ドクターサロン

 池脇 高血圧の質問は、ときどきいただきますが、腎臓が1つしかない片腎患者さんの高血圧に関してという、非常に限定的な状況での高血圧の管理・治療の質問をいただきました。石光先生は高血圧の専門医ですが片腎の患者さんの背景、原因というのは、腎癌の摘出後やドナーで片方の腎臓提供をした方が多いのでしょうか。
 石光 はい、そのとおりですね。片方の腎臓を失うことの理由としては、今おっしゃいましたように、生体腎移植のドナーの方、あるいは腎細胞癌で片方を摘出した方が多いと思います。そのほかには、外傷で失うこともありますが、腎移植のドナーと悪性腫瘍による片方の腎臓の摘出を経験することが最も多いと思います。
 池脇 もちろん腎臓が1つになった時点で、すでに高血圧を持っていることになるかもしれませんが、実は以前も、このドクターサロンで似たような質問をいただいたことがあり、最初は正常の血圧だったという方も、何年かフォローしていくと、やはり腎機能がだんだんと衰えてきて、いろいろな腎障害、あるいは高血圧を合併するリスクが高いという話でした。今でもそういう見解なのでしょうか。
 石光 そうですね。腎臓に影響する高血圧とか糖尿病などの生活習慣病の影響は片腎であっても両腎であっても、変わらないのですが、腎臓を片方失いますと、当然、腎機能は半分になります。ただ、腎臓には代償機能があるので、時間が経つと2、3割ぐらいは回復代償されます。ですから、GFRでいうと100あったのが一時的には50まで低下するのですが、その後、半年、1年経つと70ぐらいまでは回復して、その後、それくらいのGFRがずっと維持されることになります(図12)。その後、腎不全になるリスクがどれくらいかが気になるところだと思いますが、日本ではあまりしっかりとしたデータが出されておらず、アメリカの大規模の検討だと、人種や性別によっても違いますが、平均して将来的に腎不全、透析になる確率は0.1%ぐらいという結果が出されています。それがドナーで片方の腎臓を提供した場合には0.5%ぐらいと約5倍になるのですが、いずれにしても1%以下という低い確率なので、腎臓を提供することの妨げにはならないと考えられています。
 池脇 腎不全のリスクに関しては、たかだか0.5%にしても、例えば、腎不全の患者さんは、腎臓が原因で亡くなるよりも、心血管疾患で亡くなる方が多く、腎不全による高血圧、脂質異常症等が、最終的に予後を決定するのであれば、やはり腎臓が1つになった方は、経年的、加齢的な腎臓の機能障害によって付随的に起こる様々な合併症の一つが高血圧ということなのでしょうか。
 石光 はい、そのとおりですね。腎臓の片方を摘出した場合には、両方とも腎臓がある人に比べて、腎不全になる確率は、数字的には低いながらも増えるということで、両腎がある人以上に、腎機能が悪くならないように、腎保護を重要視しなければいけないと思います。腎障害の原因というのは、今おっしゃったように、高血圧や糖尿病、加齢もありますが、そのような生活習慣病で腎機能が悪くなるというのが最大の原因になります。中でも高血圧は最大の腎機能障害の危険因子ですので、厳格な管理が必要になります。
 池脇 高血圧の治療は、一般的にCKDではARB、ACE阻害薬のようなRAS系阻害薬を中心に使うことになっていますが、片腎も、そういう意味ではCKDと同列に考えると、日本ではARBを優先的に使うと思います。それでよいのでしょうか。
 石光 はい、CKDに対する高血圧治療において、降圧薬としては、今おっしゃったようにACE阻害薬やARBのようなレニン-アンジオテンシン系阻害薬を優先して用いることが勧められています。それとともに厳格な降圧目標を達成することが重要です。高血圧の診断基準は140/90㎜Hg以上ですが、これにとどまらず、130/80㎜Hg未満の低い血圧を維持することが、腎機能を維持する上で重要だとされています。
 池脇 ということは、CKDと同じように、片腎の方でも高血圧があればARBを中心とした薬物で、より厳格に降圧を図る。これが原則なのですね。
