齊藤
男性性腺機能低下症あるいはLOH症候群についてうかがいます。
これはどういった疾患概念なのでしょうか。
井手
男性のテストステロンの低下から引き起こされる様々な症状を、一つの症候群として捉えています。医学的にはlate onset hypo gonadism症候群、加齢による男性の性腺機能低下症という、一つのQOL疾患で、原因としては加齢によるテストステロンの低下になります。
齊藤
症状は、体と心の両方ですか。
井手
そうですね。身体症状としては、全身の倦怠感や筋力が落ちたり、体の節々の痛みなど、非常に多岐にわたります。また、精神症状としてもちょっとうつっぽくなってきたり、意欲がなくなったり、性欲がなくなったり性的な症状などもあります。
齊藤
男性ホルモンが減ってくるということは、年齢としてどういう層が多いのでしょうか。
井手
男性ホルモンのテストステロン自体は20歳をピークに緩やかに低下していきます。特にストレスのかかる40代後半から50代はストレスがテストステロンの低下をさらに引き起こすことからLOH症候群、男性更年期が多いように思います。よく女性の更年期との違いを聞かれることがあります。女性は閉経というすごく大きなイベントがあって、エストロゲンがシャットアウトされてしまうことによって、いろいろな症状が起きています。男性の場合は緩やかにテストステロンが低下してくるので、40代後半から50代に症状のピークがあるのですが、どの年齢で起きてもおかしくないのです。
齊藤
体の不調、精神的な不調となると、働き盛りの人たちではどういったことになりますか。
井手
よくあるのが、かなり会社でストレスがかかっている。デスクワークでIT関係等にしてもずっと座って仕事をしている。座りっぱなしで体を動かさないということが、一つの理由になっています。運動不足と日々のストレスによってテストステロンの低下がかなり起きてくる。例えば、前の日に仕事で徹夜をして睡眠不足になると翌日のテストステロンがものすごく下がります。あと飲酒も良くなくて、深酒をしてしまうと、テストステロンが下がります。テストステロンはストレスや生活習慣にかなり影響を受けやすいホルモンです。そういったことを契機に症状が顕在化してクリニックに来ているところがあるかもしれないですね。
齊藤
会社には来ているけれど、あまり仕事ができないということになりますか。
井手
そうですね。最近問題になっているプレゼンティズムという状態があります。ちょっとやる気がなくて頭が痛くて会社に行けないとか、ちょっとお腹が痛いとか、昔はサボりじゃないかと言われていたものです。実はそのプレゼンティズムという状態にもテストステロンの低下、男性更年期がかなり隠れていると推察されています。
齊藤
これは、産業保健の観点からもかなり重要な領域になりますか。
井手
そうですね。プレゼンティズム自体が、かなり経済的損失も大きいといわれています。これからさらに少子高齢化が進む日本社会にとっては中高年層が有効に働く、効率よく働くという意味では、けっこう注目されるべき問題かもしれないと思います。
齊藤
いろいろな領域の医師が関わってくると思いますが、主にこの領域を扱う医師はどのような方ですか。
井手
診療科としては泌尿器科を中心にして診察していますが、例えば代謝・内分泌科、そして精神科などでもこういった症候群、疾患に注目して診療されている医師が最近増えています。特にLOH症候群に関しては、メンズヘルス医学会という学会が中心となって診療の手引きの作成やテストステロンの治療に対する認定制度などを作っています。
齊藤
メンズヘルス医学会のホームページを見ると、そういった活動をしている医師がわかるのですか。
井手
日本メンズヘルス医学会のサイトにいっていただくと、そういった全国のクリニックや病院がのっています。ぜひご覧ください。
齊藤
ホルモン治療は講習を受けた医師が行うのでしょうか。
井手
講習を受けた医師しか治療ができないわけではないのですが、テストステロンの治療の知識の高い医師が中心となって治療していくような、学会の取り組みを行っています。
齊藤
認定医があるのですね。
井手
そうですね。
齊藤
