ドクターサロン

 山内 西﨑先生、夜尿症はありふれた病気ですが、治療必要性の大前提としてはどういったものが考えられますか。
 西﨑 おっしゃるとおり夜尿症は比較的頻度の高い疾患で、何か体に症状をきたすことは非常にまれである一方で、夜尿症で悩んでいると本人の心の問題、特に自尊心が低下してしまったり、同居者のQOLが下がってしまうという報告もあります。ですので、家族や患者さんが悩んでいる場合には、積極的な診療の提供を行うのが基本的な姿勢になると思います。
 山内 夜尿症の定義はあるのでしょうか。
 西﨑 国際的な定義も日本のガイドラインにある定義も同じですが、基本的には5歳を過ぎても就寝中に無意識に尿が漏れる状態が月に1回以上の頻度で3カ月以上続いているものになります。
 山内 けっこう数は多いのですか。
 西﨑 正確な有病率は出ていないのですが、日本の5~15歳の小児人口のうち、推定で約80万人ほどが夜尿で悩んでいるとされており、これは小児人口の約6.4%を占めるという試算があります。
 山内 親御さんにとってはどこまでが病気かどうか非常に難しく、悩ましいところで、子どもの精神的な発達にもからむと思いますのでなかなか大きな問題ですね
 西﨑 そうですね。
 山内 夜尿症の病態に移らせていただきます。まず、病態()とそれに基づく分類はいかがでしょうか。
 西﨑 はい。夜尿症を起こす病態は、大きく分けて3つになります。1つは、寝ている間の尿が多い状態である夜間多尿。そして夜間寝ている時に膀胱に尿がうまく溜められない膀胱容量の低下。そしてなによりも子どもに特徴的なのは尿意を生じても起きられない、いわゆる覚醒閾値が上昇してしまって尿意があってもトイレに行くという行動になかなか移せないことが問題になります。
 山内 分類(表)はどうなりますか。
 西﨑 分類は2つあります。まず1つは多くの疾患がそうであるように、生まれてからずっと、夜尿が続いている一次性と呼ばれるものと、あとは少なくとも6カ月以上夜尿がなかった状態から改めて夜尿が再発したという二次性、という分け方があります。そして、今回の質問にあるような下部尿路症状(lower urinary tract symptoms:LUTS)を伴う夜尿症か、本当に夜だけお漏らしをする夜尿症の2つに分類します。簡単に言いますと単一症候性といわれるものは夜間のお漏らしのみ、非単一症候性は昼間のお漏らしと夜間のお漏らしというのが代表的な症状になります。
 山内 そうしますと単一というのは夜だけという意味に近いのですね。
 西﨑 そうですね。
 山内 そうするとわかりやすいですね。今回は質問に沿って非単一症候性を主に取り上げてまいります。このあたりの治療手順について、もう少し詳しく解説をお願いします。
 西﨑 日本夜尿症学会、今は日本夜尿症・尿失禁学会という団体の診療ガイドラインが2021年に改訂されました。こちらに従いますと、夜のみのお漏らしのパターンと、あとは昼の症状を伴うお漏らしのパターンの2パターンによって治療手順が大きく分かれます。特に昼間の症状の有無に注目して、まず昼間の症状があるお子さんの場合は、夜尿症の治療の前に昼間の症状の改善を優先する流れになっています。
 山内 この昼間の症状には例えば尿失禁なども入るのですね。
 西﨑 そうですね。昼間のLUTSの代表的なものは、主に昼間のお漏らし、つまり昼間尿失禁と呼ばれるものになります。その他に今回の質問にあるような尿回数の著しい低下や回数が多すぎる場合、その他、痛みを伴う排尿や腹圧をかけなければ出ないようなおしっこ。こういったものも日中に見られるようであれば、昼間のLUTSに分類されます。
 山内 何らかのトラブルがあればこちらに入るということですか。
 西﨑 そのとおりです。
 山内 診療の次の進め方、治療についてうかがいます。
 西﨑 昼間のLUTSと夜尿の両方を認めるお子さんの場合は、まず昼間の症状の改善を目指すのですが、注意すべき点は、便秘があるかどうかの確認と、きちんとしたタイミングできちんとした排尿をしているかどうかという観察をすることです。LUTSに対して、場合によっては抗コリン薬を使う場合もありますが、この場合は抗コリン薬には小児用量の設定がなく、保険適用上は過活動膀胱となるなど、少し注意すべき点もあります。
 山内 まず、昼間から改善していくということですね。
 西﨑 はい。子どもたちの排尿蓄尿のシステムの確立は、昼間の尿禁制が達成されてから夜間の尿禁制が達成されるという生理的な成長の流れがありますので、昼間の症状の改善を先に目指すのが生理的だと考えられています。
 山内 昼間の症状があまりないようなケースでしたら、夜間の症状の治療からでよいのですね。
