池脇
最近注目されている心不全の質問です。HFpEFと一般的に言われていますが、左室の駆出力、左心機能が保持されているにもかかわらず発症する心不全のことです。左室機能が落ちて心不全は非常にわかりやすいのですが、きちんと動いているにもかかわらず心不全を発症するというのは、どういう病態なのでしょうか。
網谷
HFpEFとはPreserved EF、すなわち駆出率が維持されている心不全です。通常は収縮機能が落ちて心不全というのが一般的なイメージとして頭に浮かびやすいのですが、最近はそのEFが維持されていても心不全を発症する症例が増えてきています。そのメインの病態は、拡張が障害されていることによると考えられ、拡張機能を評価することが診断に有用です。ただ、最近はその拡張障害だけではなくて、その心臓外の末梢の臓器との関連や、comorbidity(合併症)との関連のほうが基本病態ではないかといわれ始めていて、HFpEFそのものの概念も少し変わりつつあると思います。
池脇
確かに、心臓は収縮してポンプになりますが、押し出すことと血液がきちんと心臓に戻ってくる、いわゆる拡張というファクターも最終的には心臓のパフォーマンスに影響を及ぼすというあたりで、最近HFpEFが注目されているという理解でよいでしょうか。
網谷
はい、そのとおりです。なおかつ、HFpEFは最近特に増加してきています。実際、疫学的にHFpEF自体は高齢者に発症しやすく、日本は特に高齢化が進んできているので、心不全の原因としてHFpEFであることを確認されることが多くなってきており、今後より一層重要な病態になると思います。
池脇
確かにそうですね。循環器科の病棟も心不全を繰り返す高齢者がけっこうな割合を占めているという中で、確かに心機能が落ちた方もいるけれども、HFpEFもけっこういますね。
網谷
おっしゃるとおりです。なので、HFpEFを今後どのように整理して適切な治療をしていくかが大事になってきています。
池脇
心不全の自他覚症状を呈されたら、心エコーでそのあたりを評価してその心機能に落ちているHFrEFとHFpEFを分けていくのだろうと思いますが、どのあたりが違うのでしょうか。
網谷
まず、心不全と思われる症例があると心臓超音波で心臓機能を評価します。そこでEFが低下している場合は、おそらくそれに伴う心不全の可能性が高いのではないかと判断されるのですが、EFが維持されている場合では、心不全の原因がどこにあるかをいろいろなかたちで検討します。もちろん弁膜症があれば、EFが良くても心不全になるので、弁膜症性の心不全を除外する。ただ弁膜症もない場合には、拡張機能の障害を疑い、心臓の超音波検査で、拡張障害、拡張機能を評価するもろもろの指標、代表的なものは、E/e’(イーバーイープライム)あるいは、左心房の容積やRVSP、推定の右室圧などを測定することで、拡張機能の障害を評価していきます。ただ、あまりにも拡張機能だけをみようとすると大事な病態を見落としてしまうこともあります。例えば代表的なものに、EFは維持されていても心不全になるような心筋症が幾つかあります。最近よく診断されるようになったアミロイドーシスやファブリー病など別の原因で、HFpEF様の病態を起こすものもありますので、そういった診断も見落としてはいけないということが注意点としてあると思います。
池脇
例えばアミロイドーシスを疑うような心エコーの所見があった場合には、HFpEFというよりも、アミロイドーシスによる心不全と考え、厳密には、HFpEFには入ってこないという理解でよいでしょうか。
網谷
一応、分類としてはHFpEFになるのですが、治療を考える場合にどのように分類するかが大事で、特定の原因が同定できないHFpEFの場合、HFpEFの一般的な治療薬で治療となります。しかし、アミロイドーシスだとアミロイドーシスに対する特異的な治療法というのがありますので、治療を考えるうえでは、HFpEFの中にもそういった治療可能なものがあるということを認識し、しっかりと検査を進めることも重要度が高いと思います。
池脇
心エコーでEFだけではなくて、拡張機能等もきちんとみたうえで評価することが大事なのですね。あと、心不全の場合、今はBNPあるいはNTproBNP、HFrEFとHFpEFで何か違いはあるのでしょうか。
網谷
