ドクターサロン

 齊藤 摂食障害と内分泌機能異常についてうかがいます。まず、摂食障害とはどういうものなのでしょうか。
 鈴木 心理的な病気で食に異常をきたす心身症で、3つの病型があります。痩せてしまう神経性やせ症、これは神経性食欲不振症、食思不振症、神経やせ症、全部まとめて病名が統一されました。次にむちゃ食いをしますが、痩せたいので嘔吐したり、下剤を使ったりする神経性過食症で、正常体重です。もう一つは、むちゃ食いをしても、やせ願望がないので肥満になってしまう過食性障害です。
 齊藤 痩せてしまうのは若い人でしょうか。
 鈴木 そうですね。思春期青年期の女性に多いのが神経性やせ症と神経性過食症です。過食性障害は男女の比率が半々で中年の方にも多いです。
 齊藤 この原因はどの程度わかっているのですか。
 鈴木 複合要因といわれています。最近、神経性やせ症に関係のある8つの遺伝子が見つかりました。この遺伝子を持っている人は、神経性やせ症だけではなく、うつ病、アルコール症、不安障害、強迫性障害などになりやすいことがわかりました。次に生理的な素因ですが、機能性MRIで、不安や報酬に関係する脳局所の過敏性などの機能異常が明らかになっています。それから養育環境です。親が過干渉で子どもに失敗をさせないようにしていると、子どものストレス対処能力が向上しないので、受験や人間関係で初めて挫折感を経験して発症することも多いです。また、のんびりした地方よりも都会の忙しいストレスの多いところに患者さんは多いです。偏差値の高い学校の方に患者が多いことも報告されています。そして、やせを称賛する近年の文化要因も関係しています。
 齊藤 脳の機能ということで、functional MRIなどでわかるのでしょうか。
 鈴木 最近わかってきました。知見もどんどん得られています。
 齊藤 最近増えているということですが、その基礎状態として、神経発達症が関係することもあるのでしょうか。
 鈴木 摂食障害はストレス関連疾患ですから、発達症で生きづらい、ストレス対処がうまくいっていない時に摂食障害を二次的に発症することは最近増えています。また、摂食障害の方の自閉症傾向を調べると、AQ(自閉症スペクトラム指数)が高い方が多いことも報告されています。
 齊藤 最近の患者さんはどのような状況なのでしょうか。
 鈴木 コロナ禍で自粛生活のストレスや「コロナ太り」や「低炭水化物ダイエット」といったネット情報に刺激されて、2020年は世界でも日本でも神経性やせ症が約2倍に増えました。また、低年齢化していて小学校高学年から中学生の患者さんが増えています。
 齊藤 それと関連する内分泌機能異常は、どういったことが起こるのでしょうか。
 鈴木 最も多く見られるのは、神経性やせ症です。低栄養に関係するeuthyroid sick syndromeといわれる甲状腺ホルモンが低下する病態ですが、甲状腺ホルモンの補充は不要です。また、エネルギーやタンパク質の摂取が少ないので、肝臓で作られるインスリン様成長因子-1が低下します。ネガティブフィードバックで成長ホルモンは高くなりますが、成長ホルモンレジスタンスという状態で、骨を伸ばしたり作ったりする機能が低下します。その結果、身長が伸びなくなったり骨密度が低下したりします。それから視床下部性性腺機能低下症になり月経が止まり、男性ではインポテンツにもなります。女性ホルモンの低下は骨粗鬆症の促進因子ですね。
 齊藤 甲状腺に関しては、これはTSHが増えていくこともあるのですか。
 鈴木 はい。教科書的には増えないと書いてありますが、15μIU/mLぐらいまで上がることがあります。
 齊藤 ただ、サイロキシンの補充はしないのですね。
 鈴木 摂取エネルギーが少ないので、体を省エネモードにするために甲状腺ホルモンを下げている防衛反応ですから、サイロキシンの補充はしてはいけません。
 齊藤 それからIGF-1については何かしますか。
 鈴木 IGF-1はエネルギーとタンパク質の摂取、つまり食事量が増えると数日で変化します。有用な栄養マーカーとして使えます。
 齊藤 栄養補給ということですね。
 鈴木 おっしゃるとおりです。
 齊藤 ホルモン補給はしないのですね。
 鈴木 はい、しません。
 齊藤 骨密度が悪くなると、これに対して治療したくなりますが、これはどうしますか。
 鈴木 成長期は身長のスパートやピークボーンマスの達成という課題があるので、成長や骨のために入院も含めて栄養療法を積極的に行うことになっています。18歳以降で骨密度が下がった場合、BMIが16未満の低体重のまま骨密度を正常まで回復できる薬物療法は、残念ながら確立されていません。例えば、女性ホルモンですが、結合型エストロゲン(プレマリン0.625㎎/日)は標準体重の70%以下の体重の患者の骨密度の低下を阻止できますが、それ以上の体重では増加作用はありませんでした。17βエストラジオールのテープは思春期のピークボーンマスを健康女性と同程度に増やしたという報告はありますが、成人女性でのデータはありません。活性型ビタミンD3のエルデカルシトールは1年に5%ぐらい腰椎骨密度を上げますが、低体重のままでは正常範囲まで戻りません。ビタミンKは骨質には良いと思います。あと、ビスホスフォネートやデノスマブは骨質の劣化や顎骨壊死という副作用があり、胎児への影響が明らかでないので妊娠可能な年齢の場合は、今後のことを考えて控えるようにします。もし使うならば40歳以降いつでも使えるので、私は若い方には使わないでいます。米国のガイドラインでも、あらゆる努力をしても体重と月経の回復ができず、骨折歴がある症例にのみ薬物療法を行うことが記載されています。
