ドクターサロン

 槙田 糖尿病に隠れた内分泌疾患についてです。 まず、糖尿病と内分泌疾患、なぜこの2つが関連するのでしょうか。
 下村 これは本来違う病気のようなのですが、実は合併していることがとても多く、その合併の背景に何があるかを知るのは臨床的に大事な場合が多くあります。糖尿病は血糖値が高い状態ですが、その状態を是正する、つまり血糖値を低下させるホルモンは、体の中ではほぼインスリン一つです。このインスリンが効きにくくなる、あるいは出なくなる、この2つの理由によって血糖値が上がり、糖尿病になっていきます。 この効きにくくなる、あるいは出なくなる状態が幾つかの内分泌疾患で引き起こされることによって糖尿病が合併しやすくなります。ですから、糖尿病というのはとてもよくある病気ですが、それが食べ過ぎ、ないしは両親、親戚に糖尿病の方がおられてなった糖尿病ではなく、背景に内分泌疾患があることによって糖尿病が起こってきている場合があるので、それを絶対見逃してはいけません。
 槙田 では具体的にインスリンを効きにくくするホルモンにはどのようなホルモンがあって、そのホルモンが高くなる病気をどうやって見つけ出したらいいのでしょうか。
 下村 それはとても大事で、見逃されていることが多いのです。インスリンを効きにくくするホルモンは医学的にインスリンカウンターホルモンと言われて、カウンターというのは対抗馬のことです。インスリンの対抗馬のホルモンには大きく分けて3つあります。1つは副腎皮質から出るコルチゾール、2つ目は下垂体の前葉から出る成長ホルモンのGH、3つ目は甲状腺から出る甲状腺ホルモンです。 まず副腎皮質から出るコルチゾールが上がってしまう内分泌疾患について説明しますと、一般的にクッシング症候群と呼ばれる病気で、副腎の皮質から出るコルチゾールが上がり過ぎるものです。それは1つには副腎の皮質に腫瘍性の病変ができて、そこからどんどんコルチゾールを作り過ぎてしまうという場合。2つ目は副腎皮質のコルチゾールは下垂体前葉から出てくるACTHというホルモンによって正に制御されていて、その下垂体に腫瘍性の病変ができACTHを作り過ぎてしまい、その結果として副腎からどんどんコルチゾールが出すぎてしまう場合です。3つ目は、これはまれですが、下垂体とも副腎とも全然関係のない場所にできた、多くは悪性腫瘍性の病変から、本来下垂体から作られるACTHというホルモンがたくさん作られて、それによって副腎からどんどんコルチゾールが作られる場合です。この3つのパターンでコルチゾールの過剰症が体の中で起こってきます。 コルチゾールはインスリン作用を抑えるので、糖尿病を引き起こしたり、それだけではなくて血圧を上げたり、コレステロールを上げたりし、さらにはおなかが出っ張ってくる内臓脂肪型肥満や、さらには骨粗鬆症も引き起こすという特徴があります。内臓脂肪がたまって、糖尿病になって、血圧が上がって、コレステロールが上がると、本当にメタボリックシンドロームのような感じなので、見逃されていることが多いのですが、実はどこかにはっきりとした原因があります。これらのことが全部さみだれ式に起こってくるため、早く見つけられたらこういうことがほとんど起こらなくて済むし、見つからなかったら、そのままメタボリックシンドロームがどんどん重なって起こってくる。そして、たくさん薬をのんだり、骨粗鬆症で骨折が起こったり、いろいろな糖代謝、脂質代謝、血圧の高値によって脳梗塞や心筋梗塞が起こり、見つからなかったらたいへんな病気になるのです。ですから、これは臨床の現場ではたいへん重要な疾患になります。
 槙田 そうすると、拾い上げるコツは、メタボっぽい患者さんで、でもそんなに生活習慣は悪いわけではないところに注目、ということですね。
 下村 おっしゃるとおりです。メタボっぽい、急におなかがちょっと出っ張ってきた、急に血圧やコレステロールが上がってきた、ないしは糖尿病になってきた。要は、急に何かが起こってきたことを見つけるのがコツです。あとは家族がそんな病気になっておらず、自分もそんなに食べ過ぎや、メタボになるような食事・生活習慣ではないにもかかわらず、今言ったようなことが起こってきたときは極めて要注意、ないしはこの疾患の可能性が高くなります。
 槙田 成長ホルモンというのはどのようなときに上がるのでしょうか。
