あるいは尿閉になったような方でも残尿が非常に減って、尿道カテーテル留置をしないで済むようになることが大半です。非常に低侵襲な治療で、手術時間は5分足らずで、軽い全身麻酔、あるいは前立腺生検を行うときに前立腺の周囲にリドカインを打つような局所的なブロックでも行うことができるといわれています。
 池田 これはどのような患者さんが適用になるのでしょうか。
 髙橋 日本の場合は、適正使用指針というのが出ていまして、保険適用も厳格化されています。従来の手術が適用だけれども、高齢のためにその手ができない方、抗凝固薬等を飲んでいて出血が懸念され、手術が困難な方、あるいは術後のせん妄が懸念されるような方で、今までの手術をするのがためらわれるような方です。したがって、施行する場合はこれらの要件を摘要欄等に書いてもらえれば、それで保険が承認されます。
 池田 似たような低侵襲手術があるとうかがったのですが、これはどのようなものなのでしょう。
 髙橋 これも2022年4月から導入されて保険適用になっているウロリフトというものです。日本語名は経尿道的前立腺吊り上げ術といって、要するにリフトアップするのです。これも同じように内視鏡を入れて、膀胱頸部のほうから1.5㎝間隔ぐらいで、専用のインプラントを前立腺の中に打ち込みます。Hみたいな形をしたインプラントで両側が金属で真ん中が糸になっています。右葉と左葉を内側と外側でギュッと締めつけるようなかたちにしてパチンと糸を切ると、それで前立腺尿道が広がった形で固定されます。これも同じように左右だいたい2個ずつの4カ所ぐらい打つと、膀胱頸部から手前のほうまで尿道が開いた状態になって、排尿がスムーズになるというものです。これは即効果が出ますので、水蒸気治療と違って尿道カテーテルをその日のうちに抜いて帰宅できたり、あるいは翌朝抜いて退院できることが大きな長所です。
 池田 この2つの違いは、その施設の、例えば水蒸気の発生装置のあるなしといったものなのでしょうか。
 髙橋 それもあります。水蒸気治療のほうは、いわゆるジェネレーターが必要です。ウロリフトは、本当にシングルユースの部分だけでできますが、少しテクニックが必要なので、メーカー主導でいろいろなインストラクションがあったり、最初はメーカーが立ち会って行うようなかたちになっています。あともう1つの違いは、いわゆる中葉肥大型といって、右葉と左葉以外で、前立腺の真ん中が大きくなっているタイプがあります。こういう場合は、ウロリフトは、インプラントを入れるのが難しくなるので、中葉肥大型の方の場合には、水蒸気治療のほうが向いているといわれています。あとは尿道カテーテルを術後に数日間入れるか入れないかという違いがあるので、その辺で選択します。あとやはり異物を入れること自体に抵抗感があるような方は水蒸気治療がいいでしょう。なお、従来の手術では射精障害はほぼ必発だったのですが、この2つの方法は両方とも射精障害が起こらないことも一つの長所とお考えください。
 池田 日本では、射精障害に関して患者さんのほうから医師に相談するのは、なかなか問題があるという感じがしていたのですが、今はライフスタイルも西洋化していますので、この射精障害の発生の有無なども、1つ手術手技の参考点になるのですね。
 髙橋 はい。非常に重要で、最近の患者さんは、射精障害が起こらないというのを一つの魅力と感じ、この治療を希望する方もだいぶ増えてきています。
 池田 恩恵が受けられる患者さんが広がることを祈っております。ありがとうございました。