 齊藤 食べないということから、低血糖も起こるわけですが、これはどうするのでしょうか。
 鈴木 低血糖性昏睡を起こすリスクがあるのは、標準体重の55%未満の方ですから、本当は入院がいいのですが、なかなか入院しない病気です。そこで、寝る前に自宅で、自己血糖測定器で測っていただいて70㎎/dL以下に低下していたら補食をしてもらうなど注意をしていただいています。
 齊藤 吐くので電解質も変わりますか。
 鈴木 はい、嘔吐をしますと脱水になりレニン-アルドステロン系が亢進して尿からNaClと水を体に戻そうとします。その時に、嘔吐によってHイオンが不足しているので代替としてカリウムを捨ててしまい低カリウム血症が進みます。カリウム剤を飲ませる医師がとても多いのですが、最も良いのは水と食塩による脱水の改善です。ですから熱中症と同じ治療と言っています。
 齊藤 それから、食べないフェーズからたくさん食べるフェーズというのに移る。あるいは経管栄養で栄養が増えると大きな変化が起こるのですね。
 鈴木 そうですね。リフィーディング症候群はとても有名な合併症です。リンやビタミンB1や亜鉛の補充など注意が必要です。また、回復期にむちゃ食いの時期が自然にくることをご存じない医師がいらっしゃって、患者さんをさらに不安にさせます。無人島で食物がない人が、数日後に助けられればむちゃ食いをします。これは生理的に起こるものです。困るのは回復期のむちゃ食いはうつがセットで来ることです。
 齊藤 そういったような内分泌異常が起こるわけですが、基本は、メンタルに対する治療ということになりますか。
 鈴木 そうですね。やせもむちゃ食いもストレス対処の一つです。回避というのですが、嫌なことがあって、お酒を飲んだり、タバコをたくさん吸うと一時的に解消されますね。ダイエットに集中していると嫌なことを忘れることができ、むちゃ食いはアルコールと同じで一時的に快感が得られます。ということは、ストレス対処が上手になるような心理的な支援が必要になります。
 齊藤 どういった心理療法をしますか。
 鈴木 回復過程で教師やご家族など、周りの人がいろいろ教えてあげることで良くなることもありますが、3割ぐらいの方は、精神科や臨床心理士による心理療法を受けています。
 齊藤 家族のサポートが重要になるのでしょうか。
 鈴木 はい、重要です。心配のあまり体重や食事に干渉してしまい、親子喧嘩になることが多く、ご家族の負担も大きいです。ご家族のメンタル不調も報告されています。ですからご家族に、こういう理由でおかしな症状が出るとか、こういう場合はこういう対処をしましょうという対応を教える家族心理教育がとても重要です。これは欧米で行われている時間と費用がかかる家族療法と同等の価値があるといわれていて、家族教室や家族会で行われています。私も家族会を主宰していますが、集団心理教育プログラムで家族をエンパワーメントしています。
 齊藤 自助グループもありますか。
 鈴木 患者さんの自助グループもありますし、ご家族が自発的に運営されている団体もあります。
 齊藤 メンタル的なものについては薬による治療があるのでしょうか。
 鈴木 摂食障害は二次的に抑うつや不安が起こりますし、統合失調症、強迫性障害などの精神科合併症がある場合は向精神薬による治療を行います。
 齊藤 先生の専門は内分泌ですが、相当幅広くメンタル的なところへの対処が必要になりますね。
 鈴木 はい。ですから、精神科医と一緒に診療したり臨床心理士や栄養士などパラメディカルの方たちとチームを組んだりして対処することが多いです。病院が違っても協力し合っています。
 齊藤 最後に予後はどうなりますか。
 鈴木 はい。体重・月経が戻るのは早い方では2年ぐらいですが、ストレス対処が上手になるには、やはり5年ぐらいかかります。ですが、私どもの施設では80%の方が、10年後には治癒されています。
 齊藤 5~10年ぐらいのスパンでやっていくのですね。
 鈴木 気長にやっていくことになります。
 齊藤 そうするとトランジションというか移行期医療に入ることはありますか。
 鈴木 やはり入ります。
 齊藤 治らない2割ぐらいの人は気長に診ていくということでしょうか。
 鈴木 そうですね。2割の方はほかに精神科合併症をもっていたり、神経性過食症などに移行したりです。今、精神科領域ではリカバリーという概念があります。症状がまだ残っていても、本人が希望する質の生活が送れているのであれば、これはパーソナルリカバリーとみなすという概念です。症状はありながら、あるいは症状をコントロールしながら生活を楽しめるようにという支援をしています。
 齊藤 どうもありがとうございました。