大西 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版というテーマでお話をうかがいます。
岡村先生は、このガイドラインの委員長をされていました。5年ぶりの改訂で、何か重要なご指摘がありましたら教えていただけますか。
岡村 日本動脈硬化学会のガイドラインは、実は前々回の2012年のときから、日本のガイドラインで初めて絶対リスクを導入しています。絶対リスクとは実際の発症確率や死亡確率になりますが、それに基づいて治療方針を決めるということを導入しています。2012年のガイドラインでは、冠動脈疾患の死亡を評価する、NIPPON DATA80のリスクチャートを使っていました。これは死亡リスクです。もちろん発症リスクのほうが有用なので、前回の2017年のガイドラインでは、吹田スコアに基づく冠動脈疾患の発症を絶対リスクの評価に使っていました。ただ、その間幾つか議論がありました。欧米のガイドラインでは、脳卒中と冠動脈疾患を合わせたリスクスコアを使っているので、脳卒中をどう扱うかという問題がずっと議論として行われていたということになります。
大西 そういうことですね。それで、今回の改訂のキーワードとしては、トリグリセライドと糖尿病、アテローム血栓性脳梗塞に重点を置かれているとうかがっています。随時のトリグリセライドの基準値設定の考え方とリスクをどう考えるかといった点について、教えていただけますか。
岡村 トリグリセライドはずっと、空腹時の基準値だけ150㎎/dLという値に設定されていました。先生方はご存じだと思いますが、食後に値が高くなる方が多いものの個人差がありすぎて、血糖値のような基準というのは、なかなか決めることができなかったのですが、日常的に非空腹時で来られる患者さんもけっこういますので、その設定を決めておく時代になったのだろうということが一つです。それから、実際のリスクというのは空腹時だけではなく、随時のトリグリセライドが高くても冠動脈疾患等の発症リスクが上がることがわかっているので、基準値を決めなければいけないということになりました。日本の疫学研究をざっと網羅すると、随時のトリグリセライドでリスクを見ている研究が幾つかありまして、代表的なCIRCS研究やNIPPON DATAでも公表されているように160㎎/dL台の後半から200㎎/dL台の前半ぐらいからリスクが上がってくることが示されています。ただ一つの値に決めるのは非常に難しく、ここは議論があったところなのですが、実は欧州のステートメントが175という基準を作っていて、150~200㎎/dLの間であることは間違いないということで、今回は欧州と合わせた随時のトリグリセライドの基準値を設定しました。
大西 健康診断だと、必ず空腹で来てくださいとか、普段のトリグリセライドとの乖離があって現場で悩むこともありますが、トリグリセライドの随時の値もけっこう重要だと考えてよいのですね。
岡村 はい、そうですね。
大西 それでは次に、先ほど絶対リスク評価のことがお話に出ましたが、その指標としていろいろなスコアを検討しているとガイドラインに書かれていると思いますので、そのあたりを少し教えていただけますか。
岡村 先ほども少しお話ししましたが、脳卒中をどう取り扱うかということになります。ところが、日本の疫学研究で見ますと、脳梗塞全体になってしまうと、実はLDL-コレステロールの上昇などと、あまり関連を示しません。脳梗塞にはラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓という主に3つのタイプがありますが、はっきり脂質異常と関連が認められるのはアテローム血栓性脳梗塞だけです。ラクナ梗塞は、高血圧の影響が非常に強いですし、心原性脳塞栓は心房細動の影響が強いので、アテローム血栓性脳梗塞だけが冠動脈疾患と同じような関連を示します。したがって、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた発症リスクを予測するということで、今回、久山町のスコアを採用しました。
大西 具体的にはどのようなスコアなのでしょうか。
岡村 九州大学でされている久山町研究は非常に有名で、住民の方をずっと追跡して亡くなった方の剖検まで行い、エンドポイントを非常に緻密に取る研究です。日常診療で使う指標なので、これは年齢、性別、収縮期血圧、糖代謝異常、LDL-コレステロールとHDL-コレステロール値、それから喫煙の有無を組み合わせて、10年以内の発症確率を評価するものになっています。
大西 次にその二次予防の対象ですね。アテローム血栓性脳梗塞が追加されたと思うのですが、そのあたりについて教えていただけますか。