診断はどういう流れになるのでしょうか。
井手
男性更年期、LOH症候群では、非常に症状が多岐にわたっているのですが、一般的にはAging male symptomsスコア、AMSスコアというものを用いて、身体的、精神的、性的症状をスコア化して重症度を判定します。また、血液検査になりますが、総テストステロンや遊離テストステロンを測定してLOH症候群を診療していくことになります。
齊藤
まずは、questionnaire、それからホルモン濃度の測定になりますか。
井手
総テストステロンは250ng/dLという値、そして遊離テストステロンに関しては、今回の診療の手引きの改訂で7.5pg/mLという値を一つの指標にしようということになっています。ただ、治療に関しては、総テストステロン値と遊離テストステロン値は一つの目安であり、症状から男性更年期障害、LOH症候群が疑われる場合には、治療を開始していいとなっています。
齊藤
ホルモン濃度は参考として、主たる診断はquestionnaireのほうでいくのですね。
井手
そうですね。症状から疑われる場合には、テストステロン値は治療開始の妨げにならないということになります。欧米のガイドラインでも同じようなかたちをとっています。
齊藤
治療はテストステロン製剤の注射になりますか。
井手
一般的にはテストステロンのデポ製剤を2週間から4週間に一度、筋肉注射します。またOCT製剤としてはグル製剤、そして自費診療になってしまうのですがクリーム製剤なども使用することが可能です。
齊藤
飲み薬はないのでしょうか。
井手
飲み薬に関してはまだ一般的ではありません。欧米では使われているのですが、どうしても経口剤に関しては、肝障害があってこれまで敬遠されてきたところがあります。最近、肝障害の少ない、あるいはない経口剤も欧米では使われていて、そういったものも将来的に日本に入ってくればと思っています。
齊藤
基本的には注射製剤が多いのですね。
井手
現時点ではそうですね。
齊藤
症状改善は、どういうスピードで出てきますか。
井手
だいたい3カ月以内に症状の改善がみられる方が多いように思います。逆に言いますと3カ月以上使ってもあまり症状の改善がみられない方は、例えば精神的な疾患など別の疾患を疑っていただいたほうがいいかもしれないです。
齊藤
治療期間はどうなりますか。
井手
先ほど申し上げたAMSスコアを見ながら治療をして、症状の改善を図っていくのですが、QOL疾患なので、患者さんと注射の継続に関して相談しながら、治療の期間を決めていくことが多いように思います。早いと6カ月ぐらいで症状が取れていく方が多いように思います。また、テストステロンの補充療法の注射をしながら生活習慣の改善、特に適度な運動をお勧めしています。自分でリカバーする力もあると思うからです。生活習慣の改善で注射から離脱されるという方も多いと思います。
齊藤
副作用はどうなのでしょうか。
井手
副作用に関しては、少ないのですが、赤血球の増多作用があるので、多血症があります。テストステロンの補充療法は一時休薬することもあります。また、ほかには睡眠時無呼吸症候群には少し注意したほうがいいとか、特に高齢者では、心疾患の既往のある方にはテストステロンの補充療法は注意したほうがいいということがあるかと思います。一点、前立腺がんに関してですが、テストステロンは前立腺がん細胞の増殖促進作用があるのですが、テストステロンの補充療法に関しては、前立腺がんの発症を増加させることはないと言われています。ただ、PSAがちょっと高めの方、ガイドライン上は2を超える方には少し注意して補充をやっていただいたほうがいいように思います。
齊藤
これは保険診療で使えるのですよね。
井手
LOH症候群という病名は保険診療で通っておりません。男性更年期障害は通っているのですが、基本的には性腺機能低下症として治療を行うか、自費診療ということになります。
齊藤
まだまだこういうことで診断されない患者さんが多い領域ですね。
井手
そうですね。これから先、さらにLOH症候群自身、男性更年期障害を社会的に啓発して、その対策なりを発信していくのが重要かと思っています。
齊藤
どうもありがとうございました。