山内
冷え症は西洋医学ではあまりない概念だと思います。東洋医学独特と考えていいかという感じですが、この冷えるという感覚は五感にはないということに関して、まず東洋医学的な見方について紹介願えますか。
伊藤
「冷える」ということは、人間にとって非常に危険な状態ですので、昔からそういう病態に対する認識や治療法もあるのですが、「冷え症」という言葉は、実は明治以降に作られ用いられてきた新しい言葉です。要するに「冷え症」とは単に冷えているということではなくて、冷えが辛くて苦痛であり、日常生活に支障が出るような状態と定義づけています。だから、例えば客観的に体温測定をして、何℃以下だからあなたは「冷え症」という診断にはなりません。
山内
しかも、最近特に言われ始めたそうですね。
伊藤
そうですね。西洋医学的に「冷え症」という言葉が使われてきたのは、実は昭和の中期以降です。医学辞典などに「冷え症」という言葉が掲載されるようになったのもそのころです。では、東洋医学(漢方医学)では、どのくらい古くから使われているのかと思って調べてみたのですが、実は日本の漢方医学においても、昭和の初期ぐらいまでは、まだ「冷え」という言葉を使っていて、「冷え症」は使われておらず、西洋医学と同様、昭和の中期ぐらいから「冷え症」という言葉が使われ始めたと思われます。言葉としては比較的新しいですが、「冷え」に対する治療法とか概念は、もともと東洋医学の中で培われてきたものなので、そういう意味では、歴史的にも「冷え症」に対する様々な情報が東洋医学にはあるといえます。※
山内
ちなみに、「冷え症」の文字ですが、これには症状の「症」と性格などの「性」の2つあるようですが。
伊藤
そうです。明治のころ、徳田秋声の小説に性格の「性」を用いた「冷え性」という言葉が初めて使われます。これは要するに「凝り性」の性と同じような俗語です。つまり「冷える、冷える」と言って冷えを苦にする性分と捉えているのです。一方で症状の「症」を使い始めたのは東洋医学なのですが、それも実は先ほどお話ししたように、昭和の中期以降です。もともと「冷え」というものは、東洋医学では未病の一つとして、重要な病態として考えていて、冷えによって、いろいろな病気を起こしたり、また病気を悪化させる原因となりうるという認識があるのです。そのため冷えは治療の対象であるという考えに基づき、症状の「症」を使っているのです。一方、西洋医学では「冷えやすい性分」だとか、「冷えに過敏な性格」という認識だったため、特に治療法は考えていなかったのです。そうしたことが文字の違いに表れているのだと思います(そのため本文では症の字の「冷え症」を用いて説明しています)。
山内
さて、この質問では、男性ということですが、冷え症自体は男女にあると思いますので、男性を中心にということで解説をお願いします。まず冷え症というのは、漠然としていますが幾つかタイプがあるのでしょうか。
伊藤
東洋医学的な冷えの分類というのは、なんとなくあるのですが、特に、漢方医学では気血水という3つの要素、気と血と水が滞っているとか、足りない場合に冷えを生じさせるという考えに基づいて治療することが多かったのです。ただ、それだけだとなかなか改善しないこともけっこうあるのです。というのは、よく冷え症というと一般的に一つの病態で起こる症状と思われるかもしれませんが、実は原因も病態もいろいろあることがわかっています。私が研究し、分類をしてきた結果によると、基本的に4つのタイプに分かれます。一番多いのは、下半身型といって、足など腰から下が冷えているようなタイプ。2つめは、昔からいわれている四肢末端型です。手足の末端が冷える末端冷え性といわれるタイプ。3つめは内臓型といって私が発見し命名したタイプで、体の中が冷えているけれど、外側は温かい。お腹の中が冷えているけれど手足は温かいというように、ちょっと矛盾した冷えがあるものです。
山内
手足はむしろ少し温かい。触ったら温かい感じがするけれど、内臓は冷えている。
伊藤
そうですね。4つめは全身型といって、体の外も内も全部が冷えている。女性の月経周期における低温期のようにセットポイントという体温の基準点が下がってしまっている状態になっている方もいますが、そうではなくて、体温を維持する熱が少ないため、自分の体温が低い外気温に奪われ冷えを感じる場合です。
要するに冷えというのは熱が逃げていくときに脳が、危険ですよという信号を出す。そのために冷えが不快になるのですね。その危険信号が強く出てしまい、普通の人以上に、冷えを強く認識して過敏になっているのが「冷え症」ということになると思います。
山内
「冷え症」の4つの分類ですけれど、一番多いのが下半身型ですね。これはどのぐらいの割合になるのでしょうか。
