山内 西先生、まず、本題に入る前にeGFRを少しおさらいしたいのですが、これが登場した背景を教えてください。
西 eGFRはご存じのように推算糸球体濾過率というものです。広く使われている腎機能の指標というと、血清のクレアチニンの値だと思います。しかしながら、クレアチニンは体格による個人差がやや大きい、上限がなく障害の程度がわかりづらい、そして早期の腎臓の障害を見つけにくいという問題を抱えています。それに対して、eGFRは体表面積で補正できて、悪ければ悪いほどゼロに近づいていく非常にわかりやすい指標です。eGFRは腎臓の余力を示すパラメーターとして現在普及しています。
山内 当初、日本人は比較的50mL/分/1.73㎡台が多い。日本人の正常値を少し引き下げてもいいのではないかといった議論もあったようですが、このあたり最近はいかがでしょう。
西 今のところ、eGFRに基づく慢性腎臓病の定義を変えましょうという動きはなさそうです。eGFRが60以下、あるいは蛋白尿が見られるような状態が3カ月以上続くことが、慢性腎臓病の定義として確立しています。
山内 高齢者、あるいは筋肉量でも変わることは知られていますが、eGFRの計算式上は、これらは補正されていませんね。
西 そうですね。eGFRの単位の最後に体表面積の1.73㎡というのが付いていますので、もし、その患者さんの身長や体重がわかれば、その場で体表面積を計算して、実際のGFRを補正して求めることも可能ですが、なかなか現場ですぐには難しいということがあります。なので、ここは先生方のお見立てで、患者さんの体格とその方のクレアチニン、あるいはeGFRから、GFRの真の値を類推していただければと思います。
山内 50~60あたりのグレーゾーンの取り扱いが難しいのですが、健診から非常にたくさんの方が来られるところでもあります。このあたりの精査で来られた時に再検査はやはり必要ですね。
西 そうですね、クレアチニンやeGFRは非常に変動しやすいので、まず再検査をして、その日の腎臓の調子を先生方ご自身でつかんでいただければと思います。
山内 そのあたりを丁寧に見たうえで、グレーゾーンの取り扱い方はどういったことが推奨されるでしょうか。
西 私からは、本日4つのポイントを挙げたいと思います。年齢、eGFRの低下速度、病歴や既往歴、そして尿所見です。まず、年齢ですが、こちらは2018年改訂の「かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準」で明示されていますように、もし40歳未満の患者さんで、eGFRが60を下回っていれば、早めに専門医にご紹介ください。残りの人生の長さを考えても、GFRの保持というのは非常に重要です。もう一つがeGFRの変化のスピードですね。その日のeGFRやクレアチンの数字に加えて、患者さんご自身がお持ちいただくような過去の人間ドックの数字などをもとに、1年当たりのeGFRの低下速度の見当がつきます。日本人一般民では約1mL/分/1.73㎡、あるいはそれ以下のeGFRの低下速度といわれているので、それを上回る低下速度の場合は悪化のスピードが速いとご判断いただけます。
山内 それは、1年間に1mL/分/1.73㎡ぐらい下がっているということですか。
西 そうですね。国民健診データ等ではそのような値が出ています。
山内 その方々は持病、特に高血圧、糖尿病がないのですか。
西 はい。一般人ですので、大部分が健康な方です。
山内 ただ高血圧はけっこう隠れているので、判断は難しいところですね。でも、そういったものを上回って悪化する時には、何か持病があると考えたほうがいいという感じですね。3番目はどういったものですか。
西 その患者さんの病歴や経過は、ぜひ問診等でご確認いただきたいと思います。過去に長期間NSAIDsやビタミンD、あるいは抗がん剤を一定期間使ったことがある、腎臓が悪いといわれたことがあるなどは、その後の腎臓の悪化を示唆します。
山内 薬剤性の腎臓障害は、いったん治っても、まだぐずついて残っていると考えてよいですか。
