ドクターサロン

 学生時代にはあまり熱心に勉強しなかったけれど、働きだしてから「やっぱり英語は大切だな」「もっと英語を勉強しなければいけないな」と感じている医師は多いと思います。そしてそのような方から「英語を使えるようになるためにはどんな試験の勉強をしたらいいですか?」という質問を数多く受けます。

医師が受験を考える英語試験には数多くの種類がありますが、ここではその目的別に3つの種類に分類して考えてみましょう。

1つ目が「キャリア形成のための英語試験」です。米国やカナダの大学院に進学しようと考えたらTest of English as a Foreign Language Internet-Based Test(TOEFL iBT)という試験で100点以上を獲得する必要があります。同じように英国や豪州の大学院で学位を取得しようと思ったらInternational English Language Testing System Academic(IELTS Academic)という試験で7.0以上のスコアを獲得する必要があります。また米国で臨床研修を行いたい場合、United States Medical Licensing Examination(USMLE)Step 1とStep 2 Clinical Knowledge(CK)という2つの医学試験に合格するほか、Occupational English Test(OET) Medicineという医療英語の試験において、Listening, Reading, and Speakingの各項目で350点以上、そしてWritingの項目で300点以上を獲得する必要があるのです。

このような「キャリア形成のために一定の基準よりも高い点数が求められる試験」では、「合格すること」こそが重要であり、合格しないとその先に待っている自分が望むキャリア形成を実現することができません。皆さんが医学部時代に経験した試験のほとんどがこの目的で受験した試験であり、医師として働きたいからこそ医学部のあの無味乾燥な試験を乗り越えることができたと言えます。当然この目的で受験する英語試験の先には「実際に英語を使ったキャリア形成」が待っているので、受験の段階で「実際に使える英語力」が身についていなくても、その後に強制的に英語を実際に使う環境が待っています。

2つ目が「英語能力を客観的に示すための英語試験」です。上記3つの英語 試験もこの目的で受験される場合があります。そしてこの目的の英語試験としては上記3つの試験以外にもTOEIC実用英語技能検定(通称「英検」)など、様々なものがあります。

冒頭で紹介した「英語を使えるようになるためにはどんな試験の勉強をしたらいいですか?」という質問の中には、「どんな試験に合格したら英語のできる医師として高く評価されますか?」という意図のものもあります。その回答として最も現実的なものは「できるだけ難易度の高い試験で高い点数を取ること」となりますが、ここで気をつけていただきたいことがあります。それは多くの人が「実際に使える英語力を獲得することよりも試験で高い点数を取ることを優先する」ということです。

日本では試験で測定される能力による選抜が大きな意味を持っているためか、「試験で高い点数を取ること」が過剰に高く評価されていると個人的に感じています。ほかの国では「自分には実際に使える能力が備わっているのだが、筆記試験や実技試験が苦手なので、試験では自分の実力を正しく評価できない」と開き直って考える人がある程度いるのですが、日本にはそのように考えられる人が極端に少ないと感じています。ですから日本では英語力に関しても「難易度の高い英語試験で高い点数を取ること」が、「実際に使える英語力を身につけること」よりも過剰に高く評価される傾向にあると感じています。

もちろん日常的に英語を使う環境を作ることが容易ではない日本国内で「実際に使える英語力を身につけること」は容易なことではありません。ですから「まずは英語力の目安となる英 語試験で高い点数を取る」ということは、ある意味で自然な対策とも言えます。しかし1つ目の「キャリア形成のために一定の基準よりも高い点数が求められる試験」とは異なり、試験の先に実際に英語を使う環境があるわけではない場合、実用性に目を向けて勉強しないと「試験の成績は良いが、実際に英語を使えない人」になってしまう可能性が高いのです。

英語学修の本来の目的は、「実際に使える英語力を身につけること」のはずです。この「実際に使える英語力」があれば、「英語試験に特別な対策をしなくても一定以上の点数は取れる」と考えられます。もちろん試験前にはそれなりの「練習」も必要ではありますが、英語試験対策はあくまでも「英 語試験本番で実力を発揮するための練 習」に過ぎず、それ自体が英語学修になるべきではないと私は考えています。そうしないと「英語試験で高い点数を取ってから、実際に使える英語力を身につける」という二度手間が必要になるからです。

では英語試験を受験することは「実際に使える英語力を身につける」ことには効果がないかというと、必ずしもそうではありません。3つ目の種類である「英語学修の指針とするための英語試験」は実際に使える英語力の指針となります。

日本では英語は第2言語ですらなく、完全な外国語です。ですから日本に住んでいるpeople who speak English as a foreign language(EFL)は「英語圏で実際に使われている英語を学ぶ指標」としてTOEFLやIELTSを活用することができるのです。

OET Medicineも、そのような視点で見ると極めて理想的な試験と言えます。OET 自体は医師だけではなく、看 護師や理学療法士など、12の医療職に対応した試験となっており、ListeningとReadingの試験はこれらすべての医療職で共通の問題となっています。どちらも実際の医療現場での会話や書類の理解力を確認する問題となっており、極めてvalidity妥当性」の高い試験となっています。

WritingとSpeakingは医師特有のコミュニケーション能力を評価するためのものとなっており、Writingではカルテを読んでreferral紹介状」を執筆するというタスクが、そしてSpeakingでは医療面接のほか、患者教育など様々なタスクが2つのロールプレイで評価されます。

学修がうまくいっているかどうかを確認するための評価をformative assessment形成的評価」と言いますが、英語をEFLとして学ばなければならない多くの日本人医師にとって、英語試 験の受験は「実際に使える英語力を身につけるための形成的評価」として活用してもらえればと考えています。

ですから「英語を使えるようになるにはどのような試験の勉強をしたらいいですか?」と聞かれた際には、私はいつも「英語試験対策をするのではなく、英語が話せるようになったらやりたいと思っていることを英語でやってみてください」と回答しています。

英語には“Fake it till you make it.”という表現があります。これは「できるようになるまでできるように演じろ」という意味で、英語学修ではとても重 要な考え方として認知されています。具体的には「英語力を高めてから国際学会で発表する」という順序で行動するのではなく、「国際学会で発表すると決めてから英語力を何とかする」順序で行動するという発想です。少なくとも年に1回は今の自分の英語力では手に負えないイベントを計画し、そのイベントを乗り切るために日本にいながらにして英語力を高めざるを得ない環境を作り出すことが「実際に使える英語力」の獲得には有効だと考えています。