ドクターサロン

 池脇 BNP関連の質問を時々いただきますが、今回はNT-proBNPについてです。NT-proBNPを測れる施設が多いというのは、どういう理由なのでしょうか。
 加藤 それは、まずBNPとNT-pro BNPの代謝や排泄の違いに起因すると考えます。まず、そもそもBNPがどうやって分泌されるか、というところからお話しします。BNPは左心室などの大きな筋肉を持っている心室筋から大量に分泌されます。基本的に心筋がストレッチされる刺激によって、BNPが合成され始めます。心筋のストレッチにより心筋細胞内では、まずpro BNPという前駆体が作られます。その前駆体がFurinという酵素によって分解されます。pro BNPは柄杓のような形をしていて、Furinによって柄杓の柄の部分と柄杓の入れ物の部分とに切り離されます。柄の部分がNT-proBNPとして血液中に出され、そして柄杓の入れ物の部分が活性型のBNPとして血液中に放出されます。このBNPとNT-proBNPは、代謝経路が少し違います。BNPは血液中にあるネプリライシンという酵素や、細胞膜の表面にあるクリアランス受容体により代謝されます。また一部、腎臓からの排泄があり合計で3つの代謝排泄経路を持っています。一方、NT-proBNPは、代謝排泄経路が腎臓しかありません。そのため、血液内で非常に安定した物質として、長時間存在しえます。このような理由から、クリニックの医師は通常、検体の保存や輸送に便利な安定したNT-proBNPのほうを利用されています。一方、BNPは代謝が速いため氷冷保存しないといけないので、院内の検査システムで測るほうが望ましいです。
 池脇 院内で測れる場合にはBNPも可能だけれども、外注の場合の基本はNT-proBNP。この2つは同じ遺伝子の産物だけれども、やや性状が違って活性を持っているのはBNPで、逆に言うとNT-proBNPは非活性型なのですね。その代謝で腎臓依存性なのがこのNT-proBNPなので、腎機能の低下している状況では解釈が慎重になるのですか。
 加藤 はい、そうです。
 池脇 質問はどの程度の腎機能低下の場合には、その値の正確性を慎重に考えたほうがいいのかについてです。これ以上であればというカットオフはないのでしょうか。
 加藤 BNP、特にNT-proBNPでは、いろいろな臨床背景に修飾を受けることが知られています。一つは、代謝排泄経路である腎臓による修飾です。それだけではなく、心房細動を有する人、そして高齢である場合に、上昇しやすいことが知られています。それ以外にも、感染や炎症下でもBNPの合成が増えます。
 池脇 高齢の方は心房細動合併している方も多いとなると、高齢と心房細動、腎機能低下という3つのファクターが基本的にはNT-proBNPを上げる方向に働くとなると、何が上げているのかを特定するのは難しいので、ある程度の腎機能のカットオフというよりも、それ以外の背景も総合的に見ながら、ということになるのでしょうか。
 加藤 冒頭の質問にお答えするにあたり、PARADIGM-HF研究という心不全薬のRCTのサブ解析にヒントとなるデータがあります。これは、心不全患者を対象としているという前提です。そこから読み解くと、50歳代、洞調律、腎機能の正常な人に比べて、75歳以上、心房細動、CKDがあると、NT-proBNPは4~5倍高く出やすいと考えられます。具体的にこのような条件ではこのぐらいの数値がカットオフである、ということは人によってばらつきがあるので難しいです。ある報告では救急外来に、息切れを呈して受診した75歳以上の高齢者における心不全診断のためのNT-proBNPカットオフ値は、かなり高くて1,800pg/mLでした。ですので、高齢の方は、NT-proBNPがそもそも上がりやすい人であるという認識のもとでみたほうがいいということになります。
 池脇 改めて心不全というのは、BNPだけで判断するわけではなくて、本人の自他覚症状、胸部レントゲン、あるいは心臓のエコーの所見で、BNPは非常に臨床で汎用されているけれど、実は心不全以外のファクターでもだいぶあがっている。そういうことを考慮すると、確かに1,800pg/mLというのはけっこう高い数値ですが、やはり心不全を見つける意味では、ほかの修飾因子をきちんと見ながらですね。
 加藤 そうですね。
 池脇 そうすると今言われたサブ解析は、通常の臨床医は両方測ることがなかなか難しいですけれども、そういう状況だとBNPに対するNT-proBNPの比率は、やはり上昇していくのでしょうか。
 加藤 先ほどのサブ解析は、左室収縮率(EF)の低下した心不全の方を対象にした研究であることには、注意が必要だと思います。そのEFの低下した心不全では、洞調律で比較的若い方であるとNT-proBNPの値はBNPの6倍ぐらいだといわれています。一方、心房細動がある、高齢、腎機能が悪いとおおよそその比が1対10になってしまうと報告されています。
 池脇 確かにNT-proBNP、BNPもある程度そうかもしれませんが、腎機能低下、年齢、心房細動という因子によって基本的に値は上昇しますというデメリットのようにも聞こえます。例えば、高齢の方で心房細動と心不全もあるかどうかというときにNT-proBNPが高いというのは、心臓と腎臓の状況など、その方の将来のリスクを総合して、なにか情報を提供してくれるという意味では、メリットと考えていいのではないかとも思いますが、どうでしょう。
 加藤 はい、おっしゃるとおりです。ステージ3~5といったそれなりに悪い慢性腎臓病の方を対象にした研究で、NT-proBNP値が独立した腎予後、そして総死亡の規定因子であったという報告もあります。また、介護施設で行われた研究では、寝たきりの方が亡くなる直前にNT-proBNPが著明に上昇すると報告されています。つまりNTproBNPは全身状態を表すsur rogateとなりうるのではないかと思います。外来でずっと長く診ていた方や訪問診療している方で、時々、NT-proBNPを測ってみて、心不全はなさそうなのに急に上がってきたということはないでしょうか。中には6,000・7,000・10,000 pg/mLを示す方もいらっしゃいます。そういう場合には、この方は終末期に近いという認識もできるかと思います。
 池脇 最後に、NT-proBNPの日常臨床での使い方についてこういうものもあるというお話の切り口が非常に印象的でした。どうもありがとうございました。