岡村 はい。動脈硬化性疾患を発症された方は危険因子の値にかかわらず非常にリスクが高いことは、ご存じのとおりかと思いますが、二次予防では、そういう人たちのLDL-コレステロールをどのぐらいのレベルまで下げるかということです。ヨーロッパでは55㎎/dL未満など非常に低い値を設定しているところがありますが、日本の場合は一般的に二次予防のLDL-コレステロールの管理目標値は100㎎/dL未満というのを使っています。前回のガイドラインからカッコ付きで、特にリスクが高い場合は70㎎/dL未満と設定しましたが、今回はそのカッコを外して、基本100㎎/dL未満ですが、70㎎/dL未満というのも、一般的なものとしました。では、どういう人を対象にするかということは従前と同じですが、急性冠症候群と家族性高コレステロール血症の方とはっきり設定しました。冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合併している方は非常にハイリスクですので、今回、新たに70㎎/dL未満としました。
それから、適用拡大ということになりますと、糖尿病がある方で二次予防対象は自動的に70㎎/dL未満ということになりました。前回はハイリスクの糖尿病だけが70㎎/dL未満だったのですが、今回は二次予防で糖尿病であれば70㎎/dL未満を目指し、厳格なLDL-コレステロールの管理をしていくこととしたので、今回そこが変わったのだろうと思います。
大西 糖尿病の場合いろいろ合併症があったり、喫煙をしてもLDL-コレステロールの管理目標値というのは、やはり同じように考えてよいでしょうか。
岡村 そうですね。二次予防の場合は、すでに1回発症している時点でハイリスクですから、基本的には70㎎/dL未満です。今、おっしゃったことは非常に大事なことで、実は一次予防の方でも糖尿病がある場合は、高リスクなので120㎎/dL未満で一次予防になるのですが、喫煙や細小血管合併症を伴うような糖尿病であると、一次予防では100㎎/dL未満になると今回設定が変わっています。だから、今回は全体的に糖尿病に対しては、厳しめの管理目標値を設定したということになるかと思います。
大西 新たな項目として幾つか追加されたことがあると聞いていますが、教えていただけますか。
岡村 ガイドラインそのものとしてありそうでなかったものとしては、続発性脂質異常症です。例えば、甲状腺機能低下症が非常に典型的だと思いますが、意外と今までガイドラインに章立てがありそうでなかった部分です。それから、あとは飲酒の取り扱いです。喫煙についてはガイドラインにきちんとあったのですが、飲酒はやはり取り扱いが難しいというか、ご存じのとおり疾患との関連性に二極性があったりして難しいので、今回、初めてそれも取り上げました。併せて、いわゆる脂肪肝にもNAFLD/NASH、アルコールと関係ない脂肪肝みたいなものがあります。これについても、まだ治療のエビデンスとまではいかないのですが、リスクのある病態として、脂質異常症との関連が強いこと、それからある程度、ものにもよりますが、動脈硬化性疾患の発症リスクが高くなるということについて、今回記載しました。
大西 食事療法、運動療法は患者さんに勧めますが、具体的なやり方などもガイドラインには出ているのでしょうか。
岡村 食事療法について、基本的には、コレステロールの摂取等に目が行きがちなのですが、エビデンスレベルをみると、実は飽和脂肪酸の摂取が、血中のLDL-コレステロールに一番効いています。すると、その飽和脂肪酸を控えると、代わりに、例えば多価不飽和脂肪酸か一価不飽和脂肪酸を摂る感じになるので、脂肪のバランスが、食事療法上は非常に大事だということになります。そちらのほうがむしろエビデンスレベルが高い感じになるので、そこは注意していただくことになるかと思います。ただ、やはりこれも個人差やコンプライアンス、患者さんの特性によってかなり変わってきます。基本的にガイドラインは、あくまでも指針ですので、普段よく見られている医師が、その患者さんと話し合って、治療方針を決めていくこともガイドラインで明記したところです。運動については有酸素運動を基本にしていますが、レジスタンス運動等についてもレビューしており、もう少しエビデンスがあるとどういうものがより効果的かを示すことができるのではないかと考えています。
大西 ありがとうございました。
動脈硬化性疾患の予防を考える(Ⅰ)
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版
慶應義塾大学衛生学公衆衛生学教授
岡村 智教 先生
(聞き手大西 真先生)