 石光 ACE阻害薬やARBを優先する理由ですが、糸球体の血行動態を考えた時に、糸球体には入ってくる輸入細動脈と出ていく輸出細動脈があります。レニン-アンジオテンシン系のアンジオテンシンⅡはこの輸出細動脈に対して、強い収縮作用を持っています。このアンジオテンシンⅡの産生を抑制するACE阻害薬や、アンジオテンシンⅡの受容体をブロックするARBは、アンジオテンシンⅡの作用を抑えて、輸出細動脈を拡張します(図3)。そうすると、糸球体の内圧、糸球体の毛細管圧が低くなります。この糸球体の毛細管圧を低く保つことが、糸球体の硬化を防いで、糸球体を長持ちさせる上で重要だと考えられています(図4)。
 池脇 ARB、ACE阻害薬には糸球体の保護作用があるということが優先的に使われる理由ということですね。 それらでコントロールしているうちに、もし腎機能が悪化する、クレアチニンが上がる、あるいはeGFRが下がってくる、一般的にはARBも腎機能が悪化した時には中止も考える、とありますが、片腎の患者さんの場合はいかがでしょうか。
 石光 CKDの患者さんでもACE阻害薬とARBが禁忌になる場合があります。1つは高カリウム血症で副作用として起こってくるものです。もう一つはこの質問のように片腎の場合で腎動脈に狭窄がある場合、あるいは両腎でも両方の腎動脈に狭窄がある場合には、レニン-アンジオテンシン系の亢進によって、腎血流が保たれていますので、ACE阻害薬やARBを使うと急速に腎機能が悪くなる危険性があり、そのような患者さんにはACE阻害薬やARBは禁忌となります。具体的な目安としては、血清のクレアチニン値がACE阻害薬やARBを使って30%以上上昇した場合には、ACE阻害薬やARBを減量するか中止することが勧められています。
 池脇 両腎の方よりも、代償機能の余地が少ない片腎の方の場合は、腎機能が悪化する振れ幅も大きそうな気がするのですが、ARBをもう増やせない、あるいは減量しないといけない、血圧もコントロールしないといけない、というときには、ほかのタイプの降圧薬を使われるのですか。
 石光 はい、ACE阻害薬やARBを使うとともに130/80㎜Hg未満という厳格な降圧目標を達成することも、もう一つの重要な点ですので、多くの場合、併用薬としては十分な用量のカルシウム拮抗薬を使用して血圧をさらに下げることが、腎機能を維持する上でも効果的であるとされています。
 池脇 RAS系の一番の終末のところに作用するミネラルコルチコイド受容体拮抗薬も降圧効果が高いように思いますが、片腎の患者さんにも使うようなケースはあるのでしょうか。
 石光 ACE阻害薬やARBを使い、さらにミネラルコルチコイド受容体拮抗薬を加えるとなると高カリウム血症が心配になるのですが、例えば糖尿病やCKDでアルブミン尿、蛋白尿が認められるような場合には、アルブミン尿、蛋白尿を減らすためにミネラルコルチコイド受容体拮抗薬を追加併用することが考えられます。
 池脇 そういう意味で、片腎の方というのは、厳格な降圧を達成するという意味では、ARBを中心とした降圧は重要だけれども、高カリウム血症やクレアチニンにも同時に目を配りながらとなると、やはり治療はたいへんになるでしょうか。
 石光 そうですね。両方の腎臓がある患者さんに比べて、より腎保護効果を意識して降圧治療を行う必要があると思います。
 池脇 最後に、CKDで新しい治療が出てきたと聞きましたので、それに関してお願いします。
 石光 糖尿病の治療薬であるSGLT 2阻害薬が心不全や慢性腎臓病に対しても予後改善効果が示され使用されるようになってきています。そして、慢性腎臓病に対するSGLT2阻害薬の作用機序はレニン-アンジオテンシン系を抑制するACE阻害薬やARBとは異なると思われます。1つにはやはり尿細管におけるグルコースの再吸収を減らすので、エネルギー消費が少なくなり、ミトコンドリアにおける、フリーラジカルの産生や酸化ストレスが減る可能性があります。あとはアデノシンを増やして、レニンを抑制することが腎保護効果に関係しているのではないかといわれています。 糖尿病でなくてもCKDの患者さんにSGLT2阻害薬を使って、腎機能の低下が抑制されたり、心血管イベントが抑制されたりという大規模臨床研究の成績が出されているので、ACE阻害薬やARBとともに今後はSGLT2阻害薬も積極的に使われることが予想されます。
 池脇 ありがとうございました。