 西﨑 そうですね。昼間の症状が完全に改善しなくても少しでも改善傾向があれば、夜間のほうの治療に移っていくのが一般的と考えています。
 山内 質問では一次性多尿型の10歳男児ということです。先生はこれをどのように捉えられますか。
 西﨑 まず一次性ということで、先ほどの分類で言いますと、生まれてからずっと夜尿があるということで、裏を返すと二次性ではないといえると思います。ですので、いわゆるよくある夜尿症のお子さんかと思います。
 山内 一次性多尿型、10歳男児、云々となっていますが、このあたり先生はどのように把握されますか。
 西﨑 多尿型というのは、10歳のお子さんであれば、夜間の尿量が250mL以上あるというような場合、検査をしますと、尿が薄い場合が多く、低比重尿や低浸透圧尿を認めていることが多いのではないかと考えます。
 山内 次に排尿回数が1日3回以下とあります。これはやはり少ないでしょうね。
 西﨑 はい。ガイドラインの定義に当てはめても排尿回数が3回以下、もしくは8回以上というのは、排尿回数の異常と捉えていいと思います。今回のお子さんに関しましては3回以下ということであれば、過少排尿回数というように考えます。
 山内 尿意があるかないかというのも大事でしょうね。
 西﨑 はい。先生のおっしゃるとおりで、お子さんが尿意を全く感じていないのか、尿意があっても他のことに夢中になっていてトイレに行くのを遠ざけているのか、そういったところで少し鑑別する疾患が変わってきます。
 山内 その後に、起床時の排尿がないという記載もありますが、これはいかがですか。
 西﨑 起床直前にお漏らしをしてしまっているお子さんであれば、朝一番のおしっこがなかなか出なかったり、量が少ないのは臨床的にはよくあることだと思いますので、起床直前にお漏らしをしているのであれば、こういったことがあっても不思議ではないです。
 山内 この質問のケースの症状等をご覧になりまして、さらにもう少し情報が欲しいとなるとどういったことでしょうか。
 西﨑 夜尿症の初期診療で基本的な情報として必ず確認することは、1週間当たり、ないしは1カ月あたりの夜尿の回数になると思います。あとは昼間の尿の回数に関して触れられていますが、実際、昼間にお漏らしがあるかどうかといった情報は少し押さえておきたいと思います。
 山内 これは質問の中にありますがLUTSに当てはまると考えてよいのですね。
 西﨑 はい、そのとおりです。
 山内 この場合、診断の進め方として、検査としてはどういったものが挙げられるのでしょうか。
 西﨑 今回の症例のように、10歳の男の子という比較的高年齢のお子さんの昼間のお漏らしや昼間の症状と夜尿症がある場合は、一度は泌尿器科的な疾患のスクリーニングをする必要があると思います。具体的には腎尿路系の超音波検査をするのが必要になってくると思います。
 山内 その後、治療のアウトラインとしてはどういったものでしょう。
 西﨑 まず、生活の見直しを行うことが多いと思います。基本的に昼間の症状があるお子さんには、昼間きちんと飲水をとって、トイレに行くというような生活のパターンを教えることが必要です。加えて、夜間のお漏らしで困っている場合は、寝る直前、特に夕飯直後ぐらいから寝るまでは少し飲水を控えることも夜尿回数を減らすのには効果的だと言われていますので、そういった生活の見直しをしていただきます。
 山内 難治性の場合では何を考えたらよいですか。
 西﨑 非単一症候性夜尿症、すなわち昼間のお漏らしがあったり、昼間のLUTSがあり、かつ夜尿症もなかなか良くならないという高年齢のお子さんに関しては、やはり尿意への感覚が鈍い場合や、好きなことに夢中になるとトイレに行くことを後回しにしてしまうというような、ちょっと変わった性質を持っている方が混ざってきますので、発達障害、最近は神経発達症と呼んでいますが、こういった発達面のアプローチを考えるタイミングかと思います。
 山内 最後に簡単に治療法を具体的にお示しいただけますか。
 西﨑 昼間尿失禁に関しては、先ほどの生活指導、便秘の治療、それから抗コリン薬の選択があります。一方、夜尿に関してはエビデンスレベルの高いデスモプレシン口腔内崩壊錠を用いるか、アラーム療法を導入することが、ガイドラインでは示されています。
 山内 抗コリン薬はいかがでしょうか。
 西﨑 抗コリン薬は非単一症候性の一部の患者さんには非常に効果的なのですが、抗コリン作用による便秘の増悪や残尿のあるお子さんに関しては、尿路感染症等のリスクを伴うので、比較的慎重に投与したほうがいいと思います。
 山内 どうもありがとうございました。