山内
PPIが出始めの頃は、急性期だけ使うように言われていました。それがいつの間にか長期処方、さらに慢性的に使われるようになってきた背景について少しうかがいます。
佐藤
おっしゃるとおりで、1991年に初めてオメプラゾールが出てきた時は、H2ブロッカーよりもかなり強力なものですから、副作用の懸念もあって、ごく短期間限られた疾患に使いましょう、ということでスタートしました。効果が良いので、だんだん後続のPPIも出てきて処方量がどんどん増えまして、長期的に使うとなると適用はGERDや、NSAIDs潰瘍の再発予防などに限られるのですが、それ以外にそういう疾患がなくても胃の症状がある方に投与して、1回投与開始したらそれっきりという、ちょっと問題のある長期投与が多いのが現状ではないかと思っています。
山内
胃薬を何か処方してくれないかと言われた時に追加してしまうような感じになってきていますが、やはり今のお話からも特に日本では随分と使われていそうですね。諸外国と比べてどうでしょうか。
佐藤
外国ももちろん多いのですが、日本でもかなり増えてきました。例えば、Yamamichiらの検診のデータでは、2010年のPPI使用者の割合は1.8%から2019年では5.3%と倍以上に上昇しているという結果が出ています。
山内
今回のお話になりますが、長期使用リスクに関してです。例えばアスピリンなど抗血小板薬等でついでに胃潰瘍予防として出されるケースが多くなっていると思われますが、このあたり、今の話でいうと厳密には適応になっていないのでしょうか。
佐藤
アスピリンの場合は、潰瘍既往がある場合は適応になっています。
山内
既往がない場合は、いかがでしょうか。
佐藤
本当は適応ではないのですが、消化性潰瘍診療ガイドラインでは使いましょうという推奨をしています。
山内
長期使用リスクに関してのエビデンスはいかがでしょうか。
佐藤
タイムリーな話題で胃がんのデータが多く出てきています。観察研究ですので、注意点をまず2点述べさせていただきますと、その評価の尺度はオッズ比とかリスク比などがあるのですが、胃がんの頻度は非常に低く、どの測定値もだいたい似たような数値をとるので、メタ解析などが可能と考えられています。ただ、どうしても観察研究に構成されますので、検出されないバイアスというのは、コントロールの必要があるので、マッチングや統計学的調整をやるのですが、どうしても交絡が残ってしまうという危険があります。それで、その測定値が0.3~3という低い数字の場合、潜在的バイアス領域として因果関係の解釈には注意が必要といわれています。
山内
0.3~3ぐらいバイアスがかかるということですね。
佐藤
気をつけましょうということです。
山内
他に問題点や対策がありましたら、教えてください。
佐藤
先ほど一つお話しした交絡の調整ですが、あと2つありまして、薬剤の疫学研究の大きな問題として、プロトパシーバイアス、逆因果バイアスといわれることがあります。例えば、胃がんの初期症状でPPIを投与した場合、そのPPIのせいで胃がんになったという間違った解釈をされることを逆因果バイアスと言うのですが、それを最小限にするために曝露の基準にラグタイムというのを入れて、調査直前の一定期間、6カ月~1年とか、人によっては数年設けるのですが、その期間は投与の評価から外して評価します。
もう一点は比較のコントロールの問題なのですが、PPI服用者を一般集団と比較すると胃がんのリスクを過大評価しているのではないかという指摘があります。というのは、胃に疾患を持つ患者さんはすでに胃がんのリスクが高まっているということがあるので、比較対象でH2ブロッカー服用者を選んで、それをPPI服用者と比較して適応症の交絡を少なくしようという工夫をしています。
山内
そういったものをきちんと入れていった上で、長期使用リスクが現在のところ幾つか挙がってきている状況にあると考えてよいのですね。その中で少し注目されているのが胃がんになるのでしょうか。
佐藤
いよいよデータについてお話しさせていただきたいのですが、観察研究は2006~20年まで実に20件の報告、データがあります。その20件に対して、2022年から23年にかけてなんと4つのメタ解析があるのです(表)。ですから、今かなり注目されているのですが、一つひとつの観察研究でオッズ比は低いものは1.01から高いものは3.6まであります。メタ解析のデータを見ますと、オッズ比は1.3~1.94の範囲で2よりは低い数字になっています。先ほどの話ですと、これは少し低いほうに入ると思うのです。
