池田
内視鏡補助下甲状腺手術(VANS)についての質問です。長岡先生がご専門の内分泌外科というのはどのような科なのでしょうか。
長岡
ホルモンを扱う臓器の外科で、基本的には甲状腺もしくは副甲状腺の手術を行う分野です。施設によっては、副腎の腫瘍の手術も行っているところもあります。
池田
内分泌外科と標榜している大学病院は少ないと思いますが、そのときは、どの科が対応されているのですか。
長岡
病院医局にもよりますが、一般外科の医師が行う施設もありますし、耳鼻科、頭頸部外科の医師が行う施設もあるので、その病院ごとによって、棲み分けされている分野かと思います。
池田
内分泌外科があれば、内分泌外科医が手術されて、そのほか、標榜していないところは境界領域になるのですね。
長岡
そのとおりだと思います。
池田
そういう意味では内分泌外科と標榜していただくほうが、何か安心できるような感じがしますね。 VANSというのはどうして開発されてきたのでしょうか。
長岡
甲状腺腫瘍、甲状腺疾患はほかの病気と違って、若い女性に多い病気です。首にある臓器なのでかつて手術を必要とした際は、頸部に大きな傷が残って目立ってしまうといった欠点がありました。今は、首に傷を残さない手術ができないかと25年前に開発された、内視鏡を使った手術になります。
池田
日本医科大学がルーツとうかがいました。
長岡
そうですね。当院の清水一雄名誉教授が日本で初めて報告した手術になります。
池田
どのような疾患が対象になるのでしょうか。
長岡
大きく3つに分けられ、良性腫瘍、悪性腫瘍、それからバセドウ病が適用になります。当院では良性腫瘍であれば、大きさが6㎝以下ぐらいの大きくない腫瘍を適用としています。悪性疾患の場合は、主に乳頭がんと考えていますが、甲状腺から外に出ない腫瘍で、リンパ節転移がない、あるいはあっても最小限度のものを適用としています。バセドウ病については、これも甲状腺が大きくないものと限定していますが、およそ60g以下の甲状腺を適用と考えています。
池田
大きさは、エコーで見るのでしょうか。
長岡
はい。手術前にエコーとCT検査を行って、病気の大きさと広がりを評価した上で適用かどうかを判断します。
池田
悪性であれば、左も右の片葉も両方とも取ってしまう全摘ですが、陽性の場合だと片葉を取ったりするのでしょうか。
長岡
基本的には腫瘍があるほうの半分の甲状腺を取ります。悪性であっても、ステージによっては、基本的には全摘はせず、半分だけで済む場合のほうが多いと思っています。
池田
バセドウ病は全部取ってしまうのでしょうか。
長岡
そうですね。バセドウ病は全摘術が基本になりますので、この場合は左右両方から傷を置いて取る必要がありますが、全摘術を行います。
池田
実際の手技というのはどのように行われるのでしょうか。
長岡
首につける傷を片側の鎖骨の下に動かしてくるイメージですね。片方の鎖骨の下に3㎝ぐらいの、小さな傷を置いて、そこから頸部に向かって皮下のトンネルを作って、首を吊り上げながら空間を作って、手術をしていきます。
池田
やはり内視鏡が使われるので、内視鏡の管が1本入って、そのほか、鉗子などで何本か管が入るのでしょうか。
長岡
そうですね。内視鏡のカメラが1つと鉗子類を2本か3本使いながら手術を行います。
池田
実際には、内視鏡を見ながら、まずトンネルを作っていくのですね。
長岡
はい。
池田
それで、筋肉のところにいくと、そこもやはり分けていくのでしょうか。
長岡
そうですね。筋肉の間をきれいに分けて、甲状腺の表面を出して、その周りから入ってくる血管を1本ずつ凝固切開しながら取っていく感じです。
池田
実際に、筋肉の下に甲状腺が見えたとき、どのように見えるのでしょうか。
長岡
正常の大きさであれば、縦に4、5㎝ぐらいで、うずらの卵ぐらいの大きさかと思います。腫瘍があれば、そのぶん大きく見えるような感じですね。
池田
それで、実際に血管を凝固して止めながら、被膜を開いていくのでしょうか。
長岡
そうですね。被膜のギリギリを切っていって、血管のあるところは焼いていく感じです。
池田
