ドクターサロン

 齊藤 能瀬先生は、女性アスリートに着目して、診療あるいはいろいろな活動を行っていますが、どういった点が彼女たちの問題となっているのでしょうか。
 能瀬 大きく分けると無月経の問題と、月経は規則的にきていても、例えば月経痛がつらいとか、月経前に主にホルモンの変動によって様々な体調の不良が出るような月経前症候群(PMS)の問題などで相談に来る選手が多いです。無月経と月経随伴症状の問題との2つに分かれると思います。
 齊藤 無月経は、長い目で見れば困るのですが、当座は都合がいいみたいな点もあるかと想像します。一方、月経痛の方は困りますね。この辺については、どのようなことをされるのですか。
 能瀬 トップ選手でも月経痛が辛くて、試合を棄権してしまうような方も中にはいます。月経痛が日常生活に支障を与えることを月経困難症と私たちは言っていますが、月経困難症が強くてコンディションに影響が出る選手に対しては、例えば低用量ピルやプロゲスチン製剤といったホルモン製剤を使って治療することが多いです。
 齊藤 そういった治療でその症状を取っていくのでしょうか。
 能瀬 症状を取るだけでなく、アスリートの場合は試合また合宿などに月経が重ならないように対策を取りたいという選手が多いので、治療しながらかつ試合に月経が当たらないようにコントロールする、月経周期を調節するという目的も兼ねて行っています。
 齊藤 NSAIDsはいかがですか。
 能瀬 そうですね。鎮痛剤を服用していても、なかなかコントロールができない方にはもちろんホルモン療法を勧めますし、アスリートに限ったことではありませんが、月経痛が強い方は、将来不妊症の原因となる子宮内膜症のリスクが高いといわれています。10代から月経困難症が強い方は、子宮内膜症がみられることも報告されているので、低用量ピルなどのホルモン療法は月経痛を緩和するだけではなく、将来の子宮内膜症の病気のリスクを低下させるという目的もあります。鎮痛剤だけでの対応ではなくて、将来の女性の健康ということも考えて、最近では10代から対策を取るような女性も多いですね。
 齊藤 なるほど。低用量ピルというと一般のかかりつけ医はちょっと慣れないと思うのですが、まずは専門医に診ていただいて、そこから逆紹介という流れになりますか。
 能瀬 そうですね。禁忌事項や慎重投与を考慮する必要があるので、まずは産婦人科を受診して、可能であればきちんと超音波等で子宮卵巣のチェックをしていただいた上で処方する。慣れてきたら、処方経験のある内科医と連携する産婦人科医もいるようです。ただ、そういったケースでも年1回は、産婦人科で一応検診も兼ねてチェックしていただいたほうがいいと思います。
 齊藤 それから過多月経の貧血に関してはどういう対策をしますか。
 能瀬 アスリートの場合、例えばメディカルチェックなどで貧血を指摘されて、年中鉄剤を飲んでいるような選手はけっこういますが、貧血の原因が経血の量が多い過多月経である場合には、鉄剤を服用しても一時的に貧血が改善するだけで、次の月経でまた貧血になってしまうのを繰り返すだけで、根本的な治療にはなりません。ホルモン製剤を使って経血の量を少なく、または月経の回数を少なくしてあげることで、貧血を改善するという治療をしていきます。ですので、貧血がある場合には経血の量を確認する必要があります。なかなか他人との比較が難しいと思うのですが、例えば500円玉ぐらいのレバー状の塊が出ていないかなどを簡単に問診して、過多月経がありそうであれば、一度産婦人科の受診を勧めていただくのがいいと思います。
 齊藤 注射の鉄製剤を使う医師もいるようですが、これは避けたほうがいいですね。
 能瀬 そうですね。重症貧血でなければ、アスリートでは原則内服での治療をお勧めします。
 齊藤 これは血管の外に漏れると色がとれないので困っている方がいると聞いており、注射製剤についてはとても慎重に使ったほうがいいのではないかと思っています。次に先ほどの無月経の問題になりますが、この機序はどうなりますか。
 能瀬 無月経の原因も様々ありますが、アスリートに多い無月経の原因としては、運動量に対して食事量が少ないことによって体が相対的にエネルギー不足になり、それによって視床下部からのホルモン分泌の低下が起こり、視床下部性無月経になるといわれています。
 齊藤 エネルギーのバランスを取るということなのでしょうが、運動の種目によって対策は違ってきますか。
 能瀬 そうですね。無月経は新体操や体操、フィギュアスケートといったような審美系の競技や、陸上長距離といったような持久系の競技の選手で多いのですが、無月経になる機序、つまり、エネルギー不足になる機序は少し異なっています。審美系の競技の選手たちはどちらかというと食事の量が少ないことによってエネルギー不足になるケースが多いですし、陸上の長距離選手は食べてはいるのですが、エネルギー消費量が多くてエネルギー摂取量が追いついていないというケースが多いです。なかなかエネルギー消費量、摂取量を調査することは難しいですが、できれば運動量に対して食事量が追いついているかを調査して、こういった選手たちは、明らかに糖質の摂取量が少ないことが明らかになっていますので、糖質を中心にエネルギー摂取量を増やすという指導を行っていきます。
 齊藤 審美系競技の選手は、美的な問題ですから、その辺はなかなか嫌がる方が多いのではないですか。
 能瀬 そうですね。やはりエネルギー不足を改善する、つまり食事量を少し増やすという指導をすると体重が増える、体脂肪率が増えると思って、なかなか治療に踏み込まないという選手も以前はけっこういました。最近はこういう無月経の問題が、例えば疲労骨折などの障害のリスクを高めることがスポーツ界でも認識されていますので、抵抗を示す選手は少なくなってきているかと思います。ただ、私たちの調査でもエネルギー不足を改善するイコール体脂肪率、体重が増えるということではない、というデータもきちんと示しながら、栄養士と一緒に何を摂取するかをきちんと考えて、指導しています。
 齊藤 相対的なエネルギー不足でホルモン環境も変わって、無月経になるのですね。それから骨折問題。有名な選手が骨折して試合に出られないという話をときどき聞きますね。
 能瀬 無月経になると、卵巣から分泌されるエストロゲンが低下します。エストロゲンの低下によって、若い選手でも骨量が減ってしまう。また、エネルギー不足になると低体重という問題があります。骨量が増加するには体重が重要な因子になるので、低体重や低エストロゲン状態によっては10~20代でも骨粗鬆症になる選手がいます。骨粗鬆症になると、疲労骨折のリスクが高まることが明らかになっていますので、エネルギー不足の改善は、そういった障害予防という点でも重要になってきます。
 齊藤 骨となるとカルシウムについてはどうするのですか。
 能瀬 実際にカルシウムが少ない選手はあまりいませんので、やはり低エストロゲン状態、低体重が大きく影響しているのかと思います。
 齊藤 すると、やはり根本的にはエネルギーのバランスの適正化ということでしょうかね。
 能瀬 私たちの調査では特に骨が作られる時期の10代で、長期間、無月経を経験している選手や低体重がある選手は、明らかに20歳以降で骨粗鬆症または低骨量と診断されるリスクが高いという結果が出ています。
 齊藤 これは、産婦人科系のみならず幅広く内科、小児科等の医師への意識改革が必要になるのでしょうかね。
 能瀬 やはり、私たち産婦人科医だけでは解決できない問題です。摂食障害の選手もとても多いですので、他科の医師、栄養士、心療内科、精神科の医師などいろいろな他職種と連携を取りながら診療できる体制づくりが今後も課題だと思っています。
 齊藤 ありがとうございました。