ドクターサロン

 大西 吉原先生、「甲状腺疾患とプレ・ポスト・コンセプションケア」というテーマでお話をうかがいます。
 プレ・コンセプションケアというのは、妊娠される前の状態ということですね。
 吉原 そうですね。
 大西 ポストは受胎といいますか、妊娠されたあとの状況という定義になりますか。
 吉原 はい。
 大西 甲状腺疾患の場合は、亢進症と低下症がありますが、まずは亢進症のバセドウ病などの対応についてうかがいます。バセドウ病等の患者さんは妊娠される前からいろいろな注意が必要だと思いますが、そのあたりからお話しいただけますか。
 吉原 バセドウ病は自己免疫疾患で甲状腺を刺激する抗体の存在により、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気で、妊娠可能年齢の女性に多いという特徴があります。妊娠を考える場合に一番大事なのは、甲状腺ホルモンが正常な状態を維持しての妊娠が非常に望ましいということです。甲状腺ホルモンが高いことを知らず治療をせずに妊娠経過しますと、母体には心不全が、胎児にも影響が及んで、低出生体重になったり、早産になったりしますので、しっかり甲状腺ホルモンが正常になるまでコントロールしてから「妊娠をして大丈夫ですよ」とお話ししています。
 大西 バセドウ病にかかっているのに気づかない患者さんもいると思いますが、特に女性の場合、甲状腺ホルモンは事前にチェックしておいたほうがよいですかね。
 吉原 そうですね。近年ですと妊娠希望の女性に対して検診を行っている施設もあり、甲状腺機能も測定されることが多いようです。妊娠希望で検査したら甲状腺機能異常がわかりましたといって受診される方もいました。
 大西 甲状腺機能亢進症があってもきちんと治療されていれば安全な妊娠、出産ができると考えてよいでしょうか。
 吉原 甲状腺ホルモンが正常というのはたいへん大事です。バセドウ病患者さんの多くは内服治療をされており、抗甲状腺薬にはチアマゾールとプロピルチオウラシルという2種類の薬があります。チアマゾールの場合、妊娠初期に内服しているとわずかではありますが赤ちゃんの形態異常に関連するという報告があることから、なるべく妊娠初期は避けるような工夫をするのと、そういったインフォメーションを患者さんと共有することが大事だと思っています。
 大西 具体的には、何週から何週目ぐらいが気をつけなければいけない時期でしょうか。
 吉原 2019年のバセドウ病治療ガイドラインでは妊娠4~9週6日まではチアマゾールを避けるのがよい、となっています。
 大西 その間は薬を変えて対応することになるのでしょうか。
 吉原 そうですね。伊藤病院ではチアマゾールを内服されている方には事前にヨウ素をお渡ししています。あるいは、プロピルチオウラシルを妊娠前から使いそちらでコントロールしておくとか、様々な方法があります。バセドウ病が非常に落ち着いている方は、休薬にトライすることもあります。
 大西 途中で急に変えるとなると、気をつけなければいけないという気がするのですが、早めに対応するということですね。
 吉原 そうですね。そのようにしています。
 大西 妊娠中は、甲状腺ホルモンの動態はかなり変化するのでしょうか。
 吉原 妊娠中は胎児の発育、妊娠の維持のために甲状腺ホルモンの需要が増し、胎盤の絨毛性ゴナドトロピンの刺激で甲状腺ホルモンの分泌が亢進することが知られていまして、特に妊娠の初期は甲状腺ホルモンが高くなりやすいです。バセドウ病ではないこともあります。
 大西 薬の調整が少し必要になる場合もあるのでしょうか。
 吉原 バセドウ病に妊娠性の甲状腺中毒症が合併する場合もあります。その場合は時期的なものですので、薬は増やさないこともあります。
 大西 プレではなくて、ポストですね。妊娠して、その後出産して、その後は何か注意することはありますか。
 吉原 はい。妊娠中は免疫寛容により、バセドウ病も落ち着いて、薬を減量できることも多いです。その代わり、産後に増悪したり、あるいはバセドウ病が悪くなっているわけではないのですが、無痛性甲状腺炎といった甲状腺濾胞の破壊によるホルモンが高くなる現象が起こります。バセドウ病に罹患している方は、産後にホルモンが大きく変化しないかを細かく見ていったほうがよいと思います。
 大西 産婦人科医と甲状腺専門医の密接な連携が必要ですね。
 吉原 そうですね。
 大西 次に甲状腺機能低下症の場合の対応について教えていただけますか。
 吉原 妊娠の初期には甲状腺ホルモンの需要が非常に増すこともあり、甲状腺機能低下症は、児に必要な甲状腺ホルモンが不十分となってしまうことから、なるべく避けたい事態です。なので、妊娠前に甲状腺機能低下症がわかっている場合には十分補充を行い、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を目標に調整しておくことが大事です。妊娠中に初めて低下症がわかる方もまれにいらっしゃるのですが、そういう方も可及的速やかに補充します。
 大西 TSHに何か具体的な目安のようなものがあるのでしょうか。
 吉原 正常の方においても、妊娠の初期は、甲状腺ホルモンが少し高くなるため、フィードバック機構でTSHはやや低くなる傾向があります。当院で作った基準範囲ですと、通常TSHの上限が4.2μIU/mLのところが2.56μIU/mLとなっているので、そちらを目標にしています。
 大西 妊娠中に時々薬の量を調整することもあるのでしょうか。
 吉原 そうですね。増える方もいらっしゃいます。
 大西 そういう場合、検査のタイミングは、どのようにされているのでしょうか。
 吉原 甲状腺機能低下症の方の場合には、まずは妊娠がわかったら、なるべく早くに来院いただくようにお話しし、妊娠5週ぐらいを目標に受診していただいて、ホルモンを調節するようにしています。その後は、1カ月ごとがよいかと思います。
 大西 ポストではどういった状態に気をつければよいでしょうか。
 吉原 妊娠中に補充量が増えた方については、出産後、妊娠前の量に戻して減量します。また、橋本病といった自己免疫性の甲状腺疾患が背景にある方は、産後に破壊性甲状腺炎である無痛性甲状腺炎が起こりやすく、一時的にホルモンが高くなる方もいますし、逆に急に低くなって補充量が増える方もいます。産後はだいたい2~3カ月をめどに受診していただいて甲状腺ホルモンの補充量を調節しています。
 大西 甲状腺機能亢進症の時に胎児への影響という話がありましたが、低下症のままの場合と亢進症が目立つ場合の胎児への影響というのは、何か差はあるのでしょうか。
 吉原 甲状腺ホルモンが児の成長と精神や神経の発達に非常に大きな役割を果たしていることから、甲状腺機能低下症を是正しないでいることのほうが児への影響は大きいのではないかと思います。ただ、補充をすればそのリスクはかなり減らすことができるので、妊娠を希望の方では甲状腺機能低下症がないかを、しっかりスクリーニングされるといいと思います。
 大西 甲状腺機能低下症はなかなか見つけづらいこともありますね。やはり必ず事前にある程度のチェックをしておいたほうがいいのでしょうか。
 吉原 そう思います。
 大西 甲状腺機能低下症の場合は、胎児の精神神経系に影響を及ぼす可能性があるのですか。
 吉原 何も補充せずに甲状腺機能低下症のまま経過した方ではそういった報告がありました。
 大西 ありがとうございました。