ドクターサロン

槙田

免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害についてです。

まず、がんの治療において免疫チェックポイント阻害薬は欠かせない薬剤になりましたが、内分泌障害とはいったいどのようなものがあるのでしょうか。

岩間

免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害としては下垂体機能低下症、甲状腺機能異常症、それから原発性副腎皮質機能低下症、まれですが副甲状腺機能低下症、そして1型糖尿病、この5つがよく知られています。

槙田

実際、どういった機序でそういった内分泌の副作用が生じると考えられているのでしょうか。

岩間

免疫チェックポイント阻害薬は、免疫を活性化して腫瘍に対して効果を発揮する薬ですので、その作用から想定される機序としては、自己免疫によって内分泌器官が障害されて機能異常が発症するのではないかと考えられています。

槙田

岩間先生が仕事をされている名古屋大学では世界に先駆けて臨床研究をされていますが、それについて少し教えてください。

岩間

私たちは、もともと自己免疫が関与する内分泌疾患、特に下垂体機能低下症に興味を持って研究をしていましたので、この薬剤によって起こる自己免疫疾患に類似した内分泌障害を研究しようと思いました。そして正確な臨床像を把握するためには多くの患者さんをフォローするのが重要だと考えて、2015年11月から名古屋大学病院で免疫チェックポイント阻害薬を使用するすべての患者さんについて投与前および投与後に定期的にホルモンを採血し、また検体を保存するという研究を行っています。

槙田

今、どのくらいの数の患者さんをフォローされているのでしょうか。

岩間

これまで8年近く、研究を続けていまして、1,100例ほどフォローしております。

槙田

凄いですね。まず下垂体機能低下症が、どのくらいの頻度で起こってくるのかと、その特徴について教えていただけますか。

岩間

下垂体機能低下症の頻度は、治験のデータでは、抗CTLA-4抗体という薬剤で約10%、そして抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体で1%未満と報告されていました。一方、私たちの前向き研究では、抗CTLA-4抗体で24%、抗PD-1抗体で6%と過去の報告よりはるかに高い発症率であることがわかりました。この臨床像としましては、下垂体からは様々なホルモンが分泌されますが、この免疫チェックポイント阻害薬による機能異常では、下垂体前葉ホルモン、中でも副腎皮質刺激ホルモンACTHが障害されるという特徴があります。

槙田

では、下垂体機能低下症は、何をきっかけに疑って、どのようにして診断したらいいのでしょうか。

岩間

下垂体機能低下症が生じると、患者さんには特に下垂体前葉ホルモンであるACTH、副腎皮質刺激ホルモンの分泌低下が生じるので、これまでになかったような強い倦怠感や、易疲労感、食欲不振などの非特異的な症状が生じます。したがって、これまでと違った強い倦怠感等の症状が出た際には主治医に相談するように、患者さんにはあらかじめ説明しておく必要があると思います。

槙田

何か検査所見で特徴はありますか。

岩間

一般検査所見では、ACTH分泌低下症による低ナトリウム血症、それから好酸球の増加が認められることがあります。

槙田

そういった副腎不全を診断した後にはどのように治療すればよいのでしょうか。

岩間

内分泌機能異常症の治療の基本としては、障害が認められたホルモンに対する補充療法になります。そのため、下垂体機能低下症でACTH分泌低下症が認められた場合には、ヒドロコルチゾンを投与することになります。

槙田

なるほど。一方で、甲状腺機能障害について少し教えていただけますか。

岩間

甲状腺機能障害も非常に頻度の高い内分泌有害事象として知られています。甲状腺ホルモンの異常が認められるパターンには2つあり、一過性に甲状腺ホルモンが上昇する場合と、甲状腺ホルモンが下がる機能低下症が認められる場合があります。

槙田

その機能低下症とホルモンが高くなる病気というのは、ずっと低いまま、あるいは高いままなのでしょうか。

岩間

甲状腺ホルモンが上昇する状態を甲状腺中毒症と呼びますが、免疫チェックポイント阻害薬で起こる甲状腺ホルモンが上昇した状態、中毒症は一過性であり、その後ホルモンが正常化する方と低下に移行する方がいて、ほとんどの症例は機能低下に移行することがわかっています。