伊藤
私の冷え症外来でみている患者さんの中では約半数が下半身型です。これは主に老化が原因なので、男性も女性も最も多くなるのです。
山内
タイプ別にいろいろ紹介いただきましたが、病態的に絡むのは、やはり交感神経、副交感神経といったものでしょうか。
伊藤
そうですね。自律神経、特に体温を調整するのは交感神経が非常に重要です。冷えなどの寒冷ストレスは交感神経を刺激し、それによって、甲状腺が刺激を受けます。そこから体温を上げるための甲状腺ホルモンが出て、それによって、通常は褐色脂肪組織に働いて非ふるえ熱産生により熱を作っています。もう一つは筋肉で、これは骨格筋を動かしてふるえ熱産生により熱を作るのですが、どちらも老化により低下してきます。甲状腺機能が低下していたり、筋肉量が少ないと冷えやすくなります。特に男性の場合は、高齢になるにしたがって、冷えが強くなる傾向がありますが、これは動脈硬化で血流が低下するとともに代謝が落ちてくるために、熱が作りづらくなると考えられます。
またタイプ別に見ると、下半身型は下肢の交感神経緊張、四肢末端型は四肢の交感神経過敏、内臓型は全身の交感神経鈍麻(副交感神経優位)、全身型は全身の交感神経緊張が特徴です。
山内
さて用いられる漢方薬ですが、今紹介いただきましたタイプ別に、代表的なものを少しお話し願いたいのですが、まず多い下半身型、これに対してはどういった漢方薬が用いられるのでしょうか。
伊藤
下半身型の原因は、腰とか臀部の筋肉が硬くなり、足に行く、特に坐骨神経を圧迫すると、その中に含まれている交感神経が緊張し、足の動脈血管を絞めてしまうのが、足が冷える最も多い原因です。それを良くするためには、まず臀部や腰の筋肉を緩める必要があります。特に臀部の場合、梨状筋が硬くなっていることが多いので、それを緩め、なおかつ足の血流を良くするような漢方薬を使っていくのがベストだと思います。
山内
具体的にはどういったものになるのでしょうか。
伊藤
一番よく使われているのは、皆さんご存じかもしれませんが、八味地黄丸や牛車腎気丸という薬です。
山内
次のタイプとしては、四肢末端型が比較的ポピュラーということでしたね。
伊藤
そうですね。これは若い女性に比較的多くて、成人男性にはあまりないのですが、最近では、食事でかなりダイエット志向があったり、スタイルを気にして太らないようにしている若い男性などでは、若い女性と同じような四肢末端型になる場合もあります。この場合によく使われるのは、昔からよく冷え症の定番とされている当帰四逆加呉茱萸生姜湯という漢方薬です。これは四肢末端の血流を良くする働きがあるので、特にこの中に含まれる生姜や呉茱萸という生薬は、体温は上げませんが、末端の血流を良くする効果があるためよく使われます。
残る2つのうち、男性に多い内臓型だと、例えば体の中は冷えているが体の外側が温かいので、手足や顔がほてる場合もありますが、そういうほてりを取りながら、体の深部を温めるという意味で、まず最初に使うのは温経湯という薬です。温経湯は体表面のほてりを静め体の中を温める働きがあります。温経というのは経を温めるという意味で、女性によく使う薬です。しかし男性でも、内臓型の冷えの場合は、まずそういう薬を使って、それでもまだ冷えている場合は、体を温める薬を使っていきます。ただ、そういうときに使う四逆湯という漢方薬はエキス剤ではないので、エキス剤では真武湯という薬を使ったり、体を温める働きがある附子と乾姜が含まれる薬剤を使います。附子だけのエキス剤もあるので、そういうものをほかのエキス剤に加えていくような使い方をしていきます。
山内
少し専門的になりますね。
伊藤
そうですね。全身型も内臓型で冷えが強い場合と同じで、附子と乾姜が入っている漢方薬を使います。煎じ薬だとやはり四逆湯が代表的です。
山内
4つのタイプがありますが、合併していることもあるのですね。
伊藤
実際の分類としては、この基本4タイプ以外に局所型と混合型があります。例えば怪我とか血管の病変などで局所だけが冷えることがあるのですが、そういうタイプを局所型としました。もう一つは先ほどお話しした4タイプが重なっている場合。例えば、若いときには四肢末端型だった方が歳を取ってきて下半身型が加わると、両方が混在している状態になります。その場合はどちらの冷えが辛いかによって優先する治療薬を決めていきます。
山内
ありがとうございました。
※日本では「東洋医学」という言葉は「東洋の医学」という意味ではなく、主に漢方薬(湯液)治療と鍼灸治療を指す言葉として用いられてきました。最近では同様の意味で「漢方医学」という用語が用いられています。