ドクターサロン

池脇

心筋梗塞後の心室瘤の血栓をどう治療したらいいかという質問をいただきました。専門医の立場から教えてください。

村﨑

はい。国内のガイドラインは日本循環器学会から出ています。私も作成に関与したのですが、なにぶんDOACのなかった時代の2009年度版と古いものです。そこでは心筋梗塞の既往で左室瘤があって血栓がある場合には、ワルファリンによる抗凝固療法をクラスⅠで推奨すると書かれています。ですので、今のところ基本薬としては、まずはワルファリンを考えていただく、ただ、その後、市場を席巻しているDOACをどのように使っていくのかという疑問をお持ちになったのではないかと思います。

池脇

細かい質問になりますが、一般的に血栓があると、最初はヘパリンで治療して、その後ワルファリンなのか、最初からワルファリンなのか、これはどちらなのでしょうか。

村﨑

心筋梗塞の急性期から入院されている方に関しては、急性期に当然のようにヘパリンを使っていますし、ワルファリンはすぐには効くことはないので、そのままワルファリンをかぶせていくやり方になると思います。しかし、いったん退院した患者さんで、ある程度心筋梗塞ができ上がってしまった後にエコーで見つかったような場合には、例えば外来で短期間でなんとかコントロールをつけてワルファリンを導入するようになると思います。

池脇

基本的には心筋梗塞の後の心室瘤というのは、発症してから短い期間にできることが多いと聞きましたので、通常ヘパリンをやっている状況で見つかるという意味では、そこでワルファリンを加えるということでよいですね。

村﨑

はい。

池脇

今はDOACが使われている状況になっていますが、この左室瘤の血栓に対してのワルファリンとDOACの比較試験のようなものは、幾つか発表されているのでしょうか。

村﨑

それほど多くの数が発表されているわけではないですし、caseとかcase seriesとかは多少はあるのですが、一番大きいものでは2020年にJAMA Cardiologyに出ているものがあります。500人ぐらいの患者さんを前向きにワルファリンとDOACとに振り付けてみるという研究が行われました。イベントを血栓塞栓症でみているのですが、ワルファリンが圧倒的に効果があって、DOACは少し不十分かなというような結果でした。今のところ、ワルファリンは間違いなく効くということが言えるけれども、DOACに関してはなんともまだわかっていませんし、左室内の血栓単独ではDOACは適用がありません。それをやるのでしたら、やはり臨床試験という形を組んでエビデンスを示す必要があるため、良い悪いの判断は難しいと思います。

池脇

確かに左室内の血栓に対してDOACを使うことは保険適用外ですが、海外を含めた臨床試験でだいたい同程度の効果があるようでしたら、それをもう一度検証して、将来的に保険適用で使うという道もあるようには思います。先生が紹介されたJAMA Cardiologyで、ワルファリンのほうが効果が認められたとなると、将来的に使えるような状況になるかどうか、やや厳しそうな気がしますが、どうなのでしょうか。

村﨑

そうですね。もちろんエビデンスとしても不十分ですので、前向きのランダム化試験で立証された後、保険適用になるということだと思いますが、現時点では良いも悪いもなかなか言いにくいということかと思います。

池脇

同じ心臓の中の心房細動の左房の血栓に関しては、いろいろな臨床試験でDOACの有効性、安全性が証明されて汎用化されている一方で、同じ心臓でも心室瘤の場合は、少なくとも今のところデータを見るとワルファリンのほうが良いようですが、これはその状況とその薬の作用に何か理由があるのでしょうか。

