池脇 機能性ディスペプシア(FD)と逆流性食道炎との鑑別についての質問です。二神先生には4、5年前にもFDの解説をいただいていますが、当時のFDのガイドラインは2014年で、その後2021年に新たなガイドラインが出ました。まず新しいガイドラインはどのあたりが変更になったのか教えてください。
二神 2014年当時は、まだFDの論文もそれほど多くなかったのですが、それから非常に多くの論文が出まして、新しい2021年版は病態についてBQ案という、いわゆるバックグラウンドクエスチョンとして確立された概念が出ています。2021年版のFDガイドラインの特徴の一つであり、大きな変更点は、FDの診断そのものの根幹にかかわるところですが、内視鏡検査自体が必ずしも必要ではないということです。もう一点はFDの治療薬についてです。先生方もご存じのとおり、保険適用になっているものはアコチアミドだけですが、実際に使われている様々な薬のエビデンスを明確に分けて示していることが、新ガイドラインの2つ目の大きな特徴です。
池脇 今はいろいろな領域のガイドラインがクリニカルクエスチョンに対してエビデンスに基づいて解説をしていて、治療に関しても、推奨レベルでA、Bなど、きちんとレベル分けをしてわかりやすくなっていますね。もう一度確認したいのですが、FDは器質的なものがないことが前提の除外診断となると、やはり胃カメラが必要ではないかとお考えの医師もいると思います。具体的にはどういう状況であれば、必ずしもいらないのでしょうか。
二神 そこは非常に重要な問題点で、やはりFDの診断には器質的な疾患を除外することが非常に大きなポイントです。もちろん胃がんや潰瘍などを見落としてはいけないという意味では、そういう疾患の好発年齢の方は、基本的に内視鏡検査が必須であるという考えは正しいです。しかし例えば、高校生や中学生などの非常に若い患者さんで、いろいろな人間関係でストレスを感じていて胃痛や胃もたれのFDの症状が出ているような、ある程度、因果関係がはっきりしていてなかなか内視鏡検査を受けたりするのがたいへんな患者さんに対しては、必ずしも胃カメラは必要ではないでしょうというコンセプトでガイドラインに盛り込まれた経緯があります。
池脇 改めてFDの頻度を見ると健診レベルでは11~17%、上腹部の症状で受診された方では、半分近くとなっていて多いコモンディジーズである気がしますが、どうでしょうか。
二神 おっしゃるとおり、疫学的に先進国では十数%であるといわれていますが、数年前の統計で、私たちが上部消化管内視鏡検査を行った場合に、器質的な疾患を認めるのは、5~6%ぐらいであることを考えると、患者さんにとって内視鏡検査を行うのがたいへんな中で相当な症状があって、検査をしても症状に見合う病変がない方が9割を超えていることを考えますと、かなりの方がFDになります。日本のガイドラインでは病悩期間が約1カ月なので症状が1カ月程度続く方となりますと、先生が言われたように、6割近い方がFDであると考えてもいいのではないかと思います。
池脇 この質問で反省したのは、なにかそういう訴えの方がいて、胃カメラをやったら、ほぼ正常で何もないから大丈夫、で終わってしまうことが多いのですが、そういう方がFDで苦しんでいる場合もあるので、そのあたりをきちんと見ていく必要があるのですね。
二神 そうですね。思わぬ病気が隠れていたりすることもありますし、患者さんによっては、かなり症状が長引く方がいます。こういう方は非常に真面目ですので、ある程度早いうちにきちんと診断をつけてあげることが重要で、長引いてくるとますます治りにくくなることもあるので、いろいろな鑑別が重要かと思います。
池脇 FDを疑ったときに逆流性食道炎との鑑別をするためにどういう違いがあるのか教えてください。
二神 粘膜障害のある逆流性食道炎といいますと、やはりFDと違うということになります。食道に潰瘍があったり、グレード分類でいうと、mucosal breakがあるようなA、B、C、Dのあたりは逆流性食道炎ということで、完全にFDと鑑別することができると思いますが、多くの逆流性食道炎は、NERDといわれる非びらん性胃食道逆流症という病名になります。これは内視鏡的には異常なものがほとんどない、あえていうと色調変化があるかなという程度ですので、そういう意味では実はFDとオーバーラップしていることが多く、FDプラス逆流症状、あるいはFDプラス過敏性腸症候群の便通異常を合併しているものなど様々あるのです。実はFD患者さんの多くが、オーバーラップ群で、FD単独の症状の方は、かなり少ないといわれています。では、どのタイプのオーバーラップが多いかというと、やはりFDと胃酸逆流の症状をオーバーラップしている、つまりFDプラスNERDが、最も頻度が高いといわれています。この医師の質問は至極まっとうですし、日常的によくあります。
池脇 違いというよりも、合併することもあるという前提で考えると、今は逆流性食道炎鑑別ということですが、FDを考えたときに、ほかのものを考える必要はないのでしょうか。
二神 FDのような症状がずっと続いてPPIよりも非常に酸を抑える力の強いボノプラザンを使っても、なお症状があるとなると、なにか別の疾患、例えば、膵疾患が隠れているもしくは、膵臓の機能障害を合併している方が、なかなか症状が取れないということになります。従来のようにPPI、H2ブロッカー、あるいはボノプラザンのような酸関連疾患と同じように扱ってなかなか症状が取れないとなると、これはやはり膵疾患を疑います。もう一点は内視鏡的にあまり異常がないけれども、症状が続くという意味では、好酸球性胃腸炎です。これはバイオプシーをしないと診断がつかないものですから、長くFD症状がある方は胃や十二指腸から生検をして好酸球を調べて、一応、その辺りのルールアウトをしています。
池脇 慢性膵炎というと、なにか画像上の異常がきっかけかと思ったのですが、おそらく、それより前の早期に出てくる症状がFDの症状と類似するということは一つ頭に入れておいたほうがいいですね。
二神 おっしゃるとおりで、現在、慢性膵炎に移行するには7、8年ぐらいかかるといわれていますが、その前段階に早期慢性膵炎という病態があり、これもまさしくFDと同じ心窩部痛があります。そして膵酵素異常と先ほど述べました膵機能障害があって一日60g以上の飲酒、あるいは膵臓の酵素に関する遺伝子異常を認める場合。この5つの項目のうち3つ以上があって、超音波内視鏡で所見があると早期慢性膵炎になるのですが、実は臨床症状は早期慢性膵炎とFDは基本的に類似していて、臨床症状だけでは鑑別できないといっていいと思います。
池脇 最後に、質問後半部分の胃食道病変に対してのPPIとヒスタミン拮抗薬の使い分けについてです。イメージではPPIのほうが強めかと思いますが、いかがでしょうか。
二神 おっしゃるとおりだと思います。ですから、mucosal breakがないのであれば、PPIのほうがハイパワーですので、PPIをファーストチョイスするのがよいと思います。一方で夜間の胃食道の逆流を抑えるという意味では、PPIが効かない方に関しては、さらに寝る前に、H2ブロッカーを上乗せするのが、治療としては非常に良いのではないかと思っています。
池脇 ありがとうございました。
機能性ディスペプシア
日本医科大学武蔵小杉病院副院長(日本医科大学消化器内科学教授)
二神 生爾 先生
(聞き手池脇 克則先生)
機能性ディスペプシアと逆流性食道炎の相違、胃食道病変に対するPPI製剤とヒスタミンH2拮抗剤の使い分けについてご教示ください。
北海道開業医