西 臨床でも研究でも注目されている話題です。造影剤や解熱鎮痛薬の場合には、腎機能が元に戻ることが比較的多いといわれています。しかしながら、一部の抗がん剤の場合は、腎障害が遷延します。また、薬剤性の腎障害が繰り返されているような例では、その後のeGFRの低下速度が大きいことが知られています。
山内 そういった意味で、既往歴はやはり大事ということですね。4番目は何ですか。
西 どうしても腎機能というと血清クレアチニンとかeGFRのことになってしまうのですが、尿所見の異常というのは、慢性腎臓病を定義づける、もう一つのたいへん重要な指標です。
山内 尿の所見となると蛋白尿と血尿ですね。この2つは、肉眼的なものは別にして、わずかなレベルですと取り扱いはどうしたらよいでしょうか。
西 まず蛋白尿に関しては、試験紙法で、(1+)以上が続く場合、明らかな異常ですので、ぜひ、専門医にご紹介ください。一方、血尿に関しては、もし可能であれば、尿沈渣の検査を追加で出していただけますと、実際に赤血球尿があるのかどうかを確認できます。
山内 円柱とか、そういったものが出てくることがありますね。そういったことを念頭に置きながら、まずスクリーニングをやっていただいて、60、50と下がっていって、さらに45に至るまでの間ですね。ここのあたりは、非専門医が患者さんを預かるかたちになると思われます。例えば健診で要精査といった場合には超音波検査はいかがでしょうか。
西 我々専門機関で腎機能が比較的保たれている患者さんにご紹介でお越しいただいた時も、まずやるのが超音波の検査です。腎臓の長径は10㎝以上が正常サイズです。それをもし下回っている場合にはすでに萎縮が進んでいる可能性があります。形態学的に腎機能の予後が悪いことを示唆しているので、注意して観察をしていく必要があります。
山内 これはeGFR低下と並行して起こるものなのでしょうか。
西 そうですね、急激なeGFR変化でない限り、eGFRと腎臓サイズはおよそ比例していく関係にあるかと思います。
山内 あとは、超音波を行うと石が出てくる場合があります。イメージとして腎臓に石があると一時的に悪化する方がいるような気もしますが、これはいかがでしょうか。
西 腎臓の石といいますと、結石と石灰化の所見はしばしば指摘されるかと思います。石灰化は加齢によって生じることが多いです。一方、結石が腎臓のごく一部にある限りは腎臓全体の機能を左右するものではないと思います。しかし、結石に伴う症状がある場合には、泌尿器科的な介入が必要です。
山内 最後にこの要観察時での食事、運動療法ですが、患者さんは毎度いわれて、もうあまりピンとこないとか、かえって聞かないというケースもあるようです。ポイントをもう少し絞ってということになりますと、やはり一番大事なことは減塩になりますか。
西 そうですね。高血圧と腎臓は切っても切れない関係です。もし、塩分過多を疑われる場合には、6g/日以下の減塩食をぜひお勧めいただきたいと思います。
山内 塩分が多い食事というと汁物と考えてよいですよね。
西 はい、味噌汁やラーメンなどがすぐに思い浮かびます。
山内 もう一つ、夏場には熱中症を中心にして脱水が出てくるかと思います。やはり脱水は補正ないし、防止するべきものと考えてよいのでしょうね。
西 はい。脱水は急性の腎前性の腎不全を起こします。水分摂取を促しながら運動やスポーツを行うというのが鉄則かなと思います。
山内 運動療法の時も水分摂取をこまめにやってほしいということですね。
西 そうですね、患者さんにはそのようにお伝えください。
山内 どうもありがとうございました。
eGFR
東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科准教授
西 裕志 先生
(聞き手山内 俊一先生)
人間ドックや検診で蛋白尿(-)、血圧正常な人でeGFRが60以下で要精査もしくは要観察で受診する人がいます。蛋白尿の有無、高血圧、糖尿病の有無以外に留意すること、食事療法や運動制限が必要であればご教示ください。
兵庫県開業医