片葉切除の場合は、真ん中からズバッと切りながら凝固して、血液を止めるのですか。
長岡
はい。エネルギーデバイスを使って、峡部を切っていきますので、そこからの出血は基本的には心配はいりません。
池田
時間はどのぐらいかかるのでしょうか。
長岡
片葉切除であれば、およそ2時間前後でできるかと思います。
池田
従来の首のところに傷を作る方法だと1時間ぐらいですか。
長岡
そうですね。従来の方法だと、1時間で済むところが、内視鏡の手術だとプラス1時間で、2時間ぐらいかかるというところです。
池田
それにしても、傷が目立たないというのは、やはり若い女性にとっていいことですよね。
長岡
そうですね。
池田
手術が終わって、首の付け根に内視鏡の5㎜ぐらいの傷と、鎖骨のところに3㎝ぐらいの傷ができます。やはり気になるのは合併症があることだと思うのですが、どのようなものがあって、どのように対処されるのでしょうか。
長岡
内視鏡手術特有の合併症としては、鎖骨の下から頸部まで広く、皮弁を作りますので、その領域に一致して、感覚がしばらくしびれたり、突っ張る感じがしたり、といった頸部の違和感がしばらく続くことは、どうしても起こります。ただ、数カ月ぐらいかけて徐々に治ってくることが多いので、その点は最初に患者さんに十分に説明する必要があると思います。
池田
あと、反回神経などの損傷はあまり起こらないのでしょうか。
長岡
甲状腺手術で反回神経を傷つけないようにすることが大事ですが、術中神経モニタリングという、神経を同定する器械がここ数年で使えるようになりましたので、内視鏡手術でもそれを用いて、安全に手術を行うことが可能です。
池田
手術の時にトンネルを作ったりしますが、例えば皮下気腫が残ったり、血腫になったりなどはないのでしょうか。
長岡
ガスを入れるような手術ではないので、皮下気腫などはほとんど起こりませんし、出血も十分に止血を確認して、止血効果のあるデバイスを使ってできるので、大きな心配はいらないと思います。
池田
それは安心ですね。25年前からやられているということですが、その時から内視鏡も含めてデバイスがかなり改良されてきていると思います。25年前に見られた術野と、今、先生が使われている器具で見られる視野とでは、やはりだいぶ違うのでしょうか。
長岡
そうですね。まずカメラの精度も上がりましたし、凝固切開するデバイス、それから鉗子類等も改良を重ねてきましたので、非常に手術の精度が上がっているかと思います。
池田
VANSの時は止血をしながらといわれていますが、これもクリアに血管とか神経が見えるのでしょうか。
長岡
はい。内視鏡で拡大された視野が得られますので、その出血などもしっかり確認することは可能かと思います。
池田
小さな血管も見えるのですか。
長岡
はい。
池田
確実に止血したかどうかも、そこで見えるのですね。
長岡
そうですね。
池田
今日は甲状腺の手術の話ですが、このVANSの技術は副甲状腺などでも使えるのでしょうか。
長岡
はい、条件にもよりますが、副甲状腺の手術にも十分に適用があるかと思っています。
池田
ちなみに、甲状腺と副甲状腺の位置関係はどのようになっているのでしょうか。
長岡
副甲状腺は甲状腺のだいたい裏側に、上下左右、合計4個あるのが一般的で、そのうちのどれかが腫瘍化した場合に、手術が必要になりえます。
池田
その裏側にVANSで到達するというのは、甲状腺を少し侵すという感じなのでしょうか。
長岡
はい、甲状腺を裏側にひっくり返しますと、大きい腫瘍であれば、副甲状腺腫もしっかりと見えてくるので、そこだけを取ってくる手術を行うことになります。
池田
では甲状腺手術だけでなくて、副甲状腺手術もできるということですね。
長岡
そうですね。十分適用かと思います。
若い患者さんが多い分野ですので、SNSで主に患者さん向けのページを作っており、手術の説明や傷がどのように治るのか、手術の方法、合併症などにも触れています。よければ、ご参照いただければと思います。
池田
VANS-SURGERYと書いてあるところですか。
長岡
はい。甲状腺内視鏡手術の情報ページというタイトルで掲載しています。
池田
どうもありがとうございました。