ドクターサロン

 池田 渡辺先生、鵞口瘡とはいまだに使われている病名なのでしょうか。
 渡辺 鵞口瘡というのはかなり古い病名で、カンジダという真菌が見つかる前につけられた口腔内の病変です。今はカンジダが同定できるようになったので、鵞口瘡という病名はほとんど使用されることはなくなりましたが、カンジダ症の概念が確立される前は、鵞口瘡という病名が使用されていました。したがって、今は鵞口瘡という病名は、口腔内カンジダ症とほぼ同意語として扱って問題はありません。
 池田 では口の中のカンジダ症ということですね。
 渡辺 昔の人がいった鵞口瘡はどのようなものかわかりませんが、記載からは、白苔やびらんなどが見られることから口腔内のカンジダ症に相当するのではないかと思われます。
 池田 どのような症状なのでしょうか。
 渡辺 普通の口腔内カンジダ症と同じで、白苔や白苔を剝がすとびらんなどが見られます。カンジダは、常在菌で普通の人でもあります。胎内の赤ちゃんにはカンジダはないと思われますが、オギャーと生まれると同時に、授乳などを通じて大腸菌やカンジダが定着するようになり、やがて口腔内にもカンジダが検出されるようになります。特に赤ちゃんだと細胞性免疫が低下していますので、カンジダによる粘膜の病変が出てくるようになってもおかしくありません。だから鵞口瘡の病変は口腔内のカンジダ症と同じで、白苔などが口、粘膜、舌の一部あるいは広範囲に出てきます。しかしその程度は個人差があり、あまり症状が目立たない人もいます。その後、細胞性免疫が発達してくると、ほとんどの赤ちゃんには口腔内カンジダ症が見られなくなります。多くの鵞口瘡では、自覚症状はなく、痛がることも少ないのですが、親が気にして、あるいはきれいにしようと思い、口腔内にある白苔などの付着物を無理やり取ると、びらんになったり、皮膚や粘膜に傷をつけると出血したりします。場合によっては赤ちゃんが痛がったりすることもあります。通常5、6歳ぐらいになれば鵞口瘡が生じることも少なくなると思いますが、症状がひどい場合は、治療が必要です。 治療はカンジダですから抗カンジダ薬が治療の選択肢になります。抗カンジダ薬には経口剤と外用剤がありますが、経口剤は副作用もあることから外用剤が第一選択となります。外用剤としてはミコナゾールゲルなどがあり、口腔内カンジダ症に保険適用になっています。これ以外にはアムホテリシンBシロップを口腔内に行き渡らせるようにつけてもいいです。ミコナゾールゲルやアムホテリシンBシロップは経口投与しても、消化管からほとんど吸収されないので、副作用の心配をする必要はありません。そのため内臓の真菌症治療に使用する場合はアムホテリシンBを点滴で投与しなければなりませんが、口腔内カンジダ症に対しては、口腔内にまんべんなく行き渡らせるようにつけるだけで良くなります。成人だったらアムホテリシンBシロップのうがいをすればいいのですが、赤ちゃんの場合はうがいが難しいので、ミコナゾールゲルやアムホテリシンBシロップを口の中にまんべんなく塗って、そのままにしてもよいですが、これらの抗真菌薬は消化管から吸収されないので飲み込んでも大丈夫です。
 池田 それならば安心ですね。先ほどおっしゃっていましたが、5、6歳ぐらいになると自然に出なくなるのですか。
 渡辺 自然に出なくなります。
 池田 それは細胞性免疫が整ってきているということですか。
 渡辺 細胞性免疫が発達してくるので、口腔内カンジダ症などの症状が出なくなるのではないかと思われます。
 池田 自然免疫、それから後天性免疫が鍛えられたということですね。でも中には治らない方がいらっしゃると聞いたのですが、これはどういう状態なのでしょうか。