山内
他の有害事象に関してのメタアナリシスはありますか。
佐藤
はい。他の有害事象は、肺炎や腸管感染症、骨折、骨粗鬆症、認知症など観察研究の結果はたくさんあるのですが、それぞれについてメタ解析はなされていません。ただ、幸いなことに大きなRCTが1件ありまして、Moayyediという先生がリバーロキサバンとアスピリンの服用者約17,000人と非常に多くの方にPPIとプラセボのRCTを3年行い、中央値を調べました。すると有害事象で有意差が出たのは、それらの中で腸管感染症だけで、そのオッズ比も1.33と非常に低いものでしたので、RCTでいろいろ心配されている有害事象は否定されたという結果が出ています。
山内
今までのお話ですと、いろいろな疾病が少し多くなるような気配があるけれども、明らかなエビデンスまでには至っていないということですね。
佐藤
そうですね。非常に危険なところまではないのかもしれないというところだと思います。
山内
こういったデータを受けまして、例えば、アメリカの消化器病学会の長期使用に関する見解をうかがいたいと思います。
佐藤
アメリカ消化器病学会で2つ出ていまして、2017年に長期投与リスクベネフィットの見解が出ています。その中ではGERDの患者さんは、びらん性食道炎や狭窄の合併症がある方は長期のコントロールのために長く使いましょうとされています。ただし、GERDで短期的な投与に反応して合併症がない場合は、中止を検討してください、となっています。その他、バレット食道やNSAIDsによって出血性リスクのある人がNSAIDsを服用する場合は、長期にPPIを使ってください。ただし、長期で使う場合は、その投与量は定期的に再評価してくださいというアドバイスをしています。
山内
何の再評価をするのでしょうか。
佐藤
要するに少ない量にできないか、あるいはやめてよいかということだと思います。やめることに関して、もう1点、2022年にやはりアメリカ消化器病学会から今度はPPI処方中止の推奨が出ました。ただ、そのPPIの中止の決定は、PPI投与の適応がないということだけに基づくべきであって、関連有害事象の懸念が理由にはならないとしています。ただし、その長期投与の適応がない患者さんにおいては、全例投与中止を検討すべきであるという推奨を出しています。
山内
次に日本の対応ですが、PPIの長期投与に関してのガイドラインについては先ほど少しお話がありました。多分、日本のほうがアメリカより相当使われているというあたりを踏まえて、これはいかがでしょうか。
佐藤
日本消化器病学会のGERD診療ガイドライン2021で触れられているのですが、クリニカルクエスチョンでPPI長期維持療法は安全かということに対して、安全性は高いのですが、注意深い観察が必要であり、常に必要最低限の投与量を提案するという推奨をしています。
山内
この必要最低限というのは、薬剤でいう維持療法に近い概念ですか。
佐藤
はい。維持療法です。full doseよりも半量、半量で済むのであれば、隔日投与などもう少しあけて、より投与量を減らしていきましょうという推奨になっています。
山内
隔日投与も一つの選択肢なのですね。
佐藤
下げるところまで下げましょうという推奨です。
山内
もう一つの飲み方で頓服はいかがですか。
佐藤
もちろん、よいと思います。それでコントロールできるならいいのですが、ご存じのとおりPPIの次に、ボノプラザンという強いアシッドブロッカーが出てきたのですが、これはPPIよりもすぐに効果が出ます。ですから、頓用には非常に向いていますのでガイドラインでも頓服的な使い方も勧めています。
山内
よく症状が出てくるのが怖いのでくださいみたいなケースがありますがどうでしょうか。
佐藤
それはやはり不必要な投与になってしまうのではないかと思います。
山内
患者さんにお話しして、少しずつ減らしていくということですね。あと除菌後のケース、これはいかがでしょうか。
佐藤
除菌後に逆流性食道炎が増えるのではないかという懸念があったのですが、これは必ずしも増えるわけではなく、良くなる人も、変わらないという人と、3パターンあります。やはり食道裂孔ヘルニアがある方や、逆流の要因が強い方は逆流性食道炎が起きることがありますので、除菌前には経験したことのない胸やけがある方は必要に応じて使う必要があります。しかし、もともとピロリ菌がいた方ですから酸分泌が多すぎるわけではないので、これも長期的にはあまり必要ないかなと思います。
山内
ありがとうございました。