 下村 これも本来は子どもが成長するときにどんどん背が、骨が伸びていくのに大事なホルモンなのですが、大人でもある一定の量出ているというのが大事です。本来下垂体の前葉から出るのですが、そこに腫瘍性の病変ができて成長ホルモンが出すぎてしまうと、大人ではいわゆる骨端線が閉じているので身長は伸びないのですが、体の端々の骨がごつごつ隆々としてきます。具体的には、手の先や足の先、顎とか額などがどんどん出っ張ってきて、ごつごつした感じになってくる先端巨大症という病気になります。このホルモンもインスリン作用を抑える作用、インスリンを効きにくくする作用があるので糖尿病が合併しやすいということと、さらにはこのホルモンが上がると大腸がんになったり、睡眠時無呼吸症候群あるいは心不全などを引き起こすことも多いので、この疾患も見逃さないことが大事です。 ただ、体の端々が大きくなってくるというのは、毎日鏡を見ていても日々の変化には自分ではなかなか気づけないのです。自分で気づく場合では、足のサイズが大きくなって靴が入らなくなるというのはよくあります。あとは、久しぶりに会った親戚や友人に「何かちょっと顔つき変わったよ」とか「ごつごつした感じになったよ」などと言われて初めて気づかれる場合も多く、そういうことがヒントになります。
 槙田 甲状腺ホルモンはいかがでしょうか。
 下村 甲状腺ホルモンが出すぎる病気、世の中でバセドウ病といわれる病気ですが、このホルモンもインスリン作用を抑えるので、これが高くなりすぎたときは糖尿病になりやすくなります。その他、このホルモンは脈を速くするので、頻脈やドキドキと動悸がしたり、汗をたくさんかかせて発汗過多や急に体重を減少させたり、あるいは精神不安定・イライラさせたりするのも特徴です。急にイライラしたり、ドキドキしたり、汗をかくようになったり、体重が減ってきたりするときに、加えて糖尿病が起こってくるのは、この病気の可能性が高くなってきます。
 槙田 甲状腺ホルモンはコレステロールを下げる作用があるので、外来で急にコレステロールの値が良くなってしまうことも経験します。
 下村 確かに「なんでこの人、急にコレステロールが下がったんだろう」というときに、調べてみると甲状腺ホルモンが高くなっているという場合もありますね。
 槙田 一方でインスリンがうまく出なくなるような内分泌疾患にはどのような疾患があるのでしょうか。
 下村 アドレナリンやノルアドレナリンという緊張したときや非常事態時に上がって、血圧や脈拍を上げて危機に対応するホルモンが、腫瘍性の病変から過剰に作られたときに、たいへんなことが起こります。その代表が褐色細胞腫という副腎の髄質の細胞が腫瘍性に増殖した有名な病気で、アドレナリン、ノルアドレナリンが上がり過ぎるので、急に血圧が上がったり、高い血圧が持続したり、頭が痛くなったり、脈がどんどん速くなって頻脈が続いたりを繰り返す病気です。ただ、これも自覚症状に乏しいこともあるので、こういう症状があると知っておくことが大事になります。このアドレナリンやノルアドレナリンも、先ほどの3つのホルモンと同じように、インスリン作用を妨げる作用があるのに加えて、インスリン分泌そのものを低下させる作用もあるので、この2つの面から糖尿病になりやすい状態になります。
 槙田 そのほかに糖尿病を起こす内分泌疾患はありますか。
 下村 とてもよくある高血圧の原因で、研究データによると、高血圧患者さんの10%ぐらいに当てはまるかもしれないといわれている、原発性アルドステロン症という、血圧を上げるアルドステロンというホルモンを作る細胞が腫瘍性に増殖して高血圧になる病気があります。このアルドステロンは、その作用の中にカリウムを下げるというものもあって、低カリウム血症によってインスリン分泌が下がって糖尿病が合併してしまう場合もあります。この病気もけっこう見逃されていることが多く、血圧が上がってきて、糖尿病の気も出てきたというときは要注意かもしれません。
 槙田 いよいよその病気を疑って診断された場合に、治療としては腫瘍を取るのがメインになりますか。
 下村 そうですね。様々な方法で、こういう病気があることは血液検査などでわかってくるし、あるということがわかってきたら、腫瘍が本当に予想した場所にあるのかどうかを画像検査等で確認する。腫瘍があることに加えて、その腫瘍から本当にそういうホルモンがたくさん出ているかどうかもいろいろ調べる方法があって、確定診断がついたら、その腫瘍をしっかりと取ってしまうのが確実な方法になります。ただ、その腫瘍が大きすぎる場合や、いろいろな事情で手術にならない場合、ホルモンの作用を抑制したり、そういうホルモンが出にくくなったりする薬剤を使う場合もあります。ただ、基本的には先生がおっしゃられたように、作り過ぎている場所を同定して、腫瘍であればそれを取ってしまうのが治療の基本になります。
 槙田 患者さんをしっかり診断して、治療して完治させるのが一番ですね。
 下村 そうですね。
 槙田 どうもありがとうございました。