ドクターサロン

大西

加藤先生、「小児がんサバイバーの未来」というテーマでお話をうかがいます。

小児がんのサバイバー、いわゆる小児がんの経験者は、治療の進歩に伴って増えてきているのでしょうか。

加藤

はい、おっしゃるとおりだと思います。以前は不治の病というイメージが強かったと思うのですが、治療の進歩によって、治療成績が大きく改善しました。今、小児がんの治癒率は70%を超えてきているので、小児がんを克服して成人になったような小児がん経験者が多くなってきています。いろいろな集計がありますが、現時点では、だいたいAYA世代、いわゆる16~40歳くらいまでの方の500人に1人から1,000人に1人が、小児がん経験者だといわれています。

大西

小児がんの内容は、やはり血液疾患が多いのでしょうか。

加藤

おっしゃるとおり造血器腫瘍のサバイバーが多くなっています。小児がんは成人がんと異なり、約4割程度が造血器腫瘍、残りが固形腫瘍ですので、成人がんの分布とは異なっています。

大西

治療の進歩で30代ぐらいの方も増えていると聞いていますが、元気にされている方が多いのでしょうか。

加藤

治療の進歩により、なるべく合併症を残さないように元気に治った方が増えてきているのは事実です。一方で、やはり強い治療を小児期に受けますので、何らかの晩期合併症と一緒に成長している方が多くいるのも事実です。

大西

小児期の治療は、化学療法や放射線療法、移植あるいはがんそのものが影響しているということなのでしょうか。

加藤

はい、そのとおりだと思います。小児がんは化学療法の感受性が高いので、治癒をさせるために強力な化学療法、もしくは放射線照射を行うことが多いです。あとご指摘のとおり、脳腫瘍などにおいては腫瘍そのもので様々な晩期合併症を残すこともあります()。

大西

元気にされている方が多いというお話でしたが、中にはお困りになっている方もいらっしゃるのでしょうか。

加藤

はい、全身的に外から見ると元気にされているような方でも、やはり少しずつ合併症を抱えている方が多いとされています。様々な集計がありますが、程度がそれほど重くないものまで含めると約半数から8割以上の小児がん経験者の方が、何らかの合併症を抱えています。外から見れば程度としては軽いものであったとしても、本人にとってみれば非常に重要な問題なので、そのような合併症を抱えた小児がん経験者をいかに支えるかが重要だと思っています。

大西

具体的にどのような合併症が知られているのでしょうか。

加藤

最も多いのは、いわゆる内分泌関係のホルモンの分泌不全だと思います。甲状腺や成長ホルモンの分泌不全、また強力な化学療法や造血幹細胞移植、放射線照射によって、卵巣機能もしくは性腺機能の障害がある方も多いです。

大西

ほかの領域ではどういった合併症がありますか。

加藤

アントラサイクリン系の抗がん剤の累積の投与量が多くなると、心臓の問題が出てくる方がいます。心臓の問題は、むしろ成人期になってから顕在するようなこともありまして、やはり40~50代になってから心疾患が多くなる、もしくは血管障害が多くなることも知られています。また、女性のサバイバーにおいては、妊娠を契機に心不全が顕在化することもあります。アントラサイクリン系の心不全に対する治療は確立していませんので、中には心臓移植の適用になる方もいます。

大西

例えば糖代謝や骨の代謝とか、そういったことに影響が出る場合もあるのでしょうか。

加藤

ご指摘のとおり、小児がんのサバイバーの晩期合併症は、本当に全身の多様な臓器に及びます。小児がんのサバイバーは、一般的な人口に比べて糖尿病の発症リスクが高いことも知られていますし、ご指摘のとおり骨密度が低下し、長期的には骨粗鬆症を抱える方も多くいます。

大西

昔からみていただいていた小児科医と、大きくなられて成人の医療をされている医師との連携は、スムーズにいかない場合もあるかもしれませんが、どのようにされているのでしょうか。

加藤

小児がんだけではなく、様々な小児疾患が慢性期に移行できるようになってきて、ご指摘のような成人期への移行期支援というようなものが、課題として浮き彫りになっていると思います。当初、小児科医は小児がんのサバイバーの多くをずっと小児科でみていると思っていましたが、やはり20~40代になってくると、様々な合併症の病態が変化していって成人疾患に近づいていきます。そのようなときに小児科医が果たして本当に上手に診療できるかと言われると、やはりそうではないという考え方になってきました。むしろ、小児科医が中心となって様々な成人の診療科と連携をして、成人の診療科とともに長期フォローアップするような体制をつくることが重要だと考えています。