槙田

どのくらいの頻度で起こるのでしょうか。

岩間

発生する頻度は、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体で頻度が高く、私たちの研究では投与した患者さんの約10%で発症しています。

槙田

経過的に機能低下になった場合の治療というのは、どのようなものなのでしょうか。

岩間

これも内分泌障害の基本として同じで甲状腺ホルモンが下がった場合には、甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシンを投与します。

槙田

そのほかにも1型糖尿病なども起こしますが、私たち内分泌内科医ができること、やるべきことについて教えてください。

岩間

やはり実際に患者さんを診ているのはがん治療医ですので、そういった医師との良好なコミュニケーションを構築しておくことだと思います。がん治療の医師が疑ったときに、コンサルトをいつでも受けられるような体制を作っておくことが重要だと思います。また発症した患者さんの治療を適切に継続していくことは、特に内分泌医の役割として重要だと思います。

槙田

例えば重症の副腎不全、副腎クリーゼを起こす方もいると思うのですが、そういった患者さんというのは、これだけ強い副作用が起これば、治療としては中断せざるをえないのでしょうか。

岩間

免疫チェックポイント阻害薬で重篤な副作用が起こった場合、その再投与ができない有害事象もありますが、内分泌障害は適切なホルモン補充療法を行って状態が安定していれば、また再開しても大きな問題は起きないといわれています。

槙田

むしろ大きな副作用を起こしてしまったほうが患者さんには薬がよく効くようなことも聞いたことがあるのですが、いかがですか。

岩間

様々な報告でそのようなことが示されていて、私たちのコホートでも下垂体の副作用が起こった方では肺がん、メラノーマともに生命予後が良いというデータがありますし、甲状腺の副作用では肺がんで生命予後が良いことがわかりました。適切なホルモン補充が継続して長期になると見込まれますので、内分泌医の役割は大きいと思います。

槙田

むしろそういった副作用を起こされた方にこそ治療を続けていただけるように内分泌内科医が励ましていくことが重要ですね。

岩間

はい、そう思います。

槙田

実際に主治医として、免疫チェックポイント阻害薬を使っている医師が、こういった内分泌障害を発見するためにできること、あるいはやるべきことについて先生のお考えを聞かせてください。

岩間

主治医は一番に抗腫瘍効果を期待して投与するわけですが、やはりこの特徴的な有害事象が起こること、内分泌にかかわらず全身の有害事象があるので、事前によく把握しておくことが重要です。また、非特異的な症状が多いので、患者さんにあらかじめこういう症状が出たら病院に相談してくださいと説明していくことも重要だと思います。

槙田

内分泌内科医がいれば相談できると思うのですが、実際内分泌内科の専門医がいない施設も多くあると思います。そういった場合、どのように対応したらよいのでしょうか。

岩間

なかなか難しいケースも想定されますが、甲状腺機能低下症が起こった場合には、診療ガイドラインもありますので、それに従って甲状腺のホルモン補充療法を開始していただくのがよいと思います。また、下垂体機能低下症が起こった際には、先ほどお伝えしましたように、ACTH分泌低下症が必発ですので、速やかにホルモン補充療法を開始しなければ患者さんが重篤な副腎クリーゼを発症する可能性もあります。そのため、下垂体機能低下症を疑った場合には、速やかに生理的補充量のヒドロコルチゾンを診断的治療として投与し、その後で内分泌医のいる時にコンサルトする、あるいは他院へ紹介するなどして速やかに対処することが重要ではないかと思います。

槙田

副腎不全の治療に慣れていない医師に対して私たちができることは何かあるのでしょうか。

岩間

生理的補充量のヒドロコルチゾンを投与し、その後でコンサルトした結果、仮に下垂体機能低下症の診断が違った場合でも、投与量が生理量で一時的であれば大きな問題にはならないということは伝えておくことができると思います。

槙田

内分泌内科医がいれば普段から良好なコミュニケーションが大事で、いない場合の医師は、そういった情報を知識としてきちんと持っていただくことが重要なのですね。

岩間

はい、そのように思います。

槙田

どうもありがとうございました。