 渡辺 だいたいは治るのですが、今は親御さんが見た目を気にして、口腔内に白苔などがちょっと出てくると、治療を求めて受診するのではないかと思います。ただ一部、非常にまれな症例として、慢性皮膚粘膜カンジダ症というのがあります。私が東京大学時代からずっと真菌外来をやっていて、経験したのは5、6例ぐらいしかいませんので、めったにあるものではありません。慢性皮膚粘膜カンジダ症の責任遺伝子として、IL17F、IL17RA、STAT1、ACT1が同定されていますが、いずれもTh17細胞の機能に関連する分子です。もともと慢性皮膚粘膜カンジダ症は乳児期に発症することが多いのですが、成人が発症することもあります。 最初の症状は口腔内のカンジダ症が多いです。さらに手指の爪が肥厚、混濁して、爪白癬のような症状になることが多いです。ただし爪白癬と異なり、足の爪がやられることはあまりありません。 その他に皮膚のほうにはカンジダ肉芽種とも呼ばれる角化病変ができることもあります。皮膚のカンジダ症はカンジダ性間擦疹のように、皮膚が赤くなり、びらんが見られたり、辺縁に鱗屑が付くことが多いのですが、カンジダ性肉芽種は体幹の一部に島嶼状に角化病変が出てきます。そのため、魚鱗癬のような角化異常症と間違われることもあります。しかし角化異常症だと、口腔内カンジダ症は通常みられません。そのため口腔内に鵞口瘡があって、爪の肥厚、混濁のような爪病変があったら、慢性皮膚粘膜カンジダ症と考えたほうがいいですね。 鵞口瘡に対しての治療は、ミコナゾールゲルやアムホテリシンBシロップでいいのですが、爪カンジダ症やカンジダ肉芽腫に対し他は抗カンジダ薬の飲み薬を飲まないと良くなりません。それでも年齢とともに大人になるにしたがって爪病変や皮膚症状が良くなる人が多いです。中学、高校生ぐらいになると皮膚症状が良くなることが多いです。ただし口の病変、鵞口瘡はミコナゾールゲルを使えばもちろん良くなるのですが、再発を繰り返しますので、長期に外用を続けなければならないことが多いです。 慢性皮膚粘膜カンジダ症の経口薬には、イトラコナゾールやフルコナゾールがあり、内服により軽快しますが、内服を中止すると皮膚病変が再発することがあります。ただし皮膚病変は夏季に再発しやすいですが、年齢とともに徐々に再発しなくなることが多いです。
 池田 長期にわたるということで、副作用などが心配ですね。
 渡辺 ずっと服用する必要があるので、副作用もあり、なかなか治療するのは難しいですが、症状はかなり改善します。また良くなったらやめて、また出てきたらやるという感じであれば、だんだん症状も軽くなるはずです。だいたい年齢とともに皮膚のほうは良くなるし、口腔内のカンジダ症も症状は軽くなると言われています。
 池田 口腔内カンジダ症が大人に起こった場合、どういった背景を疑われるのでしょうか。
 渡辺 大人に口腔内カンジダ症が起こる場合は、糖尿病があるなど何らかの細胞性免疫不全がある人が多いです。 健康な人はまず鵞口瘡にならないのですが、糖尿病やステロイドを内服しているなど、何らかの基礎疾患がある人が多いです。もしそういう基礎疾患がなかったら慢性皮膚粘膜カンジダ症を考えるべきです。慢性皮膚粘膜カンジダ症は子どもに多いのですが、大人になってできる慢性皮膚粘膜カンジダ症もあります。 現在、慢性皮膚粘膜症は5つの病型に分類されていますが、その一つは胸腺腫を伴う慢性皮膚粘膜カンジダ症で、赤ちゃんのときは胸腺腫がないのに大人になって胸腺腫が出て、経過をみてみたら、口腔内カンジダ症が生じたり、爪のカンジダ症があると慢性皮膚粘膜カンジダ症の一つの病型ということになります。あとは、糖尿病や細胞性免疫不全をきたす合併症がある場合は鵞口瘡が生じることがあります。