大西

内分泌疾患が多いという話でしたが、サバイバーならではの異常について少し教えていただけますか。

加藤

問題になっていることは多くありますが、特徴的なものの一つは、いわゆる妊孕能の低下なのではないかと思います。

大西

やはり、難しいのですかね。

加藤

化学療法を投与されている内容にもよりますが、造血細胞移植を受ける、もしくは、シクロホスファミドを大量に投与されていることで、妊孕能は非常に低下します。実際には、妊娠できる可能性は10%未満といった小児がんサバイバーも多くいます。

大西

うまくいったケースでも何か異常が多いとか、そういったこともあるのでしょうか。

加藤

幸いにも妊娠できた場合に、その自身に対する影響は非常に少ないといわれているので、妊娠できる確率が下がるという報告になっています。

大西

妊孕能以外に、何かほかの内分泌の分野で、サバイバーならではの特徴があったら教えていただけますか。

加藤

ご指摘のとおり、多様な内分泌合併症が生じます。甲状腺機能低下や成長ホルモンの分泌不全も多くあります。また、先ほどの話にもありましたとおり、糖尿病などの糖代謝疾患の合併が多くなりますので、合併症が多くなると思います。特に甲状腺機能低下症は、甲状腺付近に照射されたり、もしくは造血細胞移植を受けた方は非常に発症の確率が高く、また気づかないうちに見逃されていることも多いのではないかと思います。先ほどの議論にありましたような長期的な戦略を持って、成人診療科と密な連絡を取った診察が重要だと思います。

大西

サバイバーの方の年齢も徐々に上がってきて、どのような状況ですか。

加藤

やはり40年前まで、小児がんは、ほとんど治らない病気だったというのも事実です。小児がんの経験者で一番年齢が高い方は、まだ50~60代が少数いる程度ではないかと思います。ただ、今後、数が増えていくと思いますので、成人期になってから、もしくは老年期に差し掛かってからの小児がん経験者の健康管理ということは、今後、新たに出てくるような問題なのではないかと思います。

大西

そういった方々の支援が非常に重要だと思いますが、具体的にどういった支援をしていったらよいと思われますか。

加藤

小児がん経験者の多くで問題になっているのは、支援が不足していることだと思います。小児がんを治療している最中、小児期に関しては様々な公費の制度で治療もしくは、通学通園等の補助が受けられるのに対し、成人になった途端にそのような支援が切れてしまうことが非常に多いです。小児がんの克服者がきちんと小児がんを乗り越えたことを尊敬されるべきだと思っていますし、そのための支援が十分になされる必要があると思っています。

例えば、長期フォローアップの重要性というものが、がん対策推進基本計画などにも組み込まれてはいますが、小児がん経験者の通院に対する経済的もしくは様々な支援が十分なされていないというのも事実です。しっかりとフォローアップに通っていただくためにも、経済的、社会的な支援は非常に大きな問題だと思います。

大西

がんのサバイバーの方が改めて、何かの発がんを起こす場合もあるかと思いますけれども、そういったリスクが高いのでしょうか。

加藤

現在、一般人口においても、2人に1人が発がんする時代ですが、小児がん経験者は様々な理由で発がんの頻度がやはり少し高いということが知られています。この二次がんといわれるものは、小児がんの長期サバイバーの最も重要な合併症死亡のリスクになっていると考えられています。ですので、「治す」ということはもちろん重要ではありますが、私たち小児科医はできるだけ治す確率を高く保ったまま二次がんのリスクを回避できるように、放射線照射を最小限にするなどの治療開発に取り組んでいます。

大西

心理的なサポートや社会的なサポートは非常に重要だと思うのですが、どのようにしたらよいのでしょうか。

加藤

先生がおっしゃるとおりで、私たちは小児がんのサバイバーを、頑張った、たいへんな思いをして乗り越えた子どもとして接してあげたいと思っています。かわいそうな子、辛い思いをしてしまった子どもではなくて、たいへんな経験を乗り越えて強い心を持った子ども、と尊敬してあげたいと思います。一方で、様々な身体的な合併症を抱えていることが多いです。自分が同い年の子たちに比べて、これができないなど、様々な制約があるのも事実ですので、そのようなメンタル的なサポートもしっかりとしてあげることがとても重要だと思います。

大西

将来的には、長生きされる方がどんどん増えてくると思いますが、今後の展望は、どのような状況が予想されますか。

加藤

小児がんが治るようになってきた今、小児がん経験者、小児がんサバイバーがどんどん増えてくると思います。その中にはやはり残念ながら、一定の確率で合併症を発症する方がいると思います。そのような方を、たいへんな病気を乗り越えた子どもとしてしっかりと周囲が尊敬をしてサポートしていく。本人自身が頑張った昔の自分を褒めてあげられるような社会をつくってあげたいと思っています。

大西

貴重なお話をありがとうございました。