基本的に、BNPやNT-proBNPは心不全の場合にはある程度上昇しますので、心不全の診断の役に立つという意味では、HFpEF、HFrEFともに重要だと思われます。ただ、HFrEFの場合は、BNPなどの値がなくても心臓超音波でEFが下がっている、という所見から心不全であるとしっかりと診断しやすいのですが、HFpEFは、収縮機能が正常なため、本当に心不全かどうかという診断の時点で難しい症例というのがあります。そのときにBNPという値は、診断のためにはかなり重要な検査法かと思いますので、そういう意味では検査の意義はむしろHFpEFのほうが大事かと思います。
池脇
確かに心エコーで動いている、でもBNPが高いから、この人は心不全だな、HFpEFかもしれないという流れになるのですね。
網谷
はい。先ほどお伝えした拡張機能の心エコーの指標はありますが、なかなか難しく、幾つか手法があるものの、そのすべてが合致するというわけではなく、どれか一個は合致する程度のことも多く、この一個を見れば、HFpEFを診断できるというわかりやすい指標があるわけではないのです。そういう意味では総合的な診断になるので、その中でBNPの診断における位置づけというのは非常に高いものがあると思います。
池脇
先生はこの病態で拡張障害とおっしゃいましたが、虚血の関与というのはどうなのでしょうか。
網谷
実際にHFpEFは、先ほども話したように年齢、あるいは糖尿病、高血圧など合併症に関連していることがあります。ただ、そういった合併症は虚血性心疾患のリスクにもなるので、HFpEFと虚血性心疾患が併存していることが多いと思われます。ただ、虚血性心疾患がHFpEFの原因になるかどうかというと、もちろんそういう症例もあるかと思いますが、必ずしもその結びつきが強いというわけではないと思います。
池脇
心不全には今やいろいろな新薬が登場しています。ただ、私の印象では主にHFrEFの方でエビデンスを積み上げていく一方で、なかなかHFpEFの心不全のエビデンスが少ないように感じていたのですが、最近は幾つか出てきているそうですね。
網谷
おっしゃるとおりです。一番重要な薬剤として、ここ数年で確立されたのはSGLT2阻害薬だと思います。こちらに関しては、最初HFrEFのエビデンスが構築されましたが、最近はEFに限らず、HFpEFに関しても心不全関連のイベントを抑制することが確認できています。今まで何もエビデンスがある薬剤がなかったところに、SGLT2阻害薬の到来はかなり意義のあることであったと思います。ただ、最近はそれに加えて、例えば女性に効きやすいとか、EFが少し低下した症例のほうがいいとか、そういった制限がありますが、ARNIの効果に関しても少しエビデンスが出てきていますので、HFpEFと診断されても有効な手法がなかった状況は大きく変わりつつあると思われます。ただ、先ほども話したようにHFpEFというのは合併症とのつながりが強いです。例えば、糖尿病や肥満、高血圧、心房細動が非常に多くみられ、そういった何に関連するHFpEFなのかを捉えたうえで、そこに介入する。例えば肥満の場合は減量を目指すなど、個々の症例に適した治療法も大事ですし、そのなかで、やはり運動療法、心臓リハビリテーションというのも、かなり重要度が高いと思います。
池脇
改めてですが、なぜSGLT2阻害薬がHFpEFやHFrEFといった心不全に効くのでしょうか。
網谷
そこは難しい質問ですね。ただ、実際、SGLT2阻害薬に関しては、糖の尿からの排泄を促すとともにナトリウムを尿から体外に出して、ナトリウムの負担を抑えるという意味で、利尿剤的な効果が一番わかりやすいです。ただ、それ以外のpleiotropicな効果について、いろいろ検証されてきているので。今後、そういったものがより明らかになることを期待したいと思います。
池脇
確かに高齢者でいろいろな合併症があって、例えばCKDをお持ちのHFpEFの方であれば、このSGLT2阻害薬が心不全と腎保護作用、両方の役割を担うという意味では非常に重要な薬という位置づけになってきたと思います。どうでしょうか。
網谷
おっしゃるとおりですね。先ほど話したように、HFpEFに関してはいろいろな合併症が出てきます。その中で先生にご指摘いただいたように、糖尿病や慢性腎障害に関してもHFpEFとのつながりが大きいです。一方でSGLT2阻害薬というのは糖尿病ではもちろんのこと、慢性腎障害に関してもエビデンスがあります。また心筋に対しても、もしかしたらよい効果もあるかもしれないといわれているところから、一石三鳥的な効果があると思われ、それもあってよりエビデンスとしては早く確認された部分があるかと思われます。今後、こういった薬剤をうまく調整して治療にあたっていくことが重要かと思います。
池脇
どうもありがとうございました。