皮膚科では天疱瘡などの自己免疫疾患で、ステロイドを長期に内服している人はたくさんいますが、全員が口腔内カンジダ症になるわけではありません。乳幼児では口腔内カンジダ症を発症する人は存在しますが、成人で口腔内カンジダ症を発症することはまれです。大人になって口腔内カンジダ症になった人の場合は、何らかの細胞性免疫不全をきたす疾患があるかを一応疑ったほうがいいかもしれません。調べても異常がない人もいますが、そのへんは調べ方の問題で、詳しい検査をすれば何らかの異常が見つかるかもしれません。 もともと慢性皮膚粘膜カンジダ症は基本的に命に関わらない疾患です。ですが、そういう患者の検査を行っていたら遺伝子異常などが見つかって、それで、慢性皮膚粘膜カンジダ症という診断がついて、さらに細かい分類もされるようになったのです。
 池田 ということは、内臓カンジダ症というのは全く違う条件で起こるのですか。
 渡辺 カンジダ症というのは、実は内臓カンジダ症と粘膜のカンジダ症とあと皮膚のカンジダ症で発症要因が違うのです。内臓カンジダ症は好中球減少症、つまり抗がん剤などの投与で好中球が減ってくると、消化管に常在しているカンジダが消化管から血中に入って、目とか種々の臓器に行って、内臓カンジダ症が生じると考えられています。つまり、内臓のカンジダ症はだいたい好中球の減少症によって起こります。でも、最近は好中球が減少した場合は、顆粒球コロニー刺激因子などが治療に使われるので、なかなか好中球減少症にはならず、以前より内臓カンジダ症は減っています。 一方、粘膜のカンジダ症というのは、細胞性免疫不全の人に見られます。例えば細胞性免疫が低下するエイズ患者では粘膜のカンジダ症が多く見つかります。具体的には口腔内や食道のカンジダ症です。エイズ患者では内臓カンジダ症はまれなため、大人で口腔内カンジダ症とか食道カンジダ症がある場合は、まずエイズを疑うべきです。 皮膚に適当な温度と湿度があると、そこでカンジダが増えるので、皮膚のカンジダ症はだいたい皮膚と皮膚が擦れ合う間擦部位に生じます。そのため健康に日常生活を送れている人にはまず皮膚カンジダ症は生じなくて、入院患者で寝たきりとか、あるいはお年寄りで、ずっとおむつをしている人などに見られます。大人ではおむつをしている人は少ないので、皮膚カンジダ症になることはまずないのですが、大人でも入院患者ではおむつをすることもあるので、皮膚カンジダ症は見られます。ただし、おむつを頻回に変えている場合は、皮膚カンジダ症は少ないです。つまり皮膚が乾燥している場合は、皮膚カンジダ症は生じません。したがって病院でおむつ交換を頻回に行っていない場合は、皮膚カンジダ症が発症します。そのため、病院に通院できる外来患者では皮膚カンジダ症は少なく、皮膚カンジダ症のほとんどは、入院しておむつをしている患者です。
 池田 おむつ代が高いといって、なかなか替えてもらえないところもあるとうかがいました。
 渡辺 おむつ代がもったいないとか、おむつをきちんと替えていないなど、看護の問題が大きいと思います。また、同時におむつを頻回に替えていないと、糞便などによるおむつかぶれも多くなります。おむつかぶれなのか、カンジダ症なのか、鑑別は難しいかもしれませんが、皮膚カンジダ症は、抗真菌薬の外用で簡単に良くなりますので、おむつかぶれのほうが頻度は高いようです。皮膚科の外来では、皮膚のカンジダ症は非常に少ないと思います。
 池田 確かに最近少ないですね。
 渡辺 そうです。だから入院患者の場合は、皮膚カンジダ症が多いので、皮膚カンジダ症を念頭に置いて、きちんと直接鏡検をして、診断を確かめるように医局員に注意喚起しています。
 池田 ありがとうございました。