村﨑

非弁膜症性心房細動(NVAF)の血栓塞栓症予防に対してDOAC適応があるのですが、NVAFの左房内で血栓ができるメカニズムは、主として血流のうっ滞に加え、CHADS2やCHA2DS2-VAScで示されている易血栓性の全身的なリスクがあり、いわゆる血栓が作られやすい状況がもともとある方にも、左房内で血流がうっ滞するとできるかと思います。その左房の中側では直接傷害を受けている部分ではないのですが、心筋梗塞後の左室の心腔内では、心筋は壊死しており傷害を受けている部位です。特に心内膜面は一番虚血に弱いところですから、そこにはネクローシスが起こっています。生体内で壊死が起こった細胞は、その細胞の表面の変化により血栓形成性が非常に高まることが知られていますので、そこの部分にはっきりとトロンビンの産生、亢進が起こります。ですので、血栓ができるメカニズムがNVAFと心筋梗塞後の心室内とでは異なると思っています。

池脇

血栓ができる局所の状況が実は同じ心臓でも違うという点と、ワルファリンとDOACの作用するポイントの狭さというか広さが関係しているのでしょうか。

村﨑

それもあると思います。そのほかにDOACの開発の歴史で明らかになったことですが、もともとワルファリンで治療をしていた時には、NVAFの血栓症予防には、24時間切れ目のない抗凝固効果が必要なのではないかと考えられていました。抗血小板薬にしろ、抗凝固薬にしろ、古いものはみな24時間効いているものばかりですので、all day longでしっかり効いていないとダメだと思っていたものが、DOACのように半減期が比較的短くて、もしかしたら次に飲む直前には効果が切れているかもしれないという、そういう血中濃度に依存した効果を示す薬でも予防できるというのは非常に驚きでした。心房細動とか、今適応の通っているDVT(深部静脈血栓症)や、肺血栓塞栓症に関しても同じようにワルファリンが先行して効果があることがわかっているものではありますが、試していくことによって、半減期があって、途中で効果が弱くなってしまうものでも効くものと効かないものを今見分けています。そういう歴史の中に、例えば人工弁に対するトライアルも行われたけれども、人工弁はやはりall day longでしっかり抗凝固していないと難しかったということで、今のところ禁忌になっています。DOACに関しては、これからわかっていくところがたくさんあるのかなと思っています。

池脇

今後ワルファリンとDOACの先行研究のような、やはりワルファリンでなくてはダメだという可能性は十分ありそうですね。

村﨑

そうですね。

池脇

質問に直接的ではないのですが、例えば心筋梗塞で心室瘤ができたけれども今のところ血栓はない、でもおそらく血栓のリスクは高いし、それが頭に飛んでしまうとたいへんなことになるといった場合、先行して抗凝固薬の使用となるのでしょうか。

村﨑

目で見えるサイズの血栓は必ず目で捉えられるかというと、その精度にはいろいろ疑問がありますし、エコーなら必ず見えるのかと言われると、見えにくい方もおられるかと思います。 なので、血栓がある、ないは、ないを証明するほうが難しいので科学的ではないかもしれませんが、ここはおそらくできているだろうと考えると、心筋梗塞の比較的急性期に大きい血栓症が起こることは非常にmisera bleなことが起こってしまいますので、踏み込んで使っていかざるをえないかと思っています。ただ、例えば男性やlow-EFなど、ある意味わかりやすい指標がないわけではありません。

池脇

ずっと血栓のリスクが高いというよりも、おそらく発症して数カ月、せいぜい半年ぐらいの間は、一応予防的な抗凝固薬を使うという考え方でよいでしょうか。

村﨑

もし血栓があるのではないかと強く疑われる場合は、そうなると思います。一応、ESCやACC/AHAガイドライン2013では急性心筋梗塞後のLV thrombusがある患者さんに対しては、少なくとも3~6カ月、もし出血のリスクが低ければ、無制限のビタミンK、anticoagu lantの投与となっています。thrombusがあるか、ないかを見分けるのは難しいですが、抗トロンビン治療は心筋梗塞の二次予防にも非常に効果があるので出血リスクさえ低ければ使っていくのは悪くないのかもしれません。

池脇

質問に対しては、今までのデータではワルファリン以上の効果は期待できない。そして何より、今のところ保険適用外だということはきちんと覚えておく必要があるように